ズルい男の常套句。「将来は約束できないけど…」と前置きして、女と付き合う彼の本心とは
◆前回までのあらすじ
アパレル関連の会社を経営する翔馬(32)は、食事会で出会った香澄(31)と2回デート。キスをした後、香澄に好きだと告白されるが保留にしたままで、男女6人で軽井沢に行くことになる。翔馬は、夜思わずミナをデートに誘ったが…。
▶前回:麻布十番在住・29歳港区女子に「何の仕事してるの?」と尋ねたら、意外な返事が…
Vol.10 意外な恋の行方
「翔馬くん、ごめんね」
東京に帰ったらデートをしようとミナを誘ったのだが、無情にも断られてしまったのだ。
そう言われてしまったら、もう頷くしかない。
ごはんに行くくらい余裕だろう、と過信していた自分が恥ずかしい。いつから俺はこんなにも自信過剰な男になってしまったのだろうか。
◆
東京に戻って1週間。
俺は、軽井沢で見たミナの切なげな表情が忘れられなかった。
好きな画家の個展が銀座であったので、元太を誘ったのだが、後悔した。
「ミナちゃんの言う通り!翔馬は、香澄ちゃんとのことをハッキリしないと」
「だよなぁ。わかってるんだけどさ」
作品をいくつか購入したいと思っていたのだが、元太と喋っていると絵画に集中できない。
「でもさ、元太でも嫌だろ。香澄がミナにしつこく何の仕事をしているのか追求している場面見ちゃったら」
香澄がミナと言い合い…というか、一方的にミナにけしかけた事件のせいで、俺の中の香澄株は暴落した。
「まあね。でも酔ってたのもあるだろうし、どこまで許容するかだろうな」
「うん…」
香澄への気持ちは冷めているのに、彼女から連絡があると返事をしてしまう。そんな俺の中途半端な態度がよくないのもわかっている。
「翔馬、このあとどうする?その辺でコーヒーかビールでも飲むか?玲ちゃんとの待ち合わせが18時だから、それまで一緒にいてやるよ」
「あぁ、そう。俺との予定の方が、おまけだったってわけね」
「へへへっ」
俺のアシストで玲と付き合うことになった元太は、わかりやすく浮かれている。
付き合いたてが一番楽しいのは知っているので、正直かなり羨ましい。
結局、丸の内まで移動した俺たちは、仲通りのテラス席があるカフェでホットワインを飲むことにした。
「翔馬はさ、経営者という肩書に胡座をかいて、いつもスカしてて、上から目線なのがダメなんだろうなぁ。ちょっと顔がいいからってさ〜」
元太はワインを一口飲むと、俺に説いた。
「おい、最後にひとつだけ褒めたって、悪口の帳消しにはなんないからな」
「バレた?すまんすまん。ていうか翔馬ってさ、男たちを束ねて言うことを聞かせるのは得意なのに、女の子に対しては昔から消極的だったろ。
だからなのか、来てくれる子の中から選ぶクセがついてる気がするんだよなぁ」
「……」
図星すぎて、反論できなかった。
これまで女性に困ったことはなかったし、モテる方だとは自負してきたが、元太の言うとおり勝ち試合しかしてこなかった。
「でもまぁ、モテない男からしたら羨ましいけどな。こっちはチャンスが少ないから、一本釣りしかできないんですわ」
ガハハと笑う元太は、心から幸せそうに見える。
8年付き合った元カノには他に好きな人ができて、振られてしまったようだが、それは元太にも原因があったと反省していて、二度と同じ間違いはしないと心に誓っていた。
「あ、玲ちゃんそろそろ着くみたいだから行くわ。えっと…いくらだったっけ」
「いいよ、払っておくから。待たせちゃ悪いからもう行けよ」
相変わらず財布を出さない元太を笑いながら見送ったあと、俺は2杯目のホットワインを飲み切ってから香澄に連絡をした。
『翔馬:週末会えない?』
香澄と翔馬
5日後。
「翔馬くん、ありがとう会ってくれて」
「ううん。ちゃんと話さないとなぁって思ってたから」
俺は、香澄と代々木上原の人気ビストロに来ている。
今回は、世田谷代田に在住の香澄に配慮した店選びをしたのだが、街や店の雰囲気がやわらかくてなんだかほっとする。
店の方に選んでもらいながら前菜からメインの牛肉までひと通り注文し、俺はビール香澄はジンジャーエールで乾杯をした。
「そういえばあの日、何時に帰って来たの?」
俺は、空気が重くならないよう、あえて明るい口調で尋ねた。
「香澄ちゃんが飛び出して行った日。秋山さんには会えた?夜中の1時くらいまでは起きて待ってたんだけど…」
あの日のことは思い出したくないのだろうか。香澄の顔が一瞬引きつったように見えた。
「何時だったかなぁ。でも大丈夫。無事に帰って来れたし」
「そっか」
きっと、秋山が居酒屋かどこかで何時間もなぐさめ、別荘に戻ろうと説得したに違いない。
― 秋山さんにも連絡しないとな…。
そう思っていると、香澄が目にいっぱい涙を溜めながら震える声で話す。
「私、もう…むりだよね?翔馬くんの彼女にはなれないよね…」
捨てられた仔犬のような顔で、こっちを見る香澄を直視できなかった。
「う〜ん、そうだね。軽井沢に行くまでは、香澄ちゃんのことをいいな、と思っていたのは間違いないんだけど…」
香澄は涙をこらえるためか、唇をギュッと噛んでいる。いつもの香澄節も今日は封印しているようだ。
「あの日、玲ちゃんとふたりで買い出しに行ったでしょ?それを見て翔馬くんにムカついたの。どうして私と行くって言ってくれないのかなって。それで、秋山さんが出してくれたシャンパンをめっちゃ飲んだ。そのあと、3人でお喋りしながら、料理したんだけど…」
香澄は思い出しながら、丁寧に状況と感情を話し始めた。
「今好きな人いる?って話になったの。そしたらね、玲ちゃんは元太が好きって正直に答えてくれて、だから私も翔馬くんが好きって言ったの」
「ミナちゃんは?」
俺は、つい気になって聞いてしまった。
「彼氏はいないけど、気になる人はいるって。でも誰なのかは教えてくれなかった。なんかずるいでしょ?私と玲ちゃんは暴露したのにさ!だから、食事中に意地悪言っちゃったの」
― まぁ、言わないか。
「もう二度とあんなこと言わない。約束します。だから、そばにいてほしいの」
香澄は、うるうるした目で俺を見ながら言った。
「でも…俺は、まだ香澄ちゃんと同じ気持ちじゃないよ」
「それでもいい!私は、翔馬くんのことが大好きなの。みんなに親切で周りをよく見てるし、感情的にならないところも見習いたいくらいかっこいいし…経営者じゃなくても好きだって言ったのは、中身が素敵だからなの」
― 香澄ちゃん…。
言ってることはイマイチ刺さらなかったが、一生懸命さは伝わる。
見た目がタイプな女の子にここまで言われて、NOと言える男が、果たしてどれだけいるだろうか。
「わかったよ」
「えっ?」
香澄は大きな目をさらに見開いた。
「だから、わかったよ。ありがとう。付き合おう、香澄ちゃん」
「いいの?」
「うん。でも、100%大好きってわけじゃない。だから、未来の約束は今はできないし、これから徐々に好きになっていけたらいいと思ってる。それでもよければ」
元太が玲と付き合っていなければ。ミナにデートを断られなければ。
俺は、違った答えを出していたかもしれない。
けれど、選択した以上は、香澄を好きになる努力をしようと思う。
「翔馬くん…ありがとう。これからよろしくね」
― 大丈夫。香澄は可愛い。好きになるのは簡単だ。
この時はまだ、そう信じていた。
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秋山から聞いた軽井沢での真実