25日、某日刊誌系のメディアに「マリナーズ イチローがお荷物になっている」という記事が載った。

「●もう他球団に売るしかない」という小見出しで、

「14連敗(掲載当時)の間イチローはリードオフマンとして機能していない、チーム一の高給取りであるイチローにも責任の一端がある」とし、「イチローの不振がチームの低迷に直結した」という。さらに「若手主体で立て直しを図るチームではイチローはもはやお荷物」。「観客動員もセーフコフィールド開場以来の200万人割は確実」で、「長年、名実ともにチームの顔として君臨してきたイチローも来季終了まで契約を残すとはいえ、今オフ、いや早ければ今月末のトレード期限終了までに売られてもおかしくはない」
と結んでいる。

イチローは、来年末まで5年9000万ドルの契約をチームと交わしている。それを解約して放出するとなると、チームは今季残りの年俸と、来期分と合わせておよそ2500万ドルを支払わなくてはならない。それにイチローは依然、チーム一のスターである。彼の放出は、シアトルの町に一大センセーションを巻き起こすことだろう。

確かに7月末は、MLBのトレード期限であり、例年、大物も含め、多くの選手がチームを移動する。しかしそれは単年契約の選手か、複数年契約の最終年の選手に限られる。イチローと、1年契約のオークランドアスレチックス松井秀喜とは、立場が違うのだ。

恐らくこの記事のライターもそんなことは十分承知だろう。でも断言するのではなく“売られてもおかしくはない”と書くだけなら、非難を受けることもない。センセーショナルな記事で注目を集めるために、この手合いがよくやる手法だ。しかし、その下劣さに吐き気を催す。

不振が続くイチローには、日本のみならずシアトルのファンが気をもんでいる。そして不世出の大打者に「引退」の文字がちらつき始めた現実を受け止めようとしている。ちょうど、大陸の反対側のヤンキースタジアムで、デレク・ジーターを見守る人々が“野球の歴史”を目に焼き付けようとするのと同様に、セーフコフィールドでもファンは、“伝説の打者”を一目見ようと思い始めているはずだ。もちろん、チームの未来を見据えたうえでイチローに頼らないチーム作りを望む声が出ることはあるだろうが、それはイチローの功績を否定することではない。

イチローの衰えは、今や現実のものになりつつあるのかもしれない。今日もこれまで.371と打ち込んでいたC.Cサバシアに手も足も出なかった。誰にでも訪れる「晩年」の訪れを感じざるを得なかった。

私は一ファンとして、良いときも、悪いときも、イチローを数字でそのままブログにしてきた。それが、イチローへの市井のファンの敬意の表し方だと思ってきた。多くのファンと同様、イチローへの畏敬の念と感謝の気持ちは、片時たりとも忘れたことはない。

そんな人間にとって、この心ない記事は、本当に情けなかった。三流メディアの与太記事と捨て置く気持ちにはなれない。

このメディアは、記者クラブに属さない遊撃的なメディアとして、しばしばスクープをものにしてきた。近年のメディア開放によって、政府の記者会見などにも顔を出すようになった。しかし、この手の「水に落ちた犬を叩く」ような安直な情報を垂れ流していると「やっぱりこの程度か」と思われるのではないかと思う。

イチローがこの記事を目にすることはないだろうし、見ても一笑に付すだろう。しかし、イチロー、がんばれ!と改めて言っておきたい。