青山で再始動した名店のシェフが語った、“ドンチッチョ”らしさとは?
日本におけるシチリア料理の先駆者である『トラットリア シチリアーナ・ドンチッチョ』。
長らく店舗を構えた渋谷二丁目から仮店舗を経て、青山一丁目に移転をした今も、相変わらず連夜賑わいをみせている。
お店が活気に満ちる秘訣、“ドンチッチョ”らしさの根源を、オーナーシェフ・石川さんに聞いた!
【移転した新店舗の紹介記事はこちら!】
青山で新しいスタートを切ったイタリアンの名店!アクセス&ムード抜群のシチリア食堂
いらっしゃいませ!と元気良く挨拶する。そこが楽しさのスタート
店名はイタリア語で親分(ドン)と太っちょ(チッチョ)を意味し、親しい間柄の人に“チッチョ”を使うため決まった
店の前を通ると、今すぐ自分も生ハムでもつまみながらワインを飲みたくなってしまう。『トラットリア シチリアーナ・ドンチッチョ』が渋谷二丁目にあった頃、そう思った経験がある人は多いだろう。
この店は、嫉妬するほど楽しそうなのだ。シェフに見送られて帰る人々の満足そうな顔といったら。
そんな“渋二のシチリア”として17年を過ごした“ドンチッチョ”が、今年2月、青山一丁目に移転した。地下鉄の駅を出てほんの30秒。真新しいオフィスビルの1階が新天地だ。
正直、外観は前の方がとっつきやすかったが、扉を開けると「いらっしゃいませ!」とスタッフが元気に出迎えてくれる。席に着けば別のスタッフが「こんばんは!」と挨拶を重ねる。以前とまったく同じだ。
それはオーナーシェフ・石川 勉さんの「食事は楽しく」というポリシーの入口。「挨拶と返事をちゃんとする。そこから始まるから」と、スタッフに伝えている。
「やっぱ最初の印象って大きい。鮨屋じゃないけど威勢がいいとお客さんもスイッチが入る。
だから楽しい雰囲気を作るひとつ目は、“いらっしゃいませ”を元気良く。そしたらお客さんも気取ったお店じゃないと分かって喋りやすい。そこを最初にはっきり伝えるのが大事。
まあ、うちのお客さんはみんな勝手に喋ってるんだけどね(笑)」
自身もイタリア人のような陽気さを醸す石川さんだが、実は元フレンチ志望だった。
1961年に岩手で生まれ18歳で上京。料理の専門学校に進み、就職先でフレンチに配属されると思いきや、人が足りなかったイタリアンへあてがわれる。
「ちょうどハマって、そのうちローマへイタリア研修に行ったら、こっちだ!と確信してそのままです」と開眼した。
今はなき神宮前『ラ・パタータ』を経て1984年にシチリア島パレルモへ。同地を舞台にした映画『ゴッドファーザー』が好きだったし、日本の料理人が誰も行っていない地で修業したかった。
アジア人自体がほぼいない時代。しばらく食事はひとりで食べることが多かった。
「“カタコンベ”っていう教会の下にミイラが何体も眠る場所があって、その近所によく行ったピッツェリアがあった。ビールを頼むとお通しでコロッケが出て、お金がないからそれだけで嬉しい。
食べているとお店の人が珍しいから、“お前どっから来た?”と聞いてくる。まだあまり話せない時期で、小学館の緑色の分厚い辞書を開いて調べながら喋ったね。当時は毎日カバンに辞書と水しか入ってなかった。
イタリア人は相手が喋れなくても全部イタリア語でバーっと話すから、分からないと、“今の何?”と聞く。すると辞書で探して教えてくれる。そうやって言語を覚えて、食べて喋っていると気持ちが安らいだ。
ひとり客にも優しくて、感じがいいからまた行こうと思う。そのうちに“1杯飲んでけよ”と頼んでもいないリキュールをくれた。でも何もなくてはくれない。
喋って自分を出すから相手が返してくれる。南の人はあったかい人が多かったです」
楽しさも味付けのひとつ。シチュエーションの妙をシチリア時代に体感した
フィレンツェやボローニャでも働き3年後に帰国。
『クチーナ ヒラタ』などを経て『ラ・ベンズィーナ』でシェフを任された後、2000年に独立して外苑前に『トラットリア ダ トンマズィーノ』を開いた。瞬く間に人気店となりパワーアップする形で2006年、渋谷二丁目に“ドンチッチョ”をオープン。
自身の店で実現したかったのは、シチリア時代に何度も目にした“楽しい食事”の光景だった。
「楽しさは味付けのひとつ。シチュエーションって大事で、例えば海の隣で波の音を聴きながら食べたら、“やっぱり魚介は美味しいよね”と思う。ひとり真っ暗な部屋で食べるのとはわけが違う。
シチリアに行って一番感じたのは、楽しさがいかに食事にとって大切かということ。
あと、楽しくなる店の人は、仕事をちゃんとやりつつお話上手。やっぱ、あのフレンドリーさだね。そこを目指しているから、従業員とお客さんの立ち位置が近いのがうちの特徴かな。
といってももちろん対等ではなくて僕らが下。でも、お話をして、お客さんと仲良くなれるように努めてはいます」
空間にも明るい気持ちになる要素をちりばめた。
旧店と同じイタリア雑貨が並ぶ店内
前身となる店からこだわったのは軒下がある物件であること。イタリアみたいに夜でも外で気持ち良く食事をしてほしかった。
オレンジやレモンの名産地であるシチリアらしく、壁は柑橘を思わせるレモンイエローに。装飾の多くはイタリアで買いつけたもので、石川さんの趣味そのものだ。
漁師を描いた鮮やかなタイルや守り神の陶器、サッカークラブのタオル、ワインボトルetc.
現地のカルチャーを表すものが勢ぞろいし、絶妙なランダムさで置かれている。本当にセンスのある人でないと作れない部屋だ。
本人は「ただのイタリアかぶれ(笑)」と言うが、カジュアルな格好でもお洒落オヤジと丸分かりなのである。
そんなシェフの店だから、場所が変わっても世界観は保たれる。「青山一丁目に移転オープンした時、“新しいお店じゃないみたい”と言われたのがすごく嬉しかった」と石川さん。
常連がほっとしたのは前とそっくりなカウンター席があることだ。それもまたイタリア的ホスピタリティの表れである。
「ひとりのお客さんは心細いじゃないですか。シチリアで僕がひとりで食事をしていた時に寂しくなかったように、スタッフと話したりしてひとりでも楽しく過ごせるカウンターにしたい。
“ちょっとカウンターでひとりで食べたいな。あ、あの店があるじゃん”と思われる場所でありたい」
ちなみにカウンターはデートにも効果的で、カップルの指定も多いとか。
「カウンターって隣に座れるから、とりあえずいやらしく、いや、いやらしくじゃないな(笑)。向かい合うより距離感が近くて喋りやすいでしょ。特に初めてのデートじゃ緊張するかもしれないし、隣の方が気楽なはず」
加えて照明がLEDではなく、ノスタルジックな暖色の電球だから、肌がとてもきれいに見える。目にも女性にも優しい環境なのだ。
シチリア料理は毎日食べても飽きなかった。日本と同じ島で食材豊か
そこでシェアするのは、粋でクラシックなシチリア料理。
石川さんがイタリアの他のエリアではなくシチリア料理に惹かれたのは、「毎日食べても飽きない」という理由から。「現地で日本食がまったく恋しくならなかった」と話す。
「同じ島国で山もあれば海もある。魚介が豊富で野菜もめちゃくちゃ美味しい。
ウイキョウやカリフラワーを使ったなんでもない料理が沁みる味だった。なすもいっぱい使うんだけど、なすがこんなに美味しいと初めて知った。日本でやる上で理に適っていると思いました。
郷土料理はその土地の特産物を使うけど、シチリアの塩やオリーブオイルも塩漬けの食材も、今はそろうからちゃんと再現できる。後から甘さが出てくる海塩を使うと、同じグリルをしても全然違うんですよ」
オープンキッチンから見えるのは、手際良く料理を仕上げる石川さんと調理スタッフ。
下に任せる仕事も多いが、パスタ番はシェフ本人。麺の選び方から塩の入れ方、茹で方まで、シェフの加減で作るとパスタが締まる。
トマトソースと一体になれば、表面の口あたりにまず惹かれ、噛み心地と喉越しは軽快で、わんぱくに完食してしまう。
絶対定番である「鰯とウイキョウのカサレッチェ」2,400円。新鮮なイワシとさわやかな風味のウイキョウに、松の実やアンチョビ、レーズンなどを合わせている。食材同士の香りの相性が抜群だ
名物の「鰯とウイキョウのカサレッチェ」は、イワシ節を彷彿とさせるどっしりした旨みがショートパスタの溝に行き渡るワイン泥棒だ。
忙しい時間帯を終えた22時頃、カウンターの中に立つ石川さんの手にはワイングラス。常連と談笑しながら酒を飲み、ただ飲んでいるかと思いきや、カウンターを拭いたりワインが欲しい客に気づいたり、楽しく働いている。
そのうち食後のテーブルに誕生日プレートが運ばれ、イタリア語のバースデーソングがスタッフによって歌われる。歌い終わると周りの客まで拍手で祝福。
場所は変われど、“ドンチッチョ”の日常は変わらない。「一丁目だけど(渋谷)二丁目」と石川さんは笑う。自由で大らかで、誰もが感情にストレートになれるような場所だ。
「隣を気にしないで喋る人もいれば、2組のカップルが意気投合して、1杯どうぞとやっているうちに4人で六本木に飲みに行くこともある。そのどちらもできるお店。
ここで知り合って、後日食事に行くという人も多い。面白いなと思います」
オープン前には計9人のスタッフでテーブルを囲み、パスタから肉料理に続くまかないを食べる。まるでイタリアの家庭のようだ。
取材時には巨大皿に盛られたシーフードパスタと、豚肩ロースのロトロ(肉巻き)がまかないとして登場。そうして力をつけて客をもてなすが、やりがいは分かりやすく目に入ってくる風景にある。
「何よりも僕たちが嬉しいのは、お客さんみんなが笑顔で喋っている時」
笑顔を作る秘訣を聞くと、「まずは自分たちが楽しく働く。そこが一番大事かな」と石川さん。
楽しさという味付けに長けたトラットリアが、青山一丁目の夜を今日も朗らかにしている。
1984年に渡伊して3年現地修業。2000年『トラットリア ダ トンマズィーノ』にて独立。2006年『トラットリア シチリアーナ・ドンチッチョ』を開業した。サッカー観戦好き。
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