「彼氏の家にコテがある…」浮気を疑ってLINEをすると、同じ会社の女が…
◆これまでのあらすじ
外コン同期で仲の良い雄一とモモは、定期的に落ち合っては互いの近況を報告しあっている。いつものように食事をして2軒目を出ると、雄一から自宅で飲もうと誘いが。ふたりは神泉にある雄一のマンションへ向かうことになった。
▶前回:「この後、うちで飲まない?」なんでも話せる同期の男子に誘われた夜。1人で部屋に行くのは初めてで…
「おじゃましまーす…」
部屋へ足を踏み入れると、すっきりと片付いた居心地の良さそうな空間が広がっている。
「雄一の部屋、いつ来てもキレイだよね。さすが、モテる男…」
「私物とか置いて行こうとする女の子はいないの?」
「みんな、置いて行こうとするよ。所定の場所にしまっておいて、その子が来るときに元通りに出してる」
「マメだねぇ。本当、尊敬するわ」
「これくらい、最低限のマナーだよ」
まるで一夫多妻制…の言葉が頭をよぎったところで、私は雄一に相談したかったことを思い出した。
「そうそう。実は最近出会った人で、子どもは欲しいけれど結婚はしたくないって人がいて…」
「モモ、その人といい感じなの?」
「な、なんで?」
「いつも男の話をする時は一歩引いて斜に構えてるのに、この話は自分ごとっぽいから」
それから私は、健太郎との出会いや、彼の結婚に対するスタンスについて理解できないわけではないこと、羽賀と飲んでいる時に助けられたことを雄一に話した。
「その人、モモのこと気に入ってると思うよ。でないと、わざわざそんな話しない。腹の内を明かさずに、エリートをちらつかせて女を落とす方が簡単だもん」
「確かに…。それに、わからなくもないんだよね。結婚制度から自由でいたいっていう気持ち」
「俺らからすると、結婚にメリットないもんな」
「そう。永遠の愛なんて意味のない誓いを立てたくないよ…」
私の脳裏に、元婚約者と過ごした日々がよぎった。
「それに、結婚という強制力なしに、それでも一緒にいるなら…本当に一緒にいたいってことでしょ。それこそ本物の愛じゃない」
「一理あるね。それって、俺らの関係にも似てない?」
「え?」
「もう、6年以上一緒にいるでしょ。これもまた、愛かなって」
そう言って、雄一は部屋のライトを消した──。
翌朝、部屋に入る日の光の眩しさで私は目を覚ました。
― 気持ちいい、真っ白なシーツにふかふかのベッド…
寝起きで頭が回らず、ぼんやりと幸福感に包まれていると、雄一がバスタオルを持って部屋に入ってきた。
「モモ、おはよう」
「おはよう…そっか、雄一の家か」
「一緒に寝ちゃったね」
「寝ちゃったねぇ」
昨夜の記憶はある。
日頃の疲れが出たのだろう。眠気の限界を迎えた雄一が、会話を強引に締めくくり、照明を落としてベッドに潜り込んだのだ。
一瞬どうすればいいか戸惑ったけれど、寝落ち寸前の雄一に手招きをされて、彼のいるベッドに入った。
さすがは6年超えの友愛。妙な気配は一切なく、むしろ雄一に対する信頼感に包まれて、私は安心して眠りについたのだった。
「シャワーを浴びておいで。さっぱりしたら、朝食にしよう」
◆
シャワーを借りてリビングに行くと、落としたてのコーヒーと、フルーツたっぷりの可愛らしい朝食がテーブルの上に並んでいた。
「美味しい…やばい、幸せだ…」
温かいコーヒーを啜りながら、朝食の美味しさと、雄一の用意してくれる空間の心地よさを噛み締める。
雄一はそんな私の様子を、嬉しそうに眺めている。
― これは雄一、モテるわけだ…。
「美味しい朝食まで、ありがとう。雄一のことがクセになる女の子の気持ちがわかったよ」
長居をして雄一の休日を邪魔をしたくなかった私は、朝食を食べ終えるとすぐに準備をして家路についた。
中目黒まで散歩しながら帰ろうと思いつつも、もう少しだけのんびりしたくなって、まずはセルリアンタワーの裏手にある『WHITE GLASS COFFEE』に入る。
緑に囲まれたテラスに着席し、美しいラテアートを鑑賞していると、雄一から電話がかかってきた。
「雄一、さっきはありがとう。どうしたの?」
「それがさ…まずいことになった。モモ、ひとつ協力してほしいんだ」
話を聞くと、ガールフレンドのひとりである美樹に浮気の疑惑を持たれ、揉めているとのこと。
「昨夜、モモと一緒にいたから携帯見てなかったんだけど、美樹から何通かLINEが来てて。返事をせずにいたら、さっき電話がかかってきて…」
美樹いわく、雄一の家に前回遊びに来た時に、身に覚えのないコテがあるのを見たらしい。
気にはなったものの、疑いをかけて雰囲気を悪くしたくない。
そう考えた美樹はその場で雄一を問い詰めなかったが、LINEの返事がなかったことで不安が爆発したようだ。
雄一は今、美樹から「納得のいく説明をしてほしい」と、問い詰められているという。
「悪いけど、お願い!これから俺が言う通りに、話を合わせてくれる?」
― そもそも付き合ってないなら、浮気でもないのに。…それでも弁解したいってことは、雄一にとって美樹は少なからず大切な存在なのかも。
「わかった」
作戦を聞いた後ほどなくして私は、雄一と美樹とのLINEグループに招待された。
『雄一:モモ、ありがとう!美樹、さっき話した同僚のモモ』
『モモ:初めまして。雄一の新卒同期のモモです』
美樹からのリプライはない。そして、雄一から例のコテの写真が送られてくる。
『雄一:これ、モモの?先週同期のみんなでうちに泊まったじゃん。その時かなって』
『モモ:うん、私のだよ。ごめん、忘れてた』
『雄一:ちなみに、泊まった時は男もいたよね』
『モモ:うん。あの日のメンバーは男性が多くて、男子会に私が混ぜてもらった感じ。
美樹さん、私の忘れ物のせいでご心配おかけしました。安心してください』
『美樹:わかりました』
『雄一:モモ、ありがとう!忘れ物、会社で渡すわ』
会話はこれで終わった。
この稚拙なアリバイ工作が功を奏したのかはわからないが、美樹はこのやりとりのあと、何も言ってこなくなったらしい。
― 美樹さん、納得したのかな。
私の証言に納得したと言うよりも、雄一が美樹の信頼を取り戻すためにここまでした…という事実を認めた。
私は、美樹がそんなふうに考えたような気がした。
腹を括ったのかもしれない。
他に女がいることに気づいていてなお、雄一の隣にいる決心をしたのかもしれない。
― 思いの外、肝の座った女性なんじゃ…?
だとしたら、感服だ。
私は、浮気した元婚約者を許せなかった。
正確には、彼の隣に居続ける自信───彼をもう一度信頼しようという勇気を、一切失ってしまった。
彼ではなく、自分自身の問題である。
― 気が多い男性のパートナーには、こういう女性が相応しいのかもしれない。
◆
月末の事務処理のため久しぶりに午前からオフィスに出社すると、ラウンジで雄一に声をかけられた。
「モモ!出社してたんだ。時間あったら、先日のお礼も兼ねて、この後ランチ一緒にどう?」
「いいね。『BRIANZA TOKYO』は?丸の内のオフィス街を眺めながら気分転換しよ!」
「美樹さん…あれから、大丈夫だった?」
「その節はマジで助かったよ。ありがとう。モモのおかげで、美樹とは続いてる」
「そっか」
― 美樹さんは、もしかすると雄一の本命候補になったのかな。
そう思った矢先、雄一が発したのは意外な言葉だった。
「疑惑が晴れたら心が軽くなったのか、ここ数日で新たな出会いがあってさ。受付の女の子と、看護師の子。あと近所のお花屋さん」
「そう…なの?モテ期じゃん」
いつもの調子で相槌を打ちながらも、私は喉の奥がざらつくような心持ちになった。
「新しく出会った人のことを知っていくのは、楽しいね」
「わかる!このフェーズが一番楽しいよねぇ」
雄一とは、心が通じ合い、あけすけに話しても笑い合える仲のはずだ。
しかしこの時に限っては、私の口から出る言葉と気持ちは一致しなかった。
― あの一件で、美樹さんとの関係が深まったんじゃなかったの?
雄一は、どういうつもりで美樹との関係を継続しているんだろう。
私は何のために、嘘をついてまで雄一と美樹との関係を取り持ったんだろう。
美樹は、雄一のことを信じて一緒にいるのだろうか…。
「な!俺、今楽しいわ。コンサルっていいよな。仕事が忙しいって言えば、多少連絡の頻度が落ちても、『えらいね』ってみんな納得してくれる」
「ん…よけいな心配かけたくないしね」
◆
雄一の新しいガールフレンドの話に大袈裟に相槌を打ちながらランチを済ませ、私たちはオフィスへと戻った。
ラウンジのマシンから抽出されるコーヒーを眺めながら、やはり「外コン男とは結婚したくない」と思う。
「彼が浮気をしても、私が一番なら別にいい」と言える、強い女性はいる。
私は、無理だ。
こんなざらざらした気持ちで、パートナーのそばに居続けることは。
貴重な人生を、心をすり減らす相手と共に歩むことは…できない。
― でも…。
雄一が、女の子ひとりひとりを大切にし、笑顔にしていることは事実。
雄一とふたりきりで過ごす時間。それは、まぎれもなく幸せな時間なのだろう。
笑顔でいられる、可愛くいられる、ときめく世界を見せてくれる…。モテる男と過ごす時間には、きっと大きな価値がある。
その一方で、嘘や裏切りに対してどう折り合いをつけるべきか…。
私は頭を切り替えようと、深呼吸をしてノートパソコンを開いた。
その瞬間、チャットが飛んでくる。
『明日の夜、何してる?』
それは私の上司、真島からの連絡だった。
▶前回:「この後、うちで飲まない?」なんでも話せる同期の男子に誘われた夜。1人で部屋に行くのは初めてで…
▶1話目はこちら:華やかな交友関係を持つ外コン女子が、特定の彼を作らない理由
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仲良しの上司に誘われて、夜の港区へ。モモは意外な人物に遭遇する。