交際1年の彼との関係に悩む26歳女。占い師に相談し、言われた通りに行動してみた結果…
◆これまでのあらすじ
外資系電機メーカー勤務の与田雅樹(28歳)は、彼女・芽依の趣味である「占い」に対し、「一時の運に左右されるべきではない」と意見を述べた。しかし翌日、偶然通りかかったマンションの前で、知らない男に手を振る芽依を目撃。自分の運の悪さを実感し…。
▶前回:「こんな時間に何してるの?」飲み会帰りの男が偶然見かけ驚愕した、彼女の“深夜の顔”
マイナスの奇跡【後編】
雅樹は車を走らせながら、昨日の芽依との電話を振り返る。
― 結局、言えなかったな…。
喉まで出かかっていたのに口に出さなかった理由は、ひとつ。真実を知るのが怖かったからだ。
芽依と交際し始めて、1年ほどが経つ。
お互いのことを知るにつれ信頼関係は育まれているものの、その存在に慣れ、時に疎ましく感じてしまうことが増えた。
それで先日、芽依の好きな占いについて批判してしまった。機嫌よく話す芽依の姿がなぜか癪に障り、つい否定的な意見を述べたのだ。
そんなタイミングで見た、知らない男に手を振っている芽依の姿――。
雅樹は、芽依が自分にうんざりして、別れを考えているとしか思えなかった。
そこで昨晩、意を決して芽依に電話をかけた。
「明日って、会えないかな?」
話し合えば修復できる状態なのではないかと、期待を込める。
「ちょっと用事があって…。ごめん」
突然だから断られるのは承知の上だったものの、まるで谷底に突き落とされたかのような絶望感に陥った。
「…ああ、どうしたらいいんだ」
運転しながら、雅樹はつぶやく。
危機を前に「芽依を失いたくない」という思いが湧き上がって、胸が苦しい。
― 自分の力では、もうどうしようもない状況かもしれない…。
神頼みなどしない性格だが、何かにすがりたいような感情が込み上げる。
それで雅樹は今、車である場所へと向かっているのだった。
雅樹の自宅マンションのある渋谷から、車で1時間ほど。
千葉県君津市にある『濃溝の滝』に到着した。
縁結びや恋愛成就にご利益があるとされるパワースポットだ。
昨日、芽依との電話を終えた雅樹は、焦りを抱えながらパソコンを開き、パワースポットについて検索した。
パワースポットにはまるで縁がなく知識も少ないが、とにかく恋愛運を上げる効果があり、東京から行きやすい地域という条件でここを見つけた。
駐車場に車を停め、遊歩道を10分ほど歩く。
冬の寒い時期だからか、観光客が少なく、スムーズに目的の場所にたどり着いた。
― これが、『亀岩の洞窟』か…。
目の前に泉があり、奥の岩場が洞窟のようになって、緩やかな滝が流れている。
太陽の光が洞窟に射し込むと、水面にハート型を映し出すことがパワースポットとなった由縁だそうだ。
だが、季節や時間帯にもよるため、そこまで見事な景色を目にすることはできなかった。
それでも、あたりに漂う澄んだ空気を吸い込み、穏やかな水の流れを眺めていると、心が和み、癒しを得ているような感覚になる。
― どうか、芽依との関係が修復できますように…。
雅樹は、思いよ届けとばかりに、心のなかで強く願った。
すると、歩み寄ってくる足音が耳に届き、「えっ」という女性の声が聞こえた。
雅樹が声のするほうに振り返ると、驚きの光景が目に飛び込んできた。
「ええ…。嘘だろう…」
芽依が立っていた。
デニムパンツにキルティングコートを羽織り、ニット帽をかぶった芽依。周辺の景色から、浮き上がっているように見える。
思いがけない事態に、雅樹は言葉を失った。
◆
雅樹は、「少し話をしよう」と芽依に声をかけた。
そして、車で15分ほど走った場所にある、和食の店に移動した。
瓦屋根の趣ある外観で、一軒家をリフォームしたような、木のぬくもりを感じる落ち着いた造りとなっていた。
手打ち蕎麦が名物らしく、注文を終えたところで雅樹が口を開く。
「いやあ、ホント。まさか、あんなところで芽依に会えるとは思わなかったよ」
「それはこっちもだよ。だって雅樹、パワースポットになんて興味なさそうだったし」
「昨日の電話で、『用事がある』って言ってたのは、ここに来ることだったんだ?」
「うん…」
芽依は頷くと、言葉を続けた。
「だって…。最近、私たちあんまりうまくいってない感じがして。なんとかしたいなって思ったから…」
芽依は込み上げる感情を抑えているのか、声を震わせる。
― 俺と同じことを考えていたなんて…。
関係を修復したいという共通の目的で、偶然にも同じ場所を訪れていたのだ。
雅樹は驚きをおぼえながらも、芽依とのつながりの深さを感じた。
芽依を愛おしく思い、今すぐにでも抱きしめたいという感情が急激に湧き上がってくる。
だが、雅樹のなかでわだかまりとして残っている事案があった。
「芽依。俺、昨日見ちゃったんだよ…」
雅樹は、悲痛な表情を浮かべて切り出した。
「昨日さ、同僚と飲みに行った帰り、タクシーに乗ってたら。知らない男の部屋からお前が出てくるのを、見ちゃったんだ…」
雅樹が言い終えると、芽依は首をかしげ、眉をひそめた。
するとすぐに安心したような笑顔を見せ、「フッ」と吹き出した。
「違う違う!それはね、占い師さんのところに行ってたの」
芽依が笑顔で否定する。
「自宅マンションの1室を占いサロンにしている人で。ほら、友だちの実花に『信頼できる占い師さんだよ』って紹介されて」
「そうだったのか…」
雅樹の肩の力がガクッと抜けた。
― 確かに。よく考えたらその可能性はあったよな…。
考えが及ばなかったのは、自分が冷静さを失っていたからだと気づく。
「私たちのこと…どうしたらうまくいくかを相談したくって。そうしたら、『パワースポットに行ってみるといいよ』ってアドバイスされたんだ」
「ええ…。それでここに?」
雅樹は驚きを隠せなかった。
占い師がすごいのか、この場所を選択した芽依がすごいのかは測りかねたが、不思議な力が働いていることは認めざるを得ない。
「そうしたら、雅樹に会えた」
芽依が真っすぐな瞳で見つめる。
「うん」
「これって…奇跡じゃない?」
「ああ。奇跡…かもな」
芽依が得意げに尋ねるので、雅樹は観念したように頷き返した。
◆
雅樹は芽依とともに東京に戻るため、店を出ると駐車場に向かった。
そこで、車のキーが手元にないことに気づく。
「じゃあ私、テーブルの近くに落ちてないか見てくるね」
芽依が来た道を戻り、店に引き返す。
雅樹は上着のポケットを確認し、車の周辺を見て回った。
「あったよ〜!」
店のほうを見ると、芽依がキーを握って腕を掲げていた。
そのまま駆け寄ってくると、数メートル手前のところで、「はーい」と雅樹に向かってキーを放り投げた。
それがわずかに軌道を逸れ、雅樹はつかみ損ねて下に落としてしまう。
すると、足元にあった側溝の隙間に、キーが吸い込まれるように落ちていった。
「嘘だろう…」
雅樹が呆然と見下ろしていると、芽依がつぶやいた。
「奇跡だ…」
「いや…。確かに、かなりの低確率だけど…。俺たちにとってマイナスでしかないよ」
「マイナスの奇跡も、また奇跡だよ!」
芽依が何か確信を掴んだように強く言った。
「この世は奇跡で溢れている!」
芽依が嬉しそうに声を上げる。
「いやいや…。喜んでないで。取る方法考えてよ」
雅樹は、元気を取り戻した芽依の姿に安堵しつつも、呆れたように言った。
結局、再び店に戻り、店の人に力を借りて側溝の蓋を開け、キーを取り出したのだった。
◆
翌年の秋。
雅樹は芽依を連れて、再び千葉の『濃溝の滝』を訪れた。
10ヶ月ほど前にこの場所で会って以来、関係は完全に修復。今は結婚に向けた話をするまでになっている。
2人にとっての再出発の場所であり、あれから間もなく1年が経つということで、見ごろの時期に再び訪ねてみたのだった。
「うわっ!見て雅樹。すごいキレイ!」
亀岩の洞窟に太陽の光が差し込むことで、水面にハートの形を映していた。
「本当だ。キレイだね」
自然の作り出した神秘的な光景に、雅樹も胸を打たれる。
早朝ではあるものの、周辺には絶景を目当てに来ている何人もの観光客の姿があった。
そのなかの、あるカップルの会話が雅樹の耳に届く。
「ねえねえ、聞いて。1年ぐらい前にね…」
彼女のほうが、彼氏に熱心に声をかけている。
「友だちから聞いた話なんだけど。1年前くらいに、別れそうだったカップルが、ここで偶然再会したらしくて。ヨリを戻して今度結婚するんだって」
彼氏のほうは、「ふ〜ん」と言うだけであまり関心を示さない。
雅樹はそのやり取りを、ただ微笑ましく思いながら聞いていた。
▶前回:「こんな時間に何してるの?」飲み会帰りの男が偶然見かけ驚愕した、彼女の“深夜の顔”
▶1話目はこちら:彼女のパソコンで見つけた大量の写真に、男が震え上がった理由
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