◆これまでのあらすじ

再婚活中のシングルマザーの沙耶香(34)。高校時代の同級生・陽平と再会し、彼への想いに気がつく。ある日娘の美桜と陽平の甥・浩太と4人で遊んでいると、20代の女が陽平に親しげに近づき…。

▶前回:「えっ、うそ…」定期的に会っていた男が結婚することを知り、34歳女はショックを受け…




ライバルの登場


「初めまして、晶子です」

穏やかな光が包みこみ、少し乾いた心地いい風を感じる午後の公園。

陽平と親しげに話す女は、沙耶香に挑発的な笑みを見せる。

「あ、初めまして。沙耶香です。陽平とは…?」

彼女は陽平のことが好きなのだと、沙耶香の第六感が訴える。

「前に仕事を通して知り合ったんですけど、お互いにテニスが好きなことがわかって。今はテニス仲間ですね。沙耶香さんは?」

「あ、私は陽平とは高校が一緒で…」

沙耶香の言葉を最後まで聞く気がないように、だが感じよく「そうなんですね」と相槌を打つと、晶子はまたすぐに陽平の方に目線をうつした。

「どうしてここに?陽平さんの家って、外苑前の方じゃ…?」

陽平は数年前から、カメラの光センサー技術関連の会社を友人と共同経営している。オフィスは渋谷にあり、そこから近い外苑前のマンションで、一人暮らしをしているのだ。

「今日は都立大学駅に住んでいる兄に子守りを頼まれたから。沙耶香の子どもと一緒に甥っ子を遊ばせてるんだ」

「へぇー。それで、最近土日はテニスの参加率が悪かったんですか?みんな、寂しがってますよ」

晶子は、ちらりと沙耶香の左手薬指を確認しながら、子どもたちに視線を移す。

「あぁ、近いうちに顔出すよ」

「じゃあ、会えてよかったです。また連絡しますね」

晶子は笑顔で陽平に挨拶すると、最後にまた沙耶香を横目でチラリと見て去っていった。

「陽平ってテニスやってたんだね」

「ああ、たまに息抜き程度に。でも、最近はこうやって沙耶香とか子どもたちと遊ぶのが楽しかったから、行ってなかった」

その言葉に沙耶香は思わずドキッとする。

けれどどう返していいのかわからず、いつも以上に素気なく「ふうん」と返しただけだった。

陽平たちと別れ、美桜と都立大学駅前のスーパーに寄ると、晶子と再びバッタリと出くわした。

お互いに「あっ」と驚く。

「夕飯の買い物ですか?」

「はい」と答える沙耶香のカゴを、晶子が覗き込む。少ない食材や、朝食用に買った2個のヨーグルトを見て、言った。


「2人分ですか?」

「えぇ、うちは2人なので」

晶子は「へぇ」と言いながら、沙耶香と美桜の全身をじっくりと見る。

「子どもがいるって、いい武器ですね」

そう言い残して、晶子は「それじゃ」とにっこりと笑って去って行った。

― 子どもが武器ってどういう意味?っていうか、この女何なの?

沙耶香は、その場に呆然と立ち尽くしていた。




夜、美桜を寝かしつけた後に、沙耶香は今日のこと思い返していた。

― 陽平が結婚予定じゃなくてホッとした。でも、あの晶子って陽平とどういう関係なのかしら?

こんなにも気持ちがザワつくのは久しぶりのことだった。

― やっぱり、私、陽平のこと好きなのかなぁ。認めたくなかったけど…。

陽平に会う度に、子どもが好きで誠実で、人の気持ちを尊重できるところや仕事に対する考え方などを知り、惹かれている自分がいる。

だが、元夫が、美桜ともたまに会うようになり、元夫婦として良い関係が築けている。

美桜も前よりも精神的に落ち着いたのか、最近は楽しそうに過ごしている。

― 私の恋愛感情を優先させて、このバランスが崩れるのは私も嫌だし、美桜もきっと嫌だよね…。

考えがまとまらず、何気なくニュースのまとめアプリを開いた。

そこに、こんな記事が載っていた。

『女優のRが、子どもを預けて堂々デートで炎上』

彼女は去年離婚したシングルマザー。預け先は元夫だと書いてある。

気になった沙耶香が内容を確認すると、さまざまな意見が紹介されていた。

『子どもを預けてデートなんて、ネグレクトだ』

もちろん彼女を擁護する意見も載せられていたが、沙耶香にはこの言葉が自分に言われているようで、グサリと胸に刺さる。

さらには、こんなコメントまで。

『シングルマザーって、自分は可哀想だって言って男に近づくから、大嫌い』

そこで、沙耶香はさっき晶子に言われた言葉を思い出した。

“子どもがいるって、いい武器”

― そういう意味だったんだ…。

晶子が公園で最後に向けた非難の目。

スーパーで親子の全身を確認したのは、公園で遊んだ後の薄汚れた格好が、“可哀想な親子”を演じて男に近づく女と思われたのだろうか。

シングルマザーへの世間の反応が、覚悟していた以上に厳しいものだと実感し、やるせない気持ちになった。




― だけど、私だって、美桜のためにと思って再婚活をしていたけど、結局、私自身が寂しくて誰かに頼りたかっただけなのかも…。

美桜のことを本当に思うのなら、陽平への感情は胸にしまって、今の安定をとることを優先させるべきなのかもしれない、と沙耶香は思う。

陽平にとっても、自分の気持ちなどいい迷惑かもしれない。

― このまま陽平と会っていたらどんどん好きになって色々と面倒になるだけかもね。

しばらく会わずに、自分の恋愛感情が落ち着くのを待つのがよいのでは、と沙耶香は結論づけた。




それから、沙耶香は陽平からLINEが来ても、必要最低限のことしか返さないようにした。

幾度か「一緒に公園に行こう」と誘いもあったが、適当に理由をつけて断った。

2ヶ月ほど経つと、陽平からも連絡が来なくなった。

「最近、ようへー見ないね」

美桜が何気なく言った言葉に、沙耶香はドキッとする。

陽平への気持ちは一時のもので、会わなければすぐに忘れられる。

そうして落ち着いてから、また浩太と一緒に美桜を遊ばせてあげればいい、と考えていた。

なのに、実際にはふとした時に、無意識で陽平から連絡が来ていないかとスマホを確認してしまう。

連絡が来ていないのを確認すると、安堵と寂しさが混ざった複雑な気持ちになるのだ。

― 自分で決めたことなのに…。早く忘れなきゃ。

しばらく、自分の気持ちと葛藤する日々を送っていた、ある金曜日。

美桜をバレエ教室へ迎えに行った帰り道、LINEが一通届いた。

『Yohei:近くにいるんだけど、渡したいものがあるから、少し寄ってもいいかな?』

返信をどうしようかと迷うが、少しだけなら、と承諾した。




家に着くと、マンションのエントランス前で陽平が待っていた。

「ようへーだ!」

美桜が嬉しそうに陽平の元に駆けていき、彼に抱きつく。

沙耶香は久しぶりに会えたことで、自然と鼓動が早くなった。

「1ヶ月ほど出張でアメリカと台湾に行ってて、先週帰ったんだ。今日はお土産だけ渡しに来た」

「ありがとう…」

言葉がうまく出てこない沙耶香の横で、美桜が嬉しそうに言う。

「ようへー、家に来てよ。見せたいものがあるの。ね、お母さん、いいでしょ?」

「あ、うん…」

美桜の提案に陽平が「じゃあ、少しだけ」と微笑む。

家に着くと、美桜ははしゃいで陽平にひっつく。

「これ見て、私が作ったの」と学校で作ったアートを見せたり、本読んで、と甘えたり。

結局一緒に夕食を取り、沙耶香が洗い物をしている間に、美桜は疲れて眠ってしまった。

そっと美桜をベッドまで運び、リビングに戻って来た陽平に、沙耶香が言った。

「今日はありがとう。美桜、ずっと会いたかったみたいで。陽平も疲れたよね」

「ううん、楽しかった。それよりさ、聞きたいことがあったんだ…」

陽平が、心配そうな表情を浮かべる。

「なんかあった?LINEしてもあまり返事がないし、ちょっといつもと違ったから。今日はそれも確かめたくて、来たんだ」

沙耶香はどう答えればいいのかわからず、誤魔化すように目を逸らす。

「そんなことはないけど…。でも、陽平も独身だし、あんまり一緒にいるのはどうかと思ったの。陽平だっていつ結婚を考える人が現れるかわからないしね。邪魔しちゃいけないと思って」

最後は少し冗談っぽく笑って言ったが、陽平は真面目な顔をする。

少し考えると、ゆっくりと口を開いた。




「俺は沙耶香が好きだよ。美桜のことも。沙耶香と付き合えたらいいな、と思ってる」

すごく聞きたくて、でも聞いてはいけない言葉のような気がして、沙耶香は胸の奥がぎゅっと締め付けられた。

▶前回:「えっ、うそ…」定期的に会っていた男が結婚することを知り、34歳女はショックを受け…

▶1話目はこちら:ママが再婚するなら早いうち!子どもが大きくなってからでは遅いワケ

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陽平からの突然の告白。さらに晶子が陽平に近づき…。