◆これまでのあらすじ
新婚の藤田真弓(38)は夫の雄介と協力し、自宅マンションの売却活動中。しかし、やっと入った初めての内覧者がまさかの元カレ・修平だった。真弓と同じマンションの一室を所有する修平が、自室を売りに出していることが判明し…。

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Vol.11 内覧会


元カレ・修平との遭遇を夫・雄介に言うべきか、言わないでおくべきか…。

悩んでいると、雄介が帰ってきた。

「ポストにこんなものが入ってたよ」

「これって…」

渡されたのは、マンションの10階の売出しチラシだった。

― 修平の部屋だ。

以前ポータルサイトで見た通り、私の部屋と全く同じ間取りタイプだが、金額は200万円しか変わらない。

『室内全面リニューアル済!』
『眺望良好』
『新築同様の設備で叶えるアーバンライフ』

チラシに躍る文字に、なんともいえない思いがこみあげてくる。

― 私の部屋を偵察して、参考にしたんだろうな…。

見れば、チラシの下の方に、3週間後の土日の日程で『内覧会開催予定』と書かれている。

ポータルサイトにも、同じことが書かれていた。検討客の内覧をこの2日間に絞り、プレミア感を演出する意図だろう。

― ん…?何か書いてある?

よく見ると、枠外にごく小さな文字で、手書きの文字が書き込まれていた。

目を凝らして確認した時、思わずギョッとする。


『真弓も来てね。連絡くれれば調整するよ LINE ID:●●●』

見覚えのある修平の字だった。別れた時に私が連絡先を削除したことを知ってか、ご丁寧にLINEのIDまで書かれている。

「ばかばかしい。行くわけないでしょ!」

チラシを畳みながら叫ぶ私に、何も知らない雄介が「内覧会?たしかにねぇ」と同調する。

「同じマンションの別の部屋の売主が内覧に来たなんて知ったら、10階の部屋の人も良い気持ちはしないもんねぇ」

― その“10階の部屋の人”は、この部屋を見に来たんだけどね…。

修平のことを雄介に話すかどうか悩んでいたが、話がややこしくなる気がして、やめておくことにした。

― セカンドハウスとはいえ、妻の元カレが同じマンションに住んでるなんて知ったら、雄介も心配するだろうし…。

「話さない」という自分の判断を後悔することになるなんて、この時の私はまだ知る由もなかった。




「新堂さん。10階が内覧会をやるみたいですけど、同じ日に私たちも実施することってできますか?」

翌日、私は新堂さんに電話をかけていた。

― 修平が内覧会を行うのを、黙って見ているだけなんてイヤだ。

「何かできることをしたい」と思った時、最初に浮かんだのが、修平の部屋と同じ日に内覧会を実施することだった。

同じ日に行えば、修平の部屋に内覧に来たお客さんを、こちらに呼び込めるかもしれない。

「内覧会の開催自体は可能です。ただ、集客については…」

私たちの部屋は、既に市場に出して時間が経っている。新たなお客様の掘り起こしは難しいかも、と新堂さんは言った。

「そんな…」

「ただ“値下げ予定”ですとか、フックになるようなものをネタにして告知すれば、食いつきはあるかもしれません」

― 値下げ、か…。




頭の片隅で考えていたことではあった。

完全リニューアル済で眺望もよい修平の部屋との差が、たった200万円。正直、あまりに弱い数字だ。

― 8,050万円という今の売出し価格は、ある程度の値下げありきの設定だったし…。

値付けの時に新堂さんと話したことを思い返す。まずは8,000万円を少し上回る金額で様子を見て、マーケットの反応に応じて7,000万台に値下げしましょう、というものだった。

「わかりました。『値下げ予定』として、改めてお客様へアプローチしてください。今まで資料請求してくださった方にもご連絡いただけますか」

「もちろんです。尽力します」

新堂さんの力強い言葉に、私は祈るような気持ちで電話を切った。




そして迎えた内覧会当日。

私と雄介は、朝からバタバタと部屋の準備に追われていた。

「結局、今日は何組来るんだっけ?」

「10時、13時、16時で合わせて3組だよ。最初の2組は、10階の仲介会社の人経由で新堂さんに問い合わせがあったらしい」

新堂さんに直接申し込んだお客さんは、16時の1組だけだという。

― 修平の部屋から流れてきたお客さんがいるのはありがたいけど…複雑な気分。

しかし、せっかく見に来てくれる人がいるのに、そうも言ってはいられない。

「真弓。大変だけど、1日頑張ろうな。きっと誰かは気に入ってくれるよ!」

「うん。雄介、協力してくれて本当にありがとう!終わったらお疲れ会しようね」

明るく励ましてくれる雄介に助けられて、気持ちを切り替えて最初の内覧に臨むことにした。




まず、10時に訪れたのは30代前半くらいのカップル客。

「ああ、4階はこんな感じね〜」

リビングに入って開口一番、女性の方が放った言葉だ。隣の男性に小突かれ、少し慌てた様子で笑顔をつくる。

「地面が近いのも、案外安心ですよね。災害とか心配ですし」

絞り出したような言葉がなんだか逆に申し訳なくて、私も雄介も「ハハハ」と愛想笑いを浮かべる。

― なぜかフォローをされてしまったわ…。

聞けば、やはり先に10階を見てきたらしい。もともと天井が高めにつくられているマンションなので、4階と10階の眺望の差は、私が想像する以上に大きいようだ。

そして、13時のお客さんも…。

「あ、思ったよりは綺麗ですね!うん、悪くないかも。ピカピカって感じじゃないけど、まああまりピカピカでもちょっと落ち着かないかもしれないものね!うん!」

やはり10階を見てきた後らしい。50代くらいの女性で、1人での購入を検討しているという。イヤリング、指輪、ネックレスとすべてヴァンクリのジュエリーで揃えているのが印象的だった。アルハンブラリングが輝く手には、メジャーが握られている。

「10階で測り忘れたところを測ってもいい?同じ間取りだから、長さは変わらないわよね?」

「はい…長さは同じですが…」

私と雄介は顔を見合わせる。私たちの複雑な表情に気がついたのか、女性は快活に笑った。

「大丈夫よ!4階も気に入ったから、ちゃんと検討するわ!」

「あ、ありがとうございます…」

圧倒されつつ、その回の内覧も終わる。




そして、最後の16時のお客さんの案内を終えると、雄介はポツリとつぶやいた。

「なんか、やっぱり10階がどんな様子か気になるな。結局、どのお客さんも10階を見てきた後だったみたいだし…」

「うーん、そうだね…」

最後に内覧した20代の会社員男性は、新堂さんが直接連れてきたお客さんだったが、やはり10階もあわせて内覧したらしい。

「そろそろあっちの内覧会も、終わる時間だよね。せっかくだから見てみたいな」

雄介の言葉に、思わず心臓がドクリと音を立てる。

― 10階に行ったら…修平もいるのかな。いや、セカンドハウスって言ってたし、仲介会社の人に任せて現地対応はしてないかな…?

「行ってみようよ、真弓」

「う…うん。でももう終わり間際の時間だし、ご迷惑かもしれないよ」

何も知らない雄介は「なら、電話してみよう」と言う。

「この前真弓に渡したチラシに、仲介担当者の携帯番号が書かれてなかったっけ?チラシ持ってる?電話番号読み上げてくれない?」

「ああ、うん…あるよ。080…」

チェストの中から取り出したチラシを開く。

あくまで平静を装い、番号を読み上げた。

雄介は私の伝えた番号を復唱しながらスマホに入力していき、電話をかけたけれど…。

「ダメだ、つながらないや。17時の内覧会終了までもうあと20分しかないし、諦めるしかないかぁ」

どくどくと波打つ心臓の音に気づかれないよう、私は彼に背を向ける。

震える手で開いたチラシの隅には…。

『連絡くれれば調整するよ LINE ID:●●●』

気づけば、私は反射的に――自分のスマホを、手に取っていた。

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真弓は、修平に連絡する…?