毎週出会いを求めて、アプリ三昧のバツイチ男。待ち合わせで、衝撃を受けたワケ
平日の真ん中、ウェンズデー。
月曜ほど憂鬱でもないし、金曜ほど晴れやかでもないけれど、火曜とも木曜とも違う日。
ちょっとだけ特別な水曜日に、自分だけの特別な時間を持つ。
それが、アッパー層がひしめく街、東京で生き抜くコツだ。
貴方には、特別な自分だけの“水曜日のルーティン”はありますか?
▶前回:「妊活中の妻と顔を合わせたくない…」34歳夫が会社を出たあと、家に帰らずに向かった先
<水曜日の出会い>
洞木大介(34):広告代理店営業
「悪いけど、今日だけは本当に無理。また今度行こうぜ」
「ちぇっ、お前水曜日はいつもそうだよな。またな」
俺が引いた途端、すぐにデスクで帰り支度を整え飛び出していく勇輝を見て、俺は小さくため息を漏らした。
― 別に、遅くまで付き合わせるつもりなんてないよ。ほんの一杯だけ付き合ってもらいたかっただけなのに、嬉しそうに帰りやがって…。
けれど、それも仕方ない。
類を見ないほどの愛妻家の勇輝のことだ。週に1度のノー残業デーの日くらい、一刻も早く家に帰って奥さんの顔を見たいのだろう。
2年程前に離婚した俺からしてみれば、ただただ微笑ましい限りだ。
人もまばらになり始めたオフィスで、俺もダラダラと身支度を整えながらポツリと呟く。
「まあいいや。俺だって最近、水曜日は忙しいんだからさ」
そう言いながら俺はポケットからスマホを取り出し、煌々と光る画面をじっと見つめた。
「よし、今日こそ…」
オフィスのある二子玉川から目的の神楽坂までは、電車で45分もかかってしまった。
店の予約時間は20時。待ち合わせは、19時55分に神楽坂駅1a出口だ。
意外にも、時間はあと30分弱しか残っていない。
― あぶないあぶない。うっかり勇輝と一杯飲んでたら、遅刻してるところだったな。
そんなことを思いながら、わずかな時間を潰すためにとりあえず駅前のコーヒーチェーンに入り、もう一度スマホを確認する。
画面の中で立ち上がっているアプリ。
それはこの半年ほど真剣に取り組んでいる、マッチングアプリだ。
ここ半年、毎週水曜日は「出会いの水曜日」にすることを決めている。
残業がなくて時間があること。それから、ある事情で水曜日は1人でいることに耐えられないこと。
さらに、離婚してからあっというまにもう2年。
女々しく枕を濡らす夜が続いていたが、そろそろ前を向かなくちゃいけないな、とふと思ったこと。
色々理由はあるけれど、勇輝の愛妻家ぶりを見ていて羨ましくなったことも一因かもしれない。
とにかく、いろんな事情があった上で重い腰を上げ、可能な限り毎週新しい出会いを作ることを自分に課しているのだ。
食事会でもいい。紹介でもいい。異業種交流会のような、恋愛を目的としない出会いでも構わない。
手当たり次第に新しい出会いを求め、色々なところに顔を出すようにしていた。
けれど、ここ半年はもっぱらマッチングアプリが主流だ。
せっかく出会っても付き合いに発展しない場合、食事会や紹介だと紹介者に失礼になってしまうこともある。
その点、アプリで出会える何のしがらみもない女の子たちとの出会いは気軽だ。
相手の女性にピンと来なかったときには、ただただ連絡を断つだけでいい。
― でも、ピンと来ないことを前提にアプリにのめり込むのって、かなり虚しい行為だよな…。
そう自嘲しながら場所代として買ったコーヒーを一口飲むと、手持ち無沙汰なあまり、すでに何度も見返した相手の女性のプロフィールをもう一度読み直す。
「えーと、今日のお相手は…と」
ミサちゃん、32歳。
それが、今日の水曜日のお相手だ。
飯田橋のアートメイククリニックに勤める美容ナースで、趣味は車…となっている。
『車が好き!特に、ランボルギーニが好きです♡
助手席に乗せてくれる人、ドライブに連れて行ってくれたら嬉しいです♡』
はっきり言って、俺は車のことなんて全くわからない。
興味も全然ないけれど、ミサちゃんとマッチングした手前どうしても話題を盛り上がらせたくて、「俺もランボルギーニ好きだよ」と言ってしまったのだ。
だからミサちゃんと会う前に、実際にランボ乗りらしい勇輝に色々教えてほしかったのだけれど、キッパリ断られてしまった。
気がつけば、時刻は19時50分。今夜はどうにか、自力で乗り切るしかなさそうだ。
ほとんど口をつけなかったコーヒーを返却口へと戻すと、俺はダラダラとした足取りで神楽坂駅の方へと足を進める。
けれど、待ち合わせ場所で俺を待ち受けていたのは、全身が石みたいに硬直するような衝撃だった。
『今待ち合わせ場所につきました!髪はミディアムくらいで、黒いワンピースを着てます』
アプリを通じてそんなメッセージを受け取り、神楽坂駅の前で視線を上げた俺は、思わず息を呑んだ。
― 美咲…!?ミサって、美咲だったのか!?
後ろ向きで、顔はわからない。けれど、今目の前にいる黒いワンピースに身を包んだミディアムヘアの女性の後ろ姿は…。
3年前に辛い別れをした相手、美咲にそっくりだ。
― まさか美咲も、アプリで俺のことを探して…!?
と、混乱した頭でそこまで考えた時。不意にトントンと肩を叩かれ、俺は振り返った。
「あの、ダイさん…ですよね?」
そこには、同じく黒いワンピースの女性がニコッと微笑みを浮かべて立っている。
「あ、ああ…。ミサちゃん?うわー可愛いね、今日はよろしく!」
当惑しながら視線を戻してみると、先ほど美咲と見間違えた女性がこちらを向いている。その顔は、美咲には似ても似つかない。
― また、か。
たまにあるのだ。落ち合う女性を、美咲と見間違えてしまう。どんな女性の中にも、美咲に似ている部分を探してしまう。
俺は、内心落胆していることを悟られないようにそつなく微笑むと、ミサちゃんに向かって手を差し出す。
「じゃ、行こうか」
差し出した指先が、美咲を思い出したことで、また3年前のあの日のように冷たく冷え切っていた。
「パンが好き♡」というミサちゃんのために、せっかくパンの美味しいビストロ『ドゥ・フイユ』にやってきたのに、ミサちゃんはほとんどパンに手をつけない。
ウサギみたいにほんの少しの野菜をかじっては「おいひい〜♡」と小刻みに顔を揺らすだけだった。
「野菜ばっかり食べて、やっぱ美容ナースだから意識高いんだね。ミサちゃん細くて可愛いもんな〜!」
「ええ〜、そんなことないですよぉ。ダイさんこそめちゃくちゃカッコいいじゃないですかぁ。ミサの他にもたくさんデートしてるんですかぁ?」
「そんなことないって。全然モテないし、ミサちゃんみたいなめっちゃ可愛い子初めて見たって!」
大はしゃぎしたふりをしながら、お世辞ともつかない言葉を吐きながら、心の中ではまた、美咲のことを考える。
― 美咲だったらこのアルファバゲット、もっと「美味しい美味しい」って言いながらおかわりまでしただろうな。
結局ランボルギーニの話もしないままに『ドゥ・フイユ』を出ると、ミサちゃんとは二次会もなく解散となった。
俺の乗り気でない態度は、ミサちゃんにもしっかり透けて見えてしまったのだろう。少し物足りなさそうではあったものの、ミサちゃんには食い下がられることもなかった。
ミサちゃんをあしらったくせにそのまま帰る気にもなれなかった俺は、なんとなく、外堀沿いを市ヶ谷方面へと向かって歩き出す。
「ま、今日も当然上手くいくワケないよな…」
口に出してみると、自分でも笑ってしまうくらいとんでもなく情けない声だった。
だけど俺は、懲りずにもう一度スマホでマッチングアプリを開くと、また来週の水曜日の相手を探し始めるのだった。
アプリには、「LIKE」がたくさん来ている。
前の会社でも今の会社でも、時折「顔採用」なんて揶揄されることがあるためか、マッチには事欠かない。
加えて、いくつかの不動産を所有していて会社員としての給与のほかにも不労所得で年間1,000万程度の収入があることも、女性の目を引くのだろう。
こうして「出会いの水曜日」を自分に課してみて、相手に困ることはほとんどなかった。
だけど、俺は空っぽだ。
美咲と別れた日から。
美咲を傷つけた日から。
…美咲を愛した日から、俺はずっと空っぽなのだった。
美咲は今、どこで何をしているのだろうか。
彼女を忘れるために、こうして出会いを求めているけれど…本当は、俺自身も気づいている。
ただの恋愛相手を探しているんじゃない。俺の前から姿を消した、美咲だけを探しているんだということに。
でもそれは、叶わないから。許されないから。
俺は美咲を忘れるために、新しい恋を求めて水曜日に恋を探す。
来週も、再来週も、来月も、来年も──。
このルーティンにきっと終わりは来ないことを、わかっていながら。
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大介がかつて愛した女性・美咲。大介の前から姿を消した彼女の水曜日は