◆これまでのあらすじ

再婚活を決意した沙耶香(34)。やっと現れた素敵な彼には振られ、落ち込んでいたタイミングで元夫が現れるが、元さやには至らず…。

▶前回:2年半ぶりに再会した元夫とキス!?でも次の瞬間、元妻が幻滅したワケ




ある人との再会


「美桜、お水は?」
「いらなーい」

9月末の土曜日の午後。沙耶香は美桜を連れて、目黒区にある中根公園へ来ていた。

― 昼間の暑さもやわらいで、やっと外で遊ぶのがちょうどいい季節になったわ。

心地のよい風を感じながら、ベンチに座って美桜を見ていると、ある男の子と一緒に遊び始めた。

子どもはすぐに友達ができて、羨ましい。

のん気にそんなことを思っていると、誤って男の子の足が、美桜の背中に当たってしまった。

「大丈夫…?」

沙耶香が駆け寄ろうとした横を、すごい速さで男性が駆けていく。その彼は美桜に近づくと、「大丈夫?」と無事を確認した。

そして、男の子に「気をつけて。ちゃんとごめんなさい、しようね」と彼は優しく言った。

沙耶香が遅れて美桜に駆け寄ると、男性が声をかけてきた。

「あ、お母さんですか?すみません、この子が誤って足で彼女の背中を蹴ってしまったみたいで…」

男性はそう話しながら沙耶香の顔を見て、「あれ?」と驚いた顔をする。

沙耶香も彼を見て、「ウソ…」と目を見開いた。

「え、沙耶香?わー、久しぶりだな」
「わー、陽平?びっくりした。え、いつぶりだろう?」

陽平とは大宮にある高校の同級生だった。

1、2年と一緒のクラスで、グループでとても親しくしていた。

だが、3年生になりクラスが離れ、受験に集中するようになり、大学に入ってからは特に連絡を取り合うこともなかった。

お互いに東京に出ていたことなど知らず、偶然の再会が沙耶香には純粋に嬉しかった。

「それより美桜、大丈夫?」
「うん、へーき」

美桜は元気に答えると、その男の子とまたすぐに遊び始めた。


「陽平のお子さん?名前は?」
「ううん、兄の子。名前は浩太で6歳。今日は忙しい兄夫婦のために、暇な独身の俺が借り出されたんだ」

「そうなんだ。うちの子は6歳で美桜っていうの」

「沙耶香はお母さんか。子どもがいるってどんな感じ?」

「楽しいよ。大変なこともあるけど、それ以上に楽しみが倍以上になったかな」

沙耶香の答えに陽平は「へえ」とだけいうと、子どもたちのところに駆けて行き、一緒になって遊び始めた。

沙耶香の知っている飄々とした陽平ではなく、無邪気に遊ぶ姿が、なんだか印象的だった。




陽平は昔からとてもフラットな性格だった。相手が男性だろうが女性だろうが、先生だろうが、彼の態度は全く変わらない。

常に精神が安定していて、特に怒ることもなければ、すごく熱することもない。

物事をどこか客観視していて、人に興味がないように見えるし、自分のことすらも興味がないように見える。

つかみどころのない性格のせいか、一部の女子たちからはとてもモテた。

告白してきた女子と付き合っても、最後はいつも陽平が振られていた。「本当は、私のこと好きじゃないでしょ?」と、女子が離れていくパターンだ。

そんな陽平を、沙耶香は宇宙人のように謎の生き物だと思っていた。



陽平たちと別れ、沙耶香が家に着くと、由梨からLINEが届いた。

『Yuri:明日の夕方、和樹を預かってもらえないかな?』

前回由梨と会った時に、沙耶香が彼女の新しい恋を注意してしまったせいか、あれから1ヶ月以上連絡をとっていなかった。

由梨の気になる相手が、いまだに奥さんと籍を抜いていないと聞いて、どうしても応援できなかったのだ。

― もしかして、まだあの彼と続いているの…?

あの時は“まだ付き合ってはいない”と答えていた。

でも、由梨の性格からして、はまったが最後。どんどんのめり込んでいってしまうのは想像に容易い。

沙耶香は、あれこれ妄想しながらも、とりあえず和樹を預かることを承諾した。




次の日。

「ごめんね、ありがとう。うちの親が旅行に行ってるから、助かったよ」
「全然、和樹くんならいつでも大歓迎だよ。美桜も喜ぶし」

由梨は、いつも以上におしゃれをしている。

いつもははかないシフォンのロングスカートにヒール、そしてわずかな香水の香り。

「由梨、もしかして既婚者の彼と続いてるの?」

「うん…」

由梨は、嬉しさと後ろめたさで揺れ動いているように見えた。

「あのさ…」と沙耶香は言葉を選びながら切り出した。

「友達として、今の由梨の恋を手放しで応援はできない。でも、友情は変わらないから」

「…わかった」

自分でも重々承知しているのだろう、由梨は、拗ねた子どものような顔をした。

その時、美桜と遊んでいた和樹が「ママー」と由梨の足元に駆け寄り、抱きついた。

「ママ、大好きだよ。早く帰ってきてね」

いつもならあっさりと別れる和樹が、そんな行動をとったことに、沙耶香も由梨も驚く。

子どもながらに、何かを感じ取ったのかもしれない。

「うん…、なるべく早く帰るからね」

後ろ髪を引かれるように、由梨は沙耶香の家を出て行った。


その後、和樹と美桜の2人を連れて、沙耶香は昨日と同じ公園に出かけた。そこで、偶然また陽平と彼の甥っ子に遭遇する。

「あれ、今日も会ったね」
「一緒に遊ぼう」

美桜は嬉しそうに駆け寄り、自然とみんなで遊び始めた。

「ようへー、鬼やってよー」
「仕方ないなー、じゃあ10数えるから」

陽平は、とても楽しそうに子どもたちに溶け込み、遊んでいる。




一通り遊んだ後、「子どもの体力には勝てないわ」と沙耶香の隣に戻ってきた。

「陽平が子ども好きだったなんて、知らなかった。他人に興味ないと思ってたから」

「何それ。子どもは好きだよ、純粋でわかりやすくて。俺は別に他人に興味がないんじゃなくて、他人を尊重してるだけ。

だから、人に俺の感情を押し付けないだけなんだけどな」

「へぇー、そんなふうに考えてたんだ。高校生の頃は、そんな深い話をしなかったしね」

陽平の考えは、沙耶香にとっては新鮮だった。

つかみどころのなかった陽平が、少しだけ近い存在に感じる。

しばらく子どもたちを遊ばせて、陽平たちが先に帰ったところで、由梨が公園に和樹を迎えに来た。

「和樹、ただいまー」

由梨は和樹に駆け寄り、その場でしゃがんでぎゅーっと抱きしめる。

綺麗な靴のヒールは砂をまとい、スカートは地面を引きずって茶色く汚れている。

それでもそんなことを気にせず、由梨は和樹を抱きしめた。

そして、和樹と手をつなぎながら沙耶香のところに来ると、耳元で囁いた。

「私…キッパリ彼と別れてきた」
「え…?」

何を言っても引き留められなかった由梨だったが、結局自分の子どもには勝てなかったという。

「出かける前の和樹の顔を見たら、自分は何をしているんだろうって、我に返ったの。

沙耶香も一生懸命引き留めようとしてくれて、ありがとう。友情は変わらないって言ってくれて、嬉しかった」

すっきりとした表情を見せる由梨が、とても強く美しく見える。

「実はさ。前に私も、元夫とね…」

沙耶香は先日、自分も元夫になびきそうになった話をする。

母親だって、1人の女性。間違えそうになることはある。それでも自分よりも大切な存在がいるからこそ、強く立ち止まることができるのだ、と沙耶香は思う。




由梨と別れた帰り道、東京に住む高校時代の同級生・春子から沙耶香にメッセージが届いた。

『久しぶりに、同級生で集まらない?東京で』
『いいね、土日だったら行けるかも』

返信をしながら、沙耶香は「陽平も来るのかな?」なんて無意識に考えていた。

▶前回:2年半ぶりに再会した元夫とキス!?でも次の瞬間、元妻が幻滅したワケ

▶1話目はこちら:ママが再婚するなら早いうち!子どもが大きくなってからでは遅いワケ

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陽平のことが気になり始めた沙耶香。同窓会でも会うことになり…。