酔った勢いで女友達と一晩過ごしてしまった31歳男。1ヶ月後、衝撃の事実が発覚し…
オトナの男女なら、一度や二度はあるだろう。
友達や恋人には言えない“あの夜”が…。
寂しかったから、お酒に酔っていたから、魔が差して…。
そうやって自分に言い訳をしながら、人は一夜の過ちを犯す。
これは、オトナの男女の「誰にも言えないあの夜」のストーリー。
▶前回:「奢ってくれない男と食事したの初めて…」麻布十番での食事会に女がうんざりしたワケ
Vol.11『人生最大の事件』智也(31)
「望美、本当に…なんて言ったらいいか…」
「……」
1月下旬の土曜日、僕は新宿のカフェで、彼女の望美に深々と頭を下げた。
「智也、場所変えよう」
「だよな。ごめん」
僕は、黙って望美について行った。
「金曜だし、どこも空いてないね。ここ高いかな…」
「いいよ。最後にご馳走させて」
蟹料理屋の個室で、僕らはウーロン茶と一品料理をいくつか注文した。
ふたりの間に、気まずい空気が流れる。
望美が想像よりも怒っていないのは、愛想が尽きたのか、呆れているのか…とにかく失望していることは明らかだ。
「じゃあ、話してよ。どうして飲み友達の女を妊娠させ、結婚することになったのかを」
「うん…」
1ヶ月ほど前。
僕と望美は、これまでにない大ゲンカをした。
原因は、年末に計画していたバリ旅行を僕が「キャンセルしたい」と言い出したから。
祐天寺にある彼女の家で過ごしていたときに切り出したのだが、すでにキャンセル代が発生する時期だったこともあり、彼女の反応は最悪だった
「そんなに怒るなよ!母親の体の具合が悪いんだから」
母は、埼玉の西川口に一人暮らししているのだが、このところ調子が良くないらしい。
心配になった僕は、年末は実家に帰ることが、最善だと考えたのだ。
「わかってるよ。でも、その病気って難病指定だけど、薬で今は症状も安定してるんでしょ」
「…そうだけど、うちは離婚しているから、僕しか頼れる人がいないんだよ」
望美の言い分も間違ってはいない。
でも、休みがシフト制の人材派遣会社に勤める彼女と付き合ってから、実家に帰る回数は減った。
だから、今回は母親を優先したかったのだ。
「はぁ…沖縄で悠々自適に暮らしてるお兄さんは?」
「でも、沖縄からはすぐに来れないだろ!!」
そう怒鳴りつけた後で、マズイ…と思った。望美の目に涙が浮かんでいたからだ。
彼女は本来とても優しい子だ。だから、やり場のない感情が、あふれ出たのだと思う。
「もういいよ。智也とは一生旅行しない。帰って」
「はいはい。帰りますよ〜」
僕は、望美に言われるまま、部屋を出た。
こういう時は、いくらなだめてもその日のうちに望美の機嫌が直ることはない。
だから、放っておくのが一番なのだ。
僕は、祐天寺の商店街を歩きながら、なんとなく女友達に連絡をした。
『智也:華、暇してない?』
華との出会いは3ヶ月前。人数合わせで参加した食事会だった。
彼女は、24歳という若さでネイルサロンの経営をしている。パワフルでノリがいいから、時間を持て余した時に最初に思い浮かぶ女友達だ。
だけど、それだけの関係。華はフリーだが、僕に恋人がいることを伝えている。
保守的で真面目な望美とは真逆。だから、望美と喧嘩した日なんかは、ついつい連絡してしまうのだ。
『Hana♡:今仕事終わったところ。行く?笑』
― さすが、華は話が早い。
『行く?』の後にビールの絵文字がついていたので、僕は即答し、華がいる恵比寿までタクシーで向かった。
「智也くん、こっちこっち!」
ふたりの間で定番になっている焼き鳥店。彼女は、すでにビールと鶏皮ポン酢を注文していた。
「お待たせ。じゃあ、僕もビールを…」
「あ、もう注文してるよ。さっきもうすぐ着くって言ってたから」
「お!気が利くね。サンキュー」
そんな会話を交わした後、僕たちはいつも通り楽しく飲み始める。
ただ、いつもと違うのは、珍しく華に元気がないことだ。僕がそれに気づき「なんかあったの?」と尋ねると、華は悩みを打ち明けてくれた。
最近雇ったスタッフの評判が良くないこと、そのせいで大事な顧客も何人か離れてしまったことなど、経営についても問題がいくつかあるようだった。
特にやりたいこともなく、なんとなく総合商社に入社した僕は、具体的に彼女に解決策を提案できないことが歯がゆかった。
「ありがとう。ちょっとスッキリした!」
でも、華は僕に話したことで、少し元気を取り戻したようだった。
「そういえば、私引っ越したんだよね」
「そうなの?」
「うん。西早稲田から中目黒に。好きな街に住むのが目標だったからね」
― かっこいいなぁ…。
僕は、若いのに行動力のある華に感心しながら、鶏モモをビールで流し込んだ。
「よかったら、このあと新居に遊びに来ない?」
店を出ると華が言い、その誘いを僕は断れなかった。
望美のことは大事だし、いつか結婚しようと思っている。でも、目の前にいる華に惹かれていることも確かで、その気持ちに嘘はつけなかったからだ。
「おぉ、外観から想像つかないくらい中は綺麗だね」
「そうなの。大家さんが去年リフォームしてくれて。すごく好みなんだよね」
僕たちは互いにドギマギしながら、小さいソファに腰を下ろす。
そして、華が用意してくれた缶ビールに手を伸ばしたタイミングで、華の唇が僕に触れた。
「…ごめん」
華の言葉を、今度は僕が塞ぎ彼女を抱きしめる。そこからは、もうほとんど衝動的に華を求めた。
不思議と罪悪感や後悔はなかった。
僕のその思いがそうさせたのだろうか…。
数ヶ月後、華の妊娠が発覚した。
◆
「だから、二股とかじゃないんだよ。たまたまその日彼女の家に行ってしまって…」
僕はひたすら望美に説明をした。
「ただの飲み友達と、酔った勢いで?」
「うん…」
本当は、華に好意があった。だからある程度の覚悟を持って男女の仲になったのだ。
でも、そんな本音を言えば、望美を傷つけてしまうだろう。
望美は、いつの間にか緑茶ハイを飲んでいた。
6年も付き合った彼氏が、他の女を妊娠させ結婚すると言っているのだ。逆の立場でも、酒がなければやってられないだろう。
「今、妊娠何ヶ月なの?」
しばらく沈黙が続いた後、望美が口を開いた。
「えっと…何ヶ月なんだろう。7週って聞いてるけど。心拍も確認できたみたい」
僕もまだ、父親になるなんて信じられないし、実感がない。でも、華が産むと言うので、近いうちにプロポーズをするつもりだ。
「予定日は?」
「9月の前半かな」
「…そっか。秋には智也はパパになるのか…」
「望美には、本当になんて言えばいいか。いくら謝っても足りないよな」
「うん。今すぐには無理だけど、現実を受け入れるよ。今までありがとう、それとおめでとう」
望美が声を震わせながら言う。
「智也とは一生旅行しないって言っちゃったけど、まさか本当にそうなるとはね…」
不意に笑顔を僕に向けるから、ドキっとする。
― あれ。望美って、こんなに可愛かったっけ…。
100対0で僕が悪いのに、円満な別れのような対応をしてくれる望美に、僕はいたたまれなくなった。
華を妊娠させてしまった“あの夜”、僕が華に抱いていた気持ちは、望美にも言えなかったし、他の誰かにも言うことはないだろう。
それが、僕にできる望美への最後の敬意だ。
『Hana♡:ちょっと、どこにいるの?今すぐにりんごを買って帰ってきて!』
望美と別れた後、華からは大量のメッセージが届いていた。
― うっ…。
僕は一瞬ひるんだが、気持ちを切り替え、りんごを買うためにスーパーを目指した。
今、守らなければならないのは、僕の子を宿している華なのだから。
▶前回:「奢ってくれない男と食事したの初めて…」麻布十番での食事会に女がうんざりしたワケ
▶1話目はこちら:男に誘われて、モテると勘違いする29歳女。本命彼女になれないワケ
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元夫との夜が楽しくて…