11月28日に発売された『スティーブズ』(漫画:うめ、原作:松永肇一)。スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアック、アップルをつくった2人の「スティーブ」の物語だ。11月27日に「スティーブズ発売前日スペシャル『打ち合わせを公開しますナイト』」が開催された。漫画の打ち合わせって、どんなものなんだろう?

写真拡大

アップルの創始者スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックを描いた漫画『スティーブズ』1巻が11月28日に発売された。漫画は『大東京トイボックス』のうめ(小沢高広・妹尾朝子)、原作小説は松永肇一。
発売前日の11月27日、ツブヤ大学で「スティーブズ発売前日スペシャル『打ち合わせを公開しますナイト』」が行われた。その名の通り、『スティーブズ』の打ち合わせを、お客さんの前でガチでやるというイベントだ。
多くの漫画家の打ち合わせは、作家と編集者の2人だけで行われるらしい。でも『スティーブズ』は少し違う。漫画家・うめと、原作者・松永と、担当編集者・谷川慎の4人が一緒になって作り上げている。
この打ち合わせって、むしろ漫画家以外に参考になるんじゃないか? 彼らの打ち合わせをまとめてみた。

ゴールを設定


今回の打ち合わせは、『スティーブズ』12話のプロットを決めること。小沢の資料には、2巻に収録される9話から16話にかけてのプロローグ・本編・エピローグ・備考がまとめられている。このうち、10話までがすでに「ビッグコミックスペリオール」に掲載されている。11話は作業中。
12話は、ウォズとHP(ヒューレット・パッカード)の関わりについて描かれた回。
小沢「この回は走るウォズがポイントですよ! 見開きで描きたい」
妹尾「プーさんみたい……」
小沢「1巻の6話目、ジョブズが泣くシーンの、いわばアンサーになるシーン。ともすると印象がかぶっちゃうかな」
妹尾「走ってるから大丈夫じゃない?」
まず、一番描きたい見せ場のポイントのイメージを共有。そのあとに、解決すべき問題を羅列する。

小沢「13話が鬼門なんだよなー」
配られた資料には「WCCF裏側エピソードをどうするか?」「ゲイツたちのからませ方をどうするか?」「マノックだけでなく、ロットホルトのエピソードも必要か?」といったポイントが書かれている。
このポイントをいかに解消していくか。12話のプロットを決めるためには、11話と13話のつながり、コミックス2巻全体の印象や情報量も考えるのが大事だ。

内容の確認、見せ場ポイントの共有、解消するべきポイントの整理……今回の打ち合わせのゴールを、初めにしっかり決めておく。打ち合わせってとにかく脱線しがちだが、短い時間でしっかり終わらせるには「ゴール設定」が必要。

情報共有&疑問解消


うめ&松永&谷川の4人は、対面の打ち合わせだけではなく、Facebookなどを使ってこまめに、ほぼ24時間体制で情報を共有しているのだそう。4人が同じ前提を持っていて、同じ意識を共有しているから、打ち合わせがさくさく進むのだ(裏を返せば、当日資料を配って行われる打ち合わせが長引くのは当たり前なのかもしれない)。
対面の打ち合わせでは、さらに新しい情報や、出てきた疑問の解消などが行われる。

たとえば、冒頭ではAmazonの最新順位を共有。『スティーブズ』は電子書籍版と書籍版が同時発売された。こういう発売形態をとるのは『テンプリズム』に次いで二番目。小学館ではかなり珍しい試みだ。
小沢「どっちもランキングは2桁台に入ってますね」
今も入っている。Kindle版のほうが高順位にあるのが「らしい」。

また、『スティーブズ』はコンピューターのシステムやパーツ用語、当時のコンピューター業界の固有名詞が大量に出てくる。漫画ではこまごました説明はされず、詳しく知りたい読者はコラムを読めばいいようなつくりになっているが、作者としてはやはりわかっていないと書けない。
妹尾「インタープリターがわからないんですよ!」
小沢「WCCFって毎年やってたっけ?」
こういった疑問は、松永がていねいに説明。また「公開打ち合わせ」らしく、客席からのタレコミもあった。

難しいのは史実についての扱い。『スティーブズ』はアップル関係者の伝記をもとにしているが、それぞれに書かれていないことや矛盾していること、記憶間違いや誤認などがある。それらを整理しながら『スティーブズ』の内容を詰めていく。
小沢「人の数だけ史実がある。複数のソースから、矛盾しないように、『本当の史実』を探している感じですね」

細かい内容を詰めていく


ゴールが決まり、細かい共有や疑問を解決したあとは、細かく内容を詰めていく。『スティーブズ』は「本当の史実」を目指しているが、それ以上にエンタメ作品だ。漫画としてわかりやすいかどうか、面白いかどうかは外せない。
9話から11話は、アップルのライバルであるビル・ゲイツがメインになる話が続いている。久しぶりのジョブズエピソード、時系列も変化するので、要素の整理に慎重になる4人。
小沢「今回の話はさ、運命のコンビだと思ってたジョブズとウォズが、実は不倫関係だった! 不倫相手を選んで、本妻に別れ話をしにいく、本妻も身を引くって話だよね?」
ここを軸として、プロットを組み立てていく。

ある程度固まったところで、谷川が爆弾を投下した。
谷川「前半部分に、ジョブズとウォズの会話がないですよね。しばらくビル・ゲイツの話が続いたから2人を早めに出したほうがいいし、仲直りするなら喧嘩を挟んだほうがいいと思う」
この意見を受けて、考え込む3人。うめたちは単行本になった時のバランスを重視した組み立て方をするが、谷川は雑誌で読んだ時のバランスを考える。描かなくてはいけない情報量が増えて、展開を考え直す必要が出てきた。
「11話に入れる?」「12話と13話をひとくくりにする?」「説明多くなりすぎるかな」「ちょっとアタマの情報が多くなっちゃいますね」真剣に考えるせいで、無言になる瞬間も。初めのうちは客席を多少意識していた4人だが、このときにはもはや完全にのめりこんでいる……。
4人がどのように12話を組み立てたのか、それは完成した作品で確認してほしい。それにしても、ある程度方向性が決まりかけると、それをひっくり返しかねない提案は控えてしまいがち。でも、それが必要だと思うなら、きちんとひっくり返すのも重要なのだ。

発注&スケジュール確認


見事ゴールにたどり着いたあとは、いわばクールダウン。必要事項を確認して走りきる。松永に追加部分の原作小説を発注し、次回の打ち合わせや流れを決める。作画に必要な資料もここで確認しておく。

密度のめちゃくちゃ濃い、ガチすぎる1時間半。『スティーブズ』はこうしてできている。

『スティーブズ』漫画:うめ 原作:松永肇一
【Kindle版】【書籍版】

(青柳美帆子)