「健康に自信がある人ほど、もう一度自分の生活や体をチェックしておくほうがいい」という西城秀樹さん

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「ヒデキ、脳梗塞で入院!」―。2003年に流れたこのニュースは衝撃的だった。自他ともに認める“ヤングマン”の「健康な肉体」が、なぜ40代にして突然の病魔に襲われてしまったのか? 壮絶な闘病と若い読者へのアドバイスを、今も再発と闘う西城秀樹さんが熱く語ってくれた。

■体形維持のための食生活が逆効果に?

「あれ、まだ夕方なのに、なんでこんなに眠いんだろう?」

脳梗塞の始まりは、強烈な眠気とだるさだった。知り合いの医師に電話で症状を伝えると、思ってもいない言葉が返ってきた。

「脳梗塞かもしれない」

「えっ、脳梗塞? まさか……」

そう思ったけど、病院の検査によって病名が確実になり、闘病生活が始まった。

入院後、症状は重くなり、ろれつが回らなくなっていく……。

幸いこのときは短期間で仕事に復帰できたけど、それにしても、なぜ僕が脳梗塞に、と思わずにはいられなかった。

最初の発症は48歳のときだけど、それまで僕は健康に関して人一倍自信を持っていた。

特に40代からは68kgの体重を保つため、野菜料理を中心に栄養バランスに気を配り、トレーニングも真剣に行なっていた。

ところが、そこに落とし穴があった。水分を極力控えていたことが血液の成分を濃くして、脳梗塞の引き金になってしまった。

僕の病気は脳の細い血管が詰まる「ラクナ梗塞」で、若い人でも発症しやすい。脳梗塞はオヤジだけの病気じゃないんだ。

■リハビリ過程で陥る“うつ状態”にも要注意

仕事に復帰してからはさらに栄養バランスに気をつけ、たばこはやめ、お酒も極力控えていた。

それでも一昨年、脳梗塞が再発してしまった。実は再発しやすいのも、この病気の怖いところなんだ。

今度も最初の症状は足がふらつく程度だったのが、やはり入院後に重くなった。再発すると症状が重くなるのが一般的らしい。僕も体が動かせなくなってしまった。

「このまま死ぬんだろうか?」

恐怖感もショックも1度目より格段に大きく、しかも復帰のためのリハビリがまた地獄!

発声練習や、おはじきを指でひとつひとつ分けていく作業がいつまでたってもうまくできず、一時はうつ状態に陥った。

そう、脳梗塞は治療の過程で多くの人がうつ状態になる。これもこの病気のやっかいな点だ。

ただ、ひとつだけいいこともあった。回復してから外を散歩したら、それまでとは景色が変わって見えた。満開の桜を見て「桜ってこんなにきれいだったんだ!」と感激した日のことは忘れられない。

僕を支えてくれた家族や友人たちへの感謝も一層強くなって、脳梗塞のおかげで人間的にはひと回り成長できたかなと思う。

でも、病気にならずに成長できるほうがずっといいよね。それには自分の体を日頃から知っておくことが大事だと思う。自己流の「健康法」や「運動法」は危険かもしれない。健康に自信がある人ほど、もう一度自分の生活や体をチェックしておくほうがいい。自分の体は自分で守りたいよね!

西城秀樹(さいじょう・ひでき)

1955年生まれ、広島県出身。1972年にデビュー後、『傷だらけのローラ』『YOUNG MAN(Y.M.C.A.)』などヒット曲を連発。2003年、11年に脳梗塞で休養するも、不屈の精神で復帰を果たす。近著『ありのままに』(廣済堂出版)には、秀樹流の生き方が描かれている