男ならだれでも一度は夢を見る、“モテキ”。

しかし突然訪れた”モテキ”が、人生を狂わせることもある。それが大人になって初めてなら、なおさら。

茂手木 卓(モテキ タク)、29歳独身。趣味は微生物研究。

これまでの人生、「モテることなんて何の価値もない」と思っていた男が、モテ男ジェイと出会い、突然の起業。

絶世の美女と出会い、彼女に近づくためのヒントを得た矢先、他の女性とのデート現場を週刊誌に撮られたとの一報が入って…!?




ー話題の微生物王子、モデル風美女とご乱心!?―

二流週刊誌の表紙に小さく掲載されたこの見出しは、ウソだらけだ。

「話題」と言う部分のみある程度は認めるが、僕は王子ではない。(近年、微生物の王者は最強生物クマムシという説がある。そうであれば、王子もクマムシなのであり、僕ではない。)

また、玲奈ちゃんは「モデル」が職業なのだから、「モデル風」と書くのは大変失礼に当たるはず。

そして何よりも、僕と玲奈ちゃんはランチとウインドウショッピングをしただけで、ご乱心などと言われる行為は、決して何一つしていないのだ。

「ウハー!やるねー!早々に週刊誌デビューなんて、話題づくり完璧じゃん!」

父親の呼び出しからオフィスに戻ったジェイは、スマホで表紙の写真を撮りながらニヤニヤしている。

「笑い事じゃない。語尾にクエッションマークをつければ嘘が許されるなんて狂ってるだろ。訴訟も視野に入れて対処する。」

小型の書店では扱っていないレベルの週刊誌とはいえ、このニュースは瞬く間にネット上で共有され、専用スレッドまでいくつか立ち上がっている。

現に、どこからか情報を仕入れた母親からは涙ながらに電話がかかってきたし、1年以上前から音沙汰がなかった“ダムフレンド”のトークルームも下世話な興味からか、異常な賑わいを見せていた。

「そんな気にしなくて大丈夫じゃん?これも我が社が世間の注目を浴びている証拠だって投資家も言ってくれてる。中身も大したことないよ、二人は昼下がりの六本木の街へ消えていった、ってだけじゃん。」

幼い頃から女性に囲まれて過ごしたであろうジェイにとっては、六本木で女の子とランチなんて、朝飯前だろう。

ただ、恋愛経験値が小学生レベルの僕にとっては、女性と二人っきりで食事に行ったなどと言う行為を世間に知られる事自体恥ずかしく、ましてやその先に含みをもたせた書き方をされてしまったことを、生き恥のように感じてしまうのだ。

「そうはいったって、玲奈ちゃんにも迷惑を掛けてるはずだから。」

稚拙な羞恥心を、玲奈ちゃんを気遣うふりをして誤魔化すと、ジェイは思い出したように僕に告げた。

「実はさ…。もしかしたら、今回の件、玲奈が仕組んだのかもしれない。」


タクに、“港区女子の洗礼”が降り注ぐ…!?


「玲奈に電話したら、異常にテンション高かったから、気にしてないなら良かったって思ってたわけ。でも、そのあとあいつのインスタ見たら、フォロワー数激増してたのよ。」

証拠も何もないんだけど、と念押しして、ジェイは続ける。

「撮られたタイミングもタイミングだし、もしかしたら、あいつの売名行為なんじゃないかって思ってさ。」

まさかとは思ったが、すぐにそんなわけはないと考え直す。

モデルとしての表現力を高めるために、パーソナルカラー診断の勉強していると言っていた彼女は、ファッションに疎い僕のために一番似合う色を選んでくれた優しい子だ。(ちなみに僕はスプリングタイプで、黄色やピンクが似合うらしい。)

そんな彼女が下劣な方法をとるとは考えにくいし、売名行為ならば僕なんかより適任は沢山いるだろう。

「いや、絶対違うだろ。友達のことをそんな風に思ったら可哀相だよ。」

タクがそう言うならいいけど、とジェイは明るく切り返す。

「とりあえず、そんなに考えこまないでよ。幸いにも会社に悪影響が出てるわけじゃないし。別に悪いことしてないんだから、ドンと構えよう。ドンとさ。」

「……わかった。」

会社への影響を一番に考え、それでも僕を励ましてくれるジェイは、やっぱりすごい男だ。

ーどうか、エリカさんの耳にこのニュースが入りませんように。

一方の僕は、何よりも強くそんなことを願っていたのだった。






人の噂も75日とはよく言ったもので、例の捏造記事が掲載された2週間後には、人気女優とIT社長の密会がスクープされ、誰も僕のことなど気にしなくなった。

元の業務に加え、新規事業であるダイエットプログラムの研究にも追われて多忙な日々を送っていたが、“西のバフェット”と呼ばれる岩城氏からの返答が、未だにこないことが気がかりだった。

「他にも聞くっていってたから、時間かかってるんじゃない?」

ジェイはそう言ったが、「成功する投資家の秘訣は即断即決」と書いてあった本を読んだことがある僕にとっては、彼の反応が遅すぎることが気が気ではない。

待ちきれず掛けた電話でも、秘書らしき男性に「ご用があればこちらから連絡します」と、あしらわれてしまったのだった。


落ち込むタクに訪れた、まさかの出来事とは!?


「僕も創業時は100人以上に断わられたけど、チャンスは必ずある。そのためには、金を出してもいいと思われる事業を創造するしかないね。」

バイオオイルベンチャーの佐藤社長との会食後、僕は彼に言われた言葉を反芻しながら、夜道を一人歩いていた。

ジェイがパーティーで佐藤社長と親しくなったことがきっかけで、彼らと共同研究が出来ることになった。基礎研究レベルの設備しか持たない我らTJマイクローブ社にとって、これは大変喜ばしいことである。

もうすぐ深夜0時を回るころだったが、会食中にふと面白い精製方法を思い付き、いてもたってもいられず僕はオフィスに戻ることにした。(ジェイは社長と盛り上がっていたので残してきた。)

ーもし、この方法が成功すれば、事業計画はぐっと現実味を増す。そしたら、きっと……!

純粋な探究心と、ヨコシマな邪心が複雑に絡み合う。一心不乱に足を進めていたせいか、内ポケットのスマホに着信があったことに気づいたのは、オフィスに到着してからだった。




ーこんな深夜に、なんかあったんかな。

高校生のとき、母親がスーパーで貧血を起こした時に掛かってきた電話のことを思い出し、不安が胸をよぎる。

「もしもし?エリカです。」

数コールの後聞こえてきたのは、不吉な予感を吹き飛ばす、僕の女神のファンファーレ。

「折り返しありがとう。」
「ハ、イ。」

まさか、彼女から電話が来るなんて。

あまりに急な展開に、幼いことから何万回も行ってきた呼吸法を忘れ、うまく発声が出来ない。

「ミータンから、茂手木さんの話を聞くように頼まれたの。明日はどうかしら?」

ー明日、エリカさんに会えるのか!?

明日は佐藤社長の研究室で培養実験を行う予定だが、彼女と会えるというのなら、そんな約束は無いも同然だ。

「ハイ、だ、大丈夫です。」

「じゃあ、グランドハイアットに13時ね。…明日は撮られないと思うわよ。」

彼女はクスッと笑いながら僕にそう告げ、僕らの短い通話は終わった。

放心状態のまま、佐藤社長にリスケのお詫びメールを作成し、クリーニング屋のオープン時間をチェックする。(一張羅はまだ2着しか持っておらず、取りにいかなければならない。)

不思議なことに、捏造記事を一番知られたくなかった人に見られていたのに、僕の心はふんわりと浮かれている。少しでも僕のことを知っていたのが嬉しいのだ。

僕のことを頭の片隅に置いてもらえるのであれば、彼女と並んでスクープされたいとまで願ってしまうのだから。

培養実験の大事な約束を破ってでも彼女と会おうだなんて、本当に僕はどうかしている。

だけど走り出したこの気持ちを、もう止められないんだ。

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次週 電話だけで舞い上がるタク、絶世の美女と会ったらどうなってしまうのか?!