元夫からの突然の連絡。3年ぶりに彼と食事して、元妻が感じた本音とは
オトナの男女なら、一度や二度はあるだろう。
友達や恋人には言えない“あの夜”が…。
寂しかったから、お酒に酔っていたから、魔が差して…。
そうやって自分に言い訳をしながら、人は一夜の過ちを犯す。
これは、オトナの男女の「誰にも言えないあの夜」のストーリー。
▶前回:酔った勢いで女友達と一晩過ごしてしまった31歳男。1ヶ月後、衝撃の事実が発覚し
Vol.12『終わったはずの関係』明美(37)
「いやぁ。適当に選んだ店なのに、アタリだったな〜」
金曜の夜。真冬の麻布十番商店街では、あらゆる年代の男女が肩を寄せ合い歩いている。
私たちもハタから見たら、恋人や夫婦に見えるだろうか。
「純也、今日はありがとうね。仕事の愚痴を話せる人ってなかなかいなくて…」
「全然!明美は管理職だし、友達に相談もしにくいだろうしさ」
私がお礼を言うと純也は明るく答えた。
楠木純也。その名前を口にするのはおろか、頭の中で呼ぶことすら気恥ずかしい。
というか、「何をしているんだ?私は」という気持ちになる。
なぜなら、彼は、3年前に別れた元夫だから。
1ヶ月前。
37歳の誕生日をひとりで迎えた私は、これまでにないほどに孤独を感じていた。
「ふぅ…」
自宅で仕事を終えた20時。
私はいつものようにキッチンに立ち、辛口のシャルドネを飲みながらアラビアータを作った。
いつもと違うのは、食後にミルクレープを食べたこと。
このケーキ店は、六本木ヒルズと東京ミッドタウンにも店舗があるのだが、気分的に麻布台ヒルズで購入した。
味はどこで買っても同じ。
わかっているのに、誕生日だから特別なことをしたくなったのだ。
「37かぁ…」
誰もいない部屋でポツリと呟くと、あまりにも寂しく、慌ててテレビをつけた。
誕生日祝いのメッセージは年々減り続け、今年は2通だけ。
『真嶋社長:確か、今日誕生日って言ってたよな?おめでとう!これからもよろしく』
ひとつは、勤めているクラウドサービス会社の社長から。
何度か転職をし、5年前に今のところに入社した私は、去年部長に昇格した。
とはいっても大企業ではないので、別にすごくはない。
エンジニアの若い子たちをまとめて欲しいと、友人でもある真嶋にお願いされたから、引き受けただけだ。
そして、お祝いメッセージをくれたもう一人は…離婚した元夫だった。
『純也:明美、誕生日おめでとう』
― 純也…!?
離婚してからお互いに一切の連絡を取っていなかった私たち。
たまたま、私の誕生日だと思い出し、気まぐれで連絡したのだろう。
それでも、社長のメッセージの何倍も嬉しかったのは、私に恋人がいないからなのか…。
『明美:ありがとう。37歳になっちゃいました!お祝いはお鮨がいいな〜♪なんてね。笑』
私は、期待半分と冗談半分でそう返した。
最後に「笑」をつければ、なんでも言える図太さが身についたのは、いつからだろう。
もしかしたら図太いのではなく、自ら逃げ道を作っておくクセがついただけなのかもしれない。
純也は、本当に鮨店を予約してくれた。西麻布の比較的予約が取りやすいお店だ。
若い頃はとにかく予約困難店が好きだったが、今は違う。行きたい日程に予約が取れる美味しいお店こそ貴重だし、好きだ。
その感覚は純也と似ている。だから、彼と結婚したのかもしれない。
離婚後、一度だけ彼氏ができた。
優しいし稼ぎも申し分ない人だったけれど、どこか価値観が合わなくて1年ほど付き合って去年の秋頃別れた。
それからは新しい出会いを求める意欲もなく、ひたすら仕事に没頭していた。
― なんだかんだで男の人と2人で食事するの久しぶりだな。
◆
「明美、ビールは最初の1杯だけだったよな。俺、次は日本酒にするけど、何にする?」
ツマミがいくつか出た後で、純也が私に聞く。
「じゃあ、私も日本酒を」
そう言うと、純也は「OK」と頷いてから、ドリンクメニューを閉じた。
「大将、何か日本酒いただけますか?辛口すぎないものを。お猪口2つで」
久しぶりに会ったのに、私のことをよく覚えていて、今でも私仕様になっている純也。
その一連の感じは、懐かしいというより、なんだかとても切なかった。
なぜなら、私たちはもう夫婦じゃないから。
「純也、仕事は順調?」
「うん。実は、ベジタリアン系の事業はもうやめていて。去年からAI関連の仕事を立ち上げたんだ。これが結構、掴みが良くてさ」
「そうなんだ…。前は資金繰りが大変で、余裕なさそうだったものね」
私が言うと、純也は恥ずかしそうに笑った。
私たちが4年間夫婦として過ごした後半の2年間、純也はプラントベースフード事業に全力を注いでいた。
知人に誘われたと言っていたが、私は人が苦手だったこともあり、心から応援ができず、夫婦の間にも亀裂が入り始めたのだ。
当時の純也の精神状態は最悪。仕事が順調だった私とは喧嘩ばかりだった。
私にそれなりの収入があったのと、子どもにも恵まれなかったこともあり、私たちは別々の道を選ぶ選択をした。
その選択が正しかったのかわからないが、当時はそうするのがお互いのためだと思っていた。
「あぁ、美味しかった。ご馳走になっちゃって、ごめんね」
帰り道。
数年ぶりの純也との食事、私は彼との居心地のよさをしみじみと感じていた。
「ごめんじゃなくて、ありがとうだろ?誕生日祝いなんだから、当然奢るよ」
純也は白金高輪、私が東麻布に住んでいることもあり、ふたりで一台のタクシーに乗った。
「まだ飲める?」
「うん」
「運転手さん、麻布十番までお願いします」
離婚した夫婦が核心に触れず、ただ食事とお酒を楽しむ。
他人から見たら、おかしな光景だろう。
けれど、純也に今恋人がいるのかとか再婚の予定があるのかとか、そういうのは聞きたくなかった。
彼と食事をしていると、付き合っている時や新婚時代の楽しかった頃に戻れたからだ。
「じゃあ、またね」
2軒目のバーで深夜2時まで過ごした後、私と純也は新一橋の交差点で解散した。
「うん。気をつけて。また飲みに行こう。連絡する」
「うん、またね!」
確信のない「また」それが甘酸っぱくて恋愛のスパイスだった時期は、とっくに去っている。
『私は何をしているのだろう』という情けなさと『また会いたいけど、傷つきたくない』という本音が私の心の中で渦巻く。
結婚式に来てくれた友人や涙を流して喜んでくれた両親に、離婚を報告するのは本当に心が苦しかった。
だからこそ、こうして純也と会っていることはなんだか反則な気がした。
でも、今日はすごく楽しかったし自分の気持ちに嘘はつけない。
◆
私の誕生日を境に、純也とは月に2〜3回の頻度で会うようになった。
純也から連絡をくれることがほとんどだったが、私が急に誘っても来てくれるので、まるで飲み友達のように気軽に誘い合える間柄になっていた。
この日は、彼が雑誌で見て気になっていた店が予想以上に美味しくて、ふたりでテンション高めに感想を言い合う。
「あのさ、純也…」
そんななか、私は酔った勢いで彼に尋ねた。
この先の言葉を、まだ決めていない。
「彼女いるの?」なのか「この後、どうする?」なのか、はたまた「今もまだ好き」なのか…。
どれをとっても、間違いではない。
けれど、どんな答えが返ってきても、ふたりのことはふたりだけの秘密にしようと思った。
37歳とはいえ、私もひとりの人間。まだまだ未熟なところはたくさんある。
他人に言えない夜だって、この先いくつもあるだろう。
だけど、それを悲観せず悔やまず、成長する過程として楽しめたらいいのではないだろうか。
「ん?なぁに」
純也の笑顔を見て、私は彼に言う言葉を決めた。
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