『夕暮れもとぼけて見れば朝まだき ノッポさん自伝』(高見のっぽ/岩波書店)

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 幼い頃の記憶はなぜこんなにも鮮明なのだろうか。普段は忘れてしまっているのに、子どもの頃見ていたテレビ番組の主題歌のイントロが流れてくると、何も考えなくても自然に歌詞が口をついてスルスルと出てくる。ワクワクしながらかじりつくようにして見ていた大好きな番組には、僕たち、私たちの夢がぎゅっと詰まっていた。まがりなりにも立派な大人になってしまった私たちが「小さい人」と呼ばれていた時代、ずっとずっと、テレビの向こうから私たちを愛してくれていた人がいた。

『夕暮れもとぼけて見れば朝まだき ノッポさん自伝』(高見のっぽ/岩波書店)の著者は、NHK教育テレビで1967年から20年以上にわたり放映されていた『なにしてあそぼう』、『できるかな』に出演していた「ノッポさん」。スラリとした180センチ超えの長身とモノづくりを通した、言葉なしのゴンタくんとのやり取りは印象的で、忘れられない。本書は齢80を超えたノッポさん初の自伝だ。

■芸人の父のかばん持ち

 ノッポさんの父、高見嘉一はブロマイドも出るほどの美男子。松旭斎天秀と名乗るマジシャンだったがその後、チャーリー高見と名前を変えて、チャップリンの物まねをする芸人だった。母は当時の相撲茶屋の三女でおキンちゃんと呼ばれていた。ノッポさんはそんなふたりの間に産まれ、京都のはずれの役者長屋で二男一女に仲間入り。父のかばん持ちから始まったノッポさんの“芸能”人生は、平たんにはすすまない。姉に援助してもらってさまざまな習い事を始めるが、ダメダメダメなことばかり。声楽ダメ、バレエダメ、セリフ術ダメ…と惨憺たるありさま。しかし唯一、アメリカ人ダンサーのフレッド・アステアに憧れ習得したタップダンスだけは、続けることができた。

■ノッポさん、誕生!

「おーお、死にたくなってきたよ」

 4年にわたる失職の憂き目を見て弱音も飛び出すノッポさん。ぽつり、ぽつりと舞い込んできた小さな仕事をこなしていると、そのうちのひとつを見ていた新番組の担当者に声をかけられる。そして行きついた新番組、名前は『なにしてあそぼう』。物を作る楽しさを広める番組だ。さあ!と思ったのも束の間、お偉いさんの意向で4年で終了。

 そして始まったのがあの、『できるかな』。最初は若者の男の子と女の子3人が出演していたが、視聴者だった幼稚園や保育所の先生たちの「ノッポさんじゃなきゃ、見ません」という要望でついに出演とあいなった。

 ノッポさんは、私たちの“ヒーロー”だったのだ。番組「終了後」30年が経つのに、誰もが“はっきりと”ノッポさんを覚えている。それは、子どものことを「小さい人」と呼び、大人と同様に敬意を持って接するノッポさんの真摯な姿勢が私たちの心を鷲掴みにしていた証だ。これからもずっとずっと、少年少女だった私たちの心の中で、ノッポさんの姿とあの音楽は生き続ける…。

♪でっきるかな、でっきるかな、はてはてふふ〜、はてふふ〜…♪

文=銀 璃子