30歳男が本命女に贈るプレゼント。アクセサリーやバッグではなく意外なもので…
モノが溢れているこの時代に、あえて“モノ”をプレゼントしなくてもいいんじゃない?と言う人もいるかもしれないけど…。
自分のために、あれこれ考えてくれた時間も含めて、やっぱり嬉しい。
プレゼントには、人と人の距離を縮める不思議な効果がある。
あなたは、大切な人に何をプレゼントしますか?
浩輔(30)「離ればなれになる前に…」
7月中旬の20時。
仕事終わりの僕は、じっとり暑い夜から逃げ込むように桜新町のマンションに帰ってきた。
僕はキッチンに立ち、買ってきた2人分の食材を並べた。今日の夕食はホイコーローにするつもりだ。
フリーのグラフィックデザイナー兼カメラマンとして活動している僕と、大手IT企業でバリバリ働く絢音。
時間の融通がきくのは僕のほうだから、たいていの場合、平日は僕が家事をすることになっている。
絢音とは交際4年、同棲して2年。
今夜、僕はこのありふれた日常をいつになく強烈に恋しく感じていた。
…なぜなら今朝、憧れている同業者の先輩から、突然こんな電話がかかってきたからだ。
「10月からフランスで働くことになったんだけど来るか?2年の期限つきで」
なんと、パリの世界的に有名なグラフィックデザイナーの事務所で働けるのだという。
「お前にとってかなり勉強になると思うし、カメラマンとしての仕事もたくさん紹介してもらえると思うよ。フランスはだいぶ稼ぎもいいし、どうかな?」
僕は先輩に「ちょっと考えさせてください」と言ったけれど、言ったそばから気分は高まっていた。
グラフィックデザイナー兼カメラマンという肩書で活動して8年。
はじめは仕事がうまく獲得できず切り詰めた生活をしていたが、今ではありがたいことに多忙で、稼ぎも人並み以上にある。
それでも、今後も安定して仕事を続けられるかというと不安だった。
― もっと実力をつけないと、絢音に堂々とプロポーズできないよな…。
僕は30歳になり、絢音との結婚を強く意識している。ここらでなにか起爆剤を入れて、もっともっと絢音にふさわしい相手になりたい。
「絢音はどう思うかな。一緒には来られないだろうし。帰ってきたら、相談してみよう」
豆板醤に甜麺醤。
ボウルに調味料を合わせながら、僕は絢音のリアクションを頭に思い描く。
絢音と出会ったのは、4年前の食事会だ。
写真展めぐりが趣味だという3つ下の絢音と、カメラ好きな僕が意気投合するのに、時間はかからなかった。
以来、都内や時には地方の写真展に2人で足を運んだ。
絢音は「写真は見る専門」だそうで、カメラを持っていなかった。
2人で出かけるときは、僕が必ず一眼レフカメラを構え、絢音や、絢音のそばにある景色を切り取ってきた。
大切な思い出を、アルバムで保存したいからだ。
絢音と過ごす時間は、たちまち僕のすべてになった。
特にうれしく思うのは、一緒にいるときに絢音がよく言ってくれる、このセリフ。
「浩輔との時間だけが、私の息抜きなんだ」
絢音は、平日は息をつく暇もないほど忙殺されている。真面目な性格であるがゆえに自分を追い込むくせがあり、いつも疲れた顔で帰ってくる。
そんな彼女が一緒にいるうちに笑顔になり、のびのびした様子になるのが、僕にはかなりうれしかった。
彼女の心の休日になれているという手応えを胸に、この4年間、絢音を心から大切にしてきたのだ。
鍋を揺らし、こんがり焼けた肉の上に野菜を入れる。最後に先ほどの合わせ調味料を投入し、かき混ぜる。
― もし僕がフランスに行ったら、絢音は息抜きできなくなってしまうかな。
だんだんと、気分が落ち込んでくる。心配。寂しい。でも、挑戦してみたい。感情が複雑に絡んだとき、玄関の鍵が回る音がした。
「おまたせ。ああ、いい匂いがする!」
いつもの、やや疲れた声が聞こえてきた。
◆
回鍋肉でお腹を満たすと、僕はフランス行きについて切り出した。
絢音は、驚きながらもうれしそうに小さく拍手をしてくれる。
「声がかかるなんて、すごいじゃない。めったにないチャンスなんでしょう?」
「うん。でも、もし行くとしても絢音は一緒に来られないよな?」
「…そうね。今は、仕事を離れるわけにはいかないし」
「だよね。だからその…どうしようかなって」
もちろん、絢音に無理についてきてというつもりはなかった。でも絢音を置いていくのは心配だし、寂しい。かといって何よりこのチャンスをふいにしたくない。
気持ちをうまく言語化できないでいると、絢音は優しく微笑んだ。
「内心もう決めてるんでしょう?だっていつも以上に、目がいきいきしてる」
「え?」
「私はそんな浩輔が好きなんだよ。寂しいけど、どんな決断も応援する。だから心配しないで」
絢音に背中を押されたのをきっかけに、自分のなかでも何度も考え抜き、1週間後に先輩に「行きます」と返事をした。
そして暑い夏が過ぎ、日差しが和らいできた9月の終わり。あっという間に、出発前夜がやってきた。
パッキングの最終確認をしていると、キッチンから美味しそうな揚げ物の香りが漂ってくる。
今日は土曜。
週末の料理担当の絢音が、大分出身である僕のために、最後に好物のとり天を作ってくれている。
「浩輔、そろそろご飯できるよ」
絢音の声に立ち上がった僕は、分厚いアルバムを手にダイニングテーブルへと向かう。
絢音と過ごした4年間の景色を、このアルバムにまとめておいたのだ。今夜は食後、これを見ながら思い出を語り合おうと思う。
「絢音のご飯は世界一だな。このとり天は特に好きだ、恋しくなるよ」
「フランスの食事はおいしいから恋しくならないよ」
「なるよ。絶対になる」
一口ずつをこんなに名残惜しく食べたのは初めてかもしれない。離ればなれになることへの実感が、またひとつ濃くなる。
食事を終えると、僕はテーブルに例のアルバムを広げた。
「絢音、見てこれ」
「わあ…すごい。たくさん撮ってくれたんだね」
僕たちは身を乗り出して、1枚ずつの思い出を話した。
1時間弱をかけて4年間を振り返ると、アルバムの裏表紙をさすりながら絢音は言う。
「浩輔がたくさん写真を撮ってくれてるの、いつもうれしかったんだ。ありがとね。このアルバム、離れている間に何度も見るわ」
絢音はすこし口を尖らせて笑った。それが彼女が涙をこらえているときのくせであることを僕は知っている。
「…本当に行っちゃうんだねえ」
絢音の目に涙が浮かんできて、僕はあわてて彼女の手をさすった。
「そうだ。プレゼントがあるんだ、絢音に」
テーブルの下に隠しておいた紙袋。中に入っているのは、Nikonのミラーレス一眼と、分厚いアルバムだ。
「カメラと、アルバム…?」
「4年分のアルバムを作っていて思ったんだ。ここで僕らの記録が途絶えるのは本当に寂しいなって。
だから向こう2年間は、それぞれの景色を残そうよ。僕もパリで撮るから、絢音も東京で、日常を撮ってほしいんだ」
絢音の口角が上がる。
「で、僕が帰ってきたらさ、今みたいに1枚ずつ振り返って語り合おうよ」
「いいねえ」
絢音は目を輝かせながら、Nikonのミラーレス一眼を箱から取り出した。
「ああ…いつか自分のカメラを持ってみたかったの。ありがとう、ワクワクする。たくさん撮るね」
喜ぶ顔を見ながら、僕は思う。
実は、プレゼントにNikonのミラーレス一眼を選んだ理由は、アルバムを作りたかったからだけではない。
カメラというのは、慌ただしい日常の中でひと息つく瞬間をつくってくれる。
普段目が向かない世界に意識を向けることで、ひとときだけ、緩やかな時間を過ごせるのだ。スマホのカメラではそうはならない。
― 僕がいない間、絢音の心がちょっとでも休まるように。これは、わざわざ言葉にはしないけど。
とにかく使いやすいNikonのミラーレス一眼なら、きっとカメラ初心者の絢音でも使いこなせるはずだ。
設定がシンプルで覚えやすいし、コンパクトで持ち運びやすい。
高画質で逆光補正も優れているので、ストレスなく撮影を楽しめるだろう。
かといって初心者感のあるデザインではなく、佇まいに味がある。
フィルムカメラのような伝統的な外観は、絢音の服装にもよく似合いそうだ。
― 気に入ってくれるといいな。
絢音が元気で過ごせることを願いながら、僕は彼女の目を見つめた。
そして、フランス行きを決めてから何度も心の中でシミュレーションしてきた、大切なセリフを言おうと、ゆっくり息を吸う。
「絢音」
「ん?」
「僕、フランスで頑張って、もっと活躍できるようになって帰ってくるから。だから2年後に、プロポーズさせてください」
「浩輔…」
涙をぬぐう絢音を抱き寄せると、こらえきれない思いに視界がゆがむ。
「ねえ、浩輔。このカメラの使い方を教えて。最初の1枚は2人の写真にしたい」
「いいね。そうしようか」
一通りレクチャーをしたあと、Nikonのミラーレス一眼をこちら側に向けてテーブルに置く。
そのフレームにおさまるよう、僕らはレンズの前でギュッと寄り添った。
2年後に完成する、新しいアルバム。1枚目を飾る大切な写真。軽快なシャッター音が、思い出あふれる部屋に響いた。
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