◆これまでのあらすじ

同僚の外コン男子・雄一の、浮気のアリバイ工作に協力したモモ。雄一はモモのおかげで難を逃れた一方で、女遊びを続けていた。これまでは雄一の武勇伝を笑って聞いていたモモだったが、女性への嘘に加担してしまったことで複雑な気持ちが芽生える。そんなとき、上司の真島から食事の誘いのチャットがきて…。

▶前回:同期の男子と一夜を過ごした翌日。彼とガールフレンドとのLINEグループに招待されて…




『明日の夜、何してる?』

勤務中に上司の真島から来たチャットは、夕食の誘いだった。

完全予約制の鮨店でクライアントとの会食を予定していたが流れてしまい、予約枠がもったいないので一緒にどうか、ということだ。

誰か信頼できる人と話をしたい気分だった私は、真島に空いている旨を返信し、翌日終業後にオフィスの駐車場で待ち合わせた。

「モモちゃん!おつかれさま。車停めてるから、いこう」

「真島さん、今日車で出社したんですか?」

「うん。新しい車買ったから、モモちゃんに見せびらかそうと思って」

「え!ポルシェのケイマンじゃないですか!めちゃくちゃ可愛い…!」

外コンの役員は、都心5区に住んでいながら車を所有する人が多い。

仲の良い役員同士でゴルフに行くと、ラウンド後の駐車場は愛車のお披露目大会となり、無邪気に自分の車を自慢したり各々の車を褒め合ったりしている。

恋人や家族のように愛車を大切にしている彼らは、見ていて気持ちが良かった。

「そう。家族で乗るセダンとゴルフ用のSUVを持ってるけど、街乗り用に好きな車が欲しかったんだ。大切に乗っていくつもり」

― そう。この業界で出世する人って、ちゃんと人やものを大切にしている人なんだよね…。

私はつい、何台もの車を乗りこなす真島と、何人もの女性を相手にしている雄一を頭の中で重ねてしまった。

ふたりとも、目の前のことに真っすぐ向き合あえる、魅力ある男性だと思う。

ただ当たり前だが、車と女性は違う。

「真島さんのそういうところ、いいですよね」

嬉しそうにケイマンのドアを開けながら、車に情熱を注ぐ真島に安心感を覚えつつ、私はそっと助手席に座った。


広尾の『すし 良月』に到着した私たちは、カウンターに通された。

着席すると、大将が本日の食材を見せてくれる。大将の話に耳を傾けていると、L字型になったカウンターの斜め奥に、見覚えのある男性が見えた。

― あれ、落合さん…?

落合は、私と真島の所属する事業部の長だ。

上位役職者にもかかわらずオープンで陽気なキャラクターは、社員から慕われている。

― 挨拶した方がいいのかな。

普段だったら迷わず声をかけるが、落合は若い女性と二人連れで、声をかけて良い状況なのか判断がつかない。

私は逡巡したのちに、我慢できなくなって真島に確認をした。

「真島さん。あれって…」




外資コンサルタントの美女:奈々美(30)


「あ、落合さんと奈々美ちゃんだ」

私は落合の不倫現場を目撃してしまったのかと思ったが、真島は隣にいる女性を知っているようだ。

「モモちゃんは、奈々美ちゃんに会うの初めて?彼女、ほとんど役員部屋にいるからレアキャラかもね」

「うちの会社の方ですか?」

「そう。社歴はモモちゃんと同じくらいじゃないかな。あとで紹介するよ」

真島は、落合たちが食事を終えて落ち着いた頃に挨拶をしようと考えたようだ。

しかし、奈々美の方が先に気がつき、パッと明るい表情になってこちらに手を振ってきた。

「真島さん、偶然〜!今、仕事終わりですか?」

「奈々美ちゃん、落合さん。おつかれさまです。我々はドライブして来ましたよ」

「え、デート?いいなぁ」

「オフィスからここまでね。助手席に座ってくれたのはこちら、同じチームの藤崎モモさん」

「藤崎さん!はじめまして、よろしくね」

落合と2人で話していた奈々美は、しっとりと艶っぽく成熟した女性のように見えた。が、私たちに向けられた笑顔は、咲いたばかりの花のように瑞々しく爽やかだ。

「奈々美さん、よろしくお願いします。落合さんも、おつかれさまです」

「藤崎さん〜!真島の面倒見てくれてありがとね」

落合も、いつも通りの人懐こい微笑みとよく通る声で挨拶を返してくれる。

和やかに挨拶を交わすことができてホッとした一方で、私はなんとなく居心地の悪さを感じていた。

しかし、落合と奈々美は長居をすることはなく、食事を終えるとさっと身支度を済ませ、「ではまた会社で」と鮨店を去った。




「落合さんと奈々美ちゃん、夜にふたりでご飯に行ったりしてるんだな」

私たちに気づく前の落合と奈々美の様子を見て、真島は何か思うところがあったようだ。それとなく言葉を濁している。

「本当に、仲が良いんでしょうね。そんな私たちも同じ状況ですし」

「お、そうか。そう考えるとあり得る光景だな。健全健全」

知り合いのいなくなった鮨店で、私たちは心ゆくまで美味しい鮨を堪能した。


翌日、定時を過ぎた19時。私は社内会議のために、クライアント先での仕事を終えてからオフィスに出社した。

予約していた小会議室に着くと、何やら中から声がする。

― あれ。もう予約の開始時間は過ぎてるはずだけど…。

手元のスマホで予約の間違いがないことを確認し、軽くノックをして小さくドアを開ける。

すると、ドアの隙間から落合と奈々美が見えた。

― え、これってどういう状況?

なんと、奈々美が落合の膝の上に座っている。ふざけ合っているのか、落合も満更でもなさそうだ。

よくみると彼らはふたりきりではなく、もうひとりの役員と3人で盛り上がっているのだった。

そんな状況ではあるが、壁のスクリーンには年度計画の資料が投影され、奈々美は手にペンを持ちホワイトボードにメモをとっている。…落合の膝の上に腰掛けながら。

― いちおう、会議中…なのかな。

「この会社、上に行けば行くほどモンスターの巣窟だからな」

背後から声をかけられて振り返ると、雄一が立っていた。

「雄一!びっくりした。ねぇ、どうしよう。中に入ってもいいかな」

「この時間の会議室なんていくらでも空いてるから、別の場所に移動してもいいと思う。けど、おもしろいから入ってみよう」




「失礼しまーす…」

意を決して会議室に入ると、3人はこちらを向いてぴたりと動きを止めた。

一瞬の静寂ののちに、奈々美がゆっくりと立ち上がり、デスクの上にあるノートパソコンに手を伸ばしながら自然に落合から離れた。

「藤崎さんー!昨日はどうも。ごめんね、この会議室、予約してた?すぐに出ます」

昨夜と同じ、花のような奈々美の笑顔。

「ほら、行きましょう。片付けて。はい、出ますよー」

奈々美はテキパキと荷物をまとめ、まるで猛獣使いのように役員たちを巧みに促しながら会議室から出て行った。

「奈々美さん、すげぇな」

「雄一、奈々美さんのこと知ってるの?」

「もちろん。奈々美さん、有名人だよ」

あまり自社オフィスに来ない私は知らなかったが、落合と奈々美の仲の良さは周知の事実だという。

「なんで有名なの?」

「あれだけ美人でスピード出世したから、みんな知ってるよ。可愛くて賢いから上層部には気に入られているし、部下からも慕われているみたい」

「そうなんだ。たしかに、素敵だよね。妙な色気もあるし」




これまでは意識していなかったが、一度奈々美の存在を認識すると、あちこちで奈々美の評判を耳にするようになった。

年齢は私の1つ上の30歳。契約社員として5年前に入社したが、正規雇用に切り替わってからは異例のスピード出世を遂げ、役職は私や雄一より2つも上だ。

その評判は、美しい、仕事ができる、気さく、といったポジティブなものばかりで、男女問わず人望も厚いようだ。

落合との仲の良さは公認なのか、おかしな噂を立てる者はいなかった。

― 落合さんと奈々美さん、私にはかなり親密に見えたけど…。周囲の評判はクリーンだし、奈々美さんは出世という結果も出している。

私も、今年で30歳になる。

いつまでも若さや熱意だけで仕事をもらえるわけではないし、先日の羽賀の件で、女性性を武器にするのは軽率だと反省した。

― この業界で生き抜くには、立場のある人から気に入られることが大事。奈々美さんは女性としてどうやって、この男社会を爽やかに生き抜いているんだろう。

そんなことを考えていたある日の午後、私は奈々美からのチャットを受け取った。

『藤崎さん、おつかれさまです』

▶前回:同期の男子と一夜を過ごした翌日。彼とガールフレンドとのLINEグループに招待されて…

▶1話目はこちら:華やかな交友関係を持つ外コン女子が、特定の彼を作らない理由

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チャットで突然の呼び出し。奈々美からの話とは…