「これ、昔の彼にもらったの」元カレからのプレゼントを、デートに身につけて行ったら…
モノが溢れているこの時代に、あえて“モノ”をプレゼントしなくてもいいんじゃない?と言う人もいるかもしれないけど…。
自分のために、あれこれ考えてくれた時間も含めて、やっぱり嬉しい。
プレゼントには、人と人の距離を縮める不思議な効果がある。
あなたは、大切な人に何をプレゼントしますか?
▶前回:女を海外旅行に誘ったら断られた37歳男。しかし、ある物をプレゼントしたら、彼女の気が変わり…
美那(30歳)「あの頃の私、背伸びしてた」
7年前の秋のことだった。
半年ほど前から付き合っている彼氏・建人に聞かれ、美那は少し考えこんだ。10月生まれの美那は、あと3週間ほどで23歳の誕生日を迎える。
美那の誕生日は、2人にとって初めてのイベントだ。
「何プレゼントすればいいかわからないから、欲しいものあればリクエストして。一緒に買いに行こう」
建人はそう言ってくれたが、美那は一瞬考えてからあっさりと答えた。
「ううん、特に欲しいものが思い浮かばないんだ。建人さん選んで」
本当はアーカーのネックレスとか、ミュウミュウのバッグとか、欲しいものはたくさんあった。しかし、喉まで出かかったところで、あえてそれを呑み込んだ。
― ブランドの何かをねだるなんて、子どもっぽいよね…。
子どもっぽく見えないように。
それは美那が、7歳年上の建人といる時にいつも気にしていることだった。
建人との出会いは、7ヶ月前の卒業旅行でのこと。
セントポール大聖堂近くのパブで飲んでいた美那と友人に、たまたま出張でロンドンに来ていた建人とその同僚が声をかけたのがきっかけだった。
「リスとの追いかけっこは終わりですか?」
どうやら、ついさっきまでセントポール大聖堂の庭で、建築物には目もくれずリスを追いかけていたのを見られていたらしい。
恥ずかしさに顔を赤くしながらも、美那は密かに建人に対して胸を高ならせた。
見た目がタイプだし、高身長。聞けば学歴まで高く、何もかもが理想的すぎる。アパレル系の商社に勤めており、ヨーロッパには仕事でしょっちゅう来るのだとか。
促されるままに連絡先を交換した。日本に帰ってからも度々食事に誘われ、付き合うようになるまで時間は要さなかった。
これまで同年代としか付き合ってこなかった美那にとって、7歳上の建人はとんでもなく大人に見えた。
学ぶことも多く、建人との付き合いは美那にとっては刺激に満ち溢れている。
けれど、そんな大人な彼が、なぜ自分のような平凡な年下の女子を選んでくれたのか、不思議で仕方がなかった。
建人のことを好きになればなるほど、彼に見合う女性になりたいと強く思った。
― ずっと、彼の隣を歩いていたい…。
そう思うあまりいつのまにか美那は、無意識のうちに背伸びするようになっていたのだ。
建人はいつだって優しくて、誠実で、不安を感じる理由は何もないのに。
そして迎えた、美那の誕生日の当日。
建人に指定された南青山のレストランに向かうと、店の前にはすでに建人が立っている。
「建人…!」
声をかけようとした美那だったが、慌てて声を抑える。
どうやら建人は、誰かと電話をしているようだった。
「そうだよな、わかってるんだけど」と受け答えをする彼の背中を、美那は静かに見ていた。ただ電話の邪魔をしたくなかったからだ。
ときおり屈託のない笑顔をのぞかせることから、建人が誰か気を許した相手と話しているのがわかった。
― 友達との雑談かな?
微笑ましく電話が終わるのを待っていた美那だったが、その直後。
建人が発したある言葉に、美那は激しく動揺した。
「いやいや。春香だから相談してんじゃん。春香以上に俺のことよく知ってるヤツなんていないし。なあ、今の環境のまま仕事続けてても意味あるかな?」
電話の相手が女性だということだけで、動揺したわけではない。
女友達に、仕事の辛さを打ち明け、転職の相談をしている。
その事実に、思いのほか打ちのめされていた。
― 私には仕事の相談なんてしないのに。一生懸命、対等な存在になれるように頑張ってるのに。
建人は美那には、仕事の小さな愚痴すらこぼしたこともない。
女性には分からないことも多いのかな、などと考えるようにしていたけれど…決してそうではなかったのだ。
思わず、その場を立ち去ろうかどうしようか考えていると、いきなり彼が振り返った。
「…美那。いつからいたの?」
そう優しく問いかけるのは、いつもの穏やかで大人な彼だった。
「う、うん。今来たばっかり」
美那は笑って答えたが、うまく笑えない。
建人とは、お互いの全てを受け入れ、理解しあっている関係ではなかったことに気づいた今、いつものように笑うことはできなかった。
◆
あれから7年の時が経つ。
夏の名残は消え、いつのまにか10月だ。朝晩に物静かな秋の気配を感じる。
「もうそろそろ、コレの出番よね」
美那はクローゼットの奥から、色鮮やかなストールを取り出した。ピンク、パープル、イエロー…。それぞれのカラーをベースに構成されたブラックウォッチのストールたち。
これらは全てイギリスのカシミアストールブランド、「ジョシュア エリス」のものだった。
一番お気に入りの一枚を肩に羽織り、鏡の前に立つ。
23歳の誕生日、建人からこのジョシュア エリスのストールをプレゼントされてから早くも7年が過ぎ、美那はあの時の彼と同じ歳になる。
結局、建人とは1年とちょっと付き合った後、別れてしまった。
だが、嫌な感じで別れたわけではない。美那が異動によって仕事が忙しくなったことや、彼は彼で転職し、生活のリズムが変わったことなど、小さなすれ違いが積み重なったのが理由だ。
最後はちゃんと話し合った。背伸びをして付き合っていたことを正直に伝えると、彼の方も、7歳も年下の彼女に格好悪いところは見せられない、と、実は気を張っていたことを打ち明けてくれた。
「もっと早く気づけばよかったね」
そう言って、お互いに笑って別れることができたのが幸い。だが、毎年秋になると思い出す、ほろ苦い思い出だ。
鏡から離れ、身支度を整える。仕事が休みの土曜日だから、カジュアルめ。
先日、ドゥーズィエム クラスで買ったばかりの薄手のニットに、ジョシュア エリスのストールを羽織り、美那は玄関に向かう。
出かける先は、六本木。今日は、今付き合っている彼、和希とショッピングに出かけるのだ。
◆
「欲しかったジャケットとゴルフウェアも買ったし…ところで、美那は?どっか見たいとこないの?」
六本木ヒルズのウエストウォークをぶらついた後、美那と和希はカフェに入った。
テーブルの足元に大きなショッパーを2つも置いた和希は、お目当てのものを手に入れてホクホクしている。
「別に特にないんだけど…あっ!あとで、いくつかセレクトショップを見てもいい?ジョシュア エリスが入荷されているかも」
「いいよ。それ、去年も買ってたね。オシャレだと思うけど、なんでそのストールなの?」
全くわからない、といった様子で和希は尋ねた。
「うん。実は、最初の1枚は…」
今朝ストールを出した時に思い出した“あの頃”のことが、うっかり口を突いて出てしまった。
「新卒のころに付き合っていた人から、プレゼントされたんだよね」
「えっ?元彼からもらったとか、俺に言う?ましてやデートにつけてくる?」
明らかに呆れた様子の和希を前にして、美那はあわてて取り繕った。
「1枚はプレゼントされたんだけど、あと3枚は自分でコツコツと買い集めたの。
毎年新しい柄が出るから、つい欲しくなっちゃって」
すると、和希が「今日のは?」と尋ねた。
「ごめーん。プレゼントされたやつ」
美那が悪びれずに言うのを見て、和希はおかしそうに笑った。
「そもそもストールをプレゼントしてくれた彼とはね、付き合っている期間ずっと、お互いに本音を言えず、遠慮ばっかりしてたんだ」
大人な建人とどう関係を紡げばいいか、あの頃はよくわかっていなかった。ひたすら不器用だったと、美那は振り返る。
「ふーん、疲れる付き合い方してたんだね」
「まあね」
7年前の誕生日の夜に、建人からストールをもらった瞬間も、そうだった。
内心「ストールかぁ…」と残念に思ってしまったものの、建人をがっかりさせたくなくて、大袈裟に喜んだふりをしたことを覚えている。
「リクエストを聞かれたの。でもなんだかおねだりできなくて。本当は別のものが欲しかったのにね。
でも、ちょっと大人になってみたら…このストールの良さが、しみじみわかるようになった」
見るからに上質で、起毛した生地は柔らく滑らか。巻いてみるとボリューム感も程よいのだ。
「結局、自分に自信がなかったんだよね、あの頃の私。彼に似合う女性になろうと、必死に頑張ってたの」
「まあ、今でもそういう猪突猛進的なところはあるけどな」
和希が笑う。
「あの時は実感なかったけど、今はなんとなくわかるの。
彼は私のことを、ただ好きなだけじゃなく、大切に思ってくれてたのかもなーって。
だってこんな素敵なストールをプレゼントしてくれたんだもの」
すると、1人センチメンタルに浸っている美那に向かって、和希がボソッと呟いた。
「大人げないかもしれないけど、今の言葉がなんか一番ムカついたわ…」
「えっ?なんで?」
美那が聞き返した。
「去年の誕生日は確か俺、ボッテガの財布をプレゼントしたよな。小さい財布が欲しいって言ってたから」
「もちろん、大事に使ってるし、今日もほら、持ってるじゃん」
美那がバッグを開けて見せた。
「でも俺がプレゼントしたボッテガは、“私のこと大切に思ってくれてたのかも、うふふ”みたいにはならないだろ?」
和希はその後も、ブツブツと何か恨み言を呟いている。
どうにも腑に落ちないようだが、美那は強く思った。あの時の恋があったから、今があるのだ。
過去の恋愛は、次に誰を好きになるかの目安を作るのかもしれない。
和希も建人と同じように歳上だが、建人とは違って、出会った時からなぜか肩の力を抜いて話すことができた。
顔は全然タイプじゃないし、落ち着いた大人の魅力もない。
けれど、和希と付き合い始めてからの1年半。
美那は、拍子抜けしてしまうほどに何の悩みもなく、ただただ和希と一緒に過ごす時間が楽しいのだ。
不貞腐れた和希の様子がおかしくて、美那は思わず呟く。
「たしかに、和希って大人げない。私より6歳も上なのにね」
「どうせ、大人げないですよ…」
気まずさとおかしさが込み上げきてたふたりは、同時に吹き出した。
こんな時間も、和希とだったらリラックスできるのだった。
「でも、じゃあさ。今年からは俺が毎年、ジョシュア エリスのストールをプレゼントするわ。来年も再来年もね」
「えっ?」
和希の言葉に、美那は思わずパッと顔をあげる。
「いくら上質とはいえ、7年前のストールをいまだに大事に使ってるって、いいことだしな。
これから毎年プレゼントするから、もうストールいらない!って美那が言うまで」
美那はみるみる笑顔になる。
「もしかして、ストールは誕生日プレゼントとは別枠とか?えー!嬉しすぎ」
「そうくるか…。まあ、別枠なのは今年だけな。とりあえず、ストール探しに行くか」
和希は言ったことに若干の後悔を感じているようだが、その様子が伝わってくるだけでも、美那はしみじみと幸福を感じた。
それは、本音で分かり合えている証だから。
背伸びをする必要がない証拠だから。
カフェを出た美那は、数歩先を歩く和希の腕に手を伸ばす。
ぴったりと歩幅を揃えながら、背伸びせずに誕生日を過ごせる幸せを想った。
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