外コンで誰よりも早く昇進した女。20代でマンションまで購入した彼女が、出世できた秘密とは
◆これまでのあらすじ
鮨店で偶然、事業部長の落合と社員の奈々美に鉢合わせたモモは、翌日ふたりがオフィスで親密そうにしているところを見かける。ふたりの関係が気になりつつも、男女問わず人望があり、仕事もできるという奈々美に興味を持ったモモ。ある日、奈々美からチャットがきて…。
▶前回：就業時間後のオフィス。会議室のドアを開けたら、同僚の男女がまさかの…
『藤崎さん、おつかれさまです』
突然の奈々美からの社内チャット。
メッセージの受取通知がディスプレイの端に浮かんだ瞬間、思いがけない差出人の名前に、私はすぐにチャット画面を開いた。
『入力中…』の表示から目が離せない。奈々美が私に何の用事だろう。
みぞおちのあたりがひんやりとするのを感じながら、奈々美からの次のメッセージを待つ。
しかし、私の緊張とは裏腹に、奈々美からのメッセージは無邪気なものだった。
『まだオフィスにいるかしら？さっき見かけました。今夜空いていたら、サクッとご飯でも一緒に行かない？』
◆
お互い仕事のキリがよく、15分後に私と奈々美はオフィスのエントランスで合流した。
「どこ行こっか。藤崎さん、食べたいものある？」
「私、普段は家かクライアント先にいるのでこの辺り詳しくなくて…。おすすめありますか？」
「うーん。お腹空いてる？がっつりなとこでもいい？」
「空いてます！ぜひ。行きましょう」
奈々美の言葉を合図に、私たちはTOKIAにある『人人人』へと向かった。
「藤崎さん、突然の誘いにお付き合いありがとう。実は、以前からお名前は聞いていて、話してみたかったの」
「そうだったんですか！おかしな評判じゃないといいですけど…」
「そんなわけないじゃない。落合さんや真島さんからも、頑張ってるって聞いたよ。クライアントから仕事をとってくるのが上手いって」
「…ありがとうございます」
自分の知らないところで名前が挙がっている事実に、思わず嬉しくなる。
落合や真島にますます親しみを持つとともに、彼らからの評価をわざわざ私に伝えてくれる奈々美に好感を抱いた。
「私も最近オフィスで、奈々美さんの評判をよく伺います。同世代の女性と聞いてお話してみたかったので、お誘い嬉しかったです」
「同世代なんだ！何年卒？」
「2016年卒なので、今年で30になります」
「そっか、同い年だ。正確には、私が早生まれだから一学年違いか」
奈々美と話をしてみると、出身が私と同じ目黒区であったり、趣味がゴルフで互いにスコア90切りを目指していたりと、共通点が多く、話が弾んだ。
「それにしても、私の周りで同い年で大企業の役職持ちの人なんていないですよ。尊敬します。同世代で、落合さんと対等に話せるなんて、奈々美さんだけです」
「落合さんには、新人の頃からお世話になってて…」
私はなんとなく、この話題を避けては通れない気がして、一歩踏み込んでみた。
「先日お見かけした時もご一緒でしたけど…落合さんと、仲良いんですか？」
「うん。仲良いよー」
奈々美が答えたのは、それだけだった。
にっこりと笑う奈々美だが、その瞳には光がなく、笑顔のまま口を閉じる。
これ以上語るつもりのないことを察した私は、ちょうど料理が運ばれてきたのをいいことに、「美味しそうですね！食べましょう！」と話を切り上げた。
◆
料理を食べながら奈々美と他愛のない話を続けたが、落合の話に限らず、奈々美はそれぞれの話題に対して自分のことは深く語らないことに気がついた。
こちらから質問すれば答えてくれるが、その答えが簡潔なので、もっと話を聞きたくなる。
その一方で、私の話は興味深げにうんうんと聞いてくれ、キラキラした顔で話の続きを促してくるので、もっと話をしたくなる。
このミステリアスさと人懐こさのバランスが、奈々美の魅力なのだろう。
― 話せば話すほど、奈々美さんのことを知りたくなる。この話し方は、奈々美さんのクセなのかな。それとも意図的…？
「そういえば、奈々美さんのお住まいはこの辺りですか？」
「港区だよ。でも、来月引っ越すの」
「いいですね！また港区ですか？」
「ううん。アメリカ」
「え？出張ではなく、引っ越しですか？仕事は…」
「続けるよ。アメリカのオフィスに転籍するから、今後も同じ会社の社員」
「そうなんですね…！」
「うん。実はこの話、誰にもしてないんだけど…。私も来月にはいなくなる身だしね。聞いてくれる？」
「実は今住んでる部屋、買ったんだよね。私、思いのほか早く昇進しちゃったからさ。お金の使いどころもないし、何か有意義なものが欲しくて」
2年前、奈々美は港区にある低層マンションの一部屋を購入したらしい。
コロナ禍に自宅で仕事することを考えて買ったその部屋は、100�岼幣紊旅�さがあるということだ。
「独り身には広すぎるのはわかってたけど…将来、どうなっても長く住める部屋にしようと思って」
「港区の低層マンション！すごいですね」
「駅から距離のある中古だよ。会社員だから、ローンも組めたし」
20代独身で持ち家に住むという発想がなかった私は、奈々美の行動力に驚きつつも、生き方の選択肢が広がった気がして気持ちが高揚した。
「そんな選択肢もあるんですね。私もマンション買おうかなぁ…」
「とはいえ、渡米するのに家が東京にあってもしょうがないから、売るけどね。こんなに早く手放すつもりはなかったけど…もう、いいかなって」
話を聞いているうちに私は、奈々美が暗にほのめかしている事実を察した。
もう長年の間、ある役員の寵愛を受けて安定した不倫状態であること。
早すぎる出世は、彼との報われない関係継続と引き換えに、優遇を受けた結果であること。
役職に負けないよう、社内政治も仕事も全力で頑張ってきたこと…。
「私ずっと、どこか後ろめたさがあって。周りが認めてくれればくれるほど、自分の力で手にした成功だって、自分自身が思えないことが悔しくて」
「そんな…」
「だから、誰も私のことを知らない場所で、一からやり直したくなったの。公私共にね」
奈々美は、「落合」の名前こそ最後まで出さなかったものの、長年を共にしたパートナーとの関係は既に終らせてあることも教えてくれた。ちょうど、渡米を決めたこの春のことだという。
「彼が今でも私を応援してくれていることには、感謝してる。でもアメリカに行ったら、今度こそ自分の実力を試したいの」
◆
― アメリカかぁ。いいなぁ。
帰宅後。今日聞いた話を反すうしながら、自分はどうしたいんだろう、と考えた。
奈々美は素敵な女性だが、私にとってのロールモデルではない。
女性としてどうやって、この男社会を爽やかに生き抜いていくか。
その問いへのヒントを見出すには、奈々美のケースは特殊すぎた。
― 上司と仲良くなるって、キャリア上プラスにしかならないと思っていたけど。行きすぎると、難しいことになるんだな。こういうのって、女性だから悩むのかな…。
気持ちが湿っぽくなってきたことに気づいた私は、テラス席で美味しいビールでも飲もうと切り替える。
次回の雄一との定例報告会のために、青山にある『ラシーヌ アオヤマ』を予約した。
◆
雄一に会うのは、あの日、部屋に行って以来だ。
あれから彼のプライベートがどうなったのか気になるが、『ラシーヌ アオヤマ』に現れた雄一は上機嫌な様子だった。
「おつかれ！なんか今日はモモの方が浮かない顔してるな。話聞くよ」
私は奈々美たちの名前を出さずに、「他社であった話」と前置きをしておおよその経緯を話した。
「なるほどね。でも、社内不倫なんて暗黙の了解として公にならないだけで、どこにでもある話だよ」
「そうなの？私そういうの疎いのかな…。知らなかった」
「実際、俺が経験してきたプロジェクトでも、1、2組はいたよ。本人たちは隠しているつもりでも、周りは察してる。大人だからみんな黙ってるけど」
「でも、そんなことして家庭は大丈夫なのかな」
「それが、社内に不倫相手がいる男って、決まって仕事ができて愛妻家なんだよね。飲み会で嬉しそうに奥さんの話をしたり、BBQに家族で来たり」
― そんなの、イヤすぎる…。
この話に既に不快感を覚えてはじめていた私だったが───次に雄一が発した信じられないセリフには、思わず言葉を失うしかなかった。
▶前回：就業時間後のオフィス。会議室のドアを開けたら、同僚の男女がまさかの…
▶1話目はこちら：華やかな交友関係を持つ外コン女子が、特定の彼を作らない理由
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モモに衝撃を与えた、雄一の言葉とは…
