「喉から手が出るほど、欲しい――」

高級ジュエリーに、有名ブランドのバッグ。

その輝きは、いつの時代も人を魅了する。

しかし誰もが欲しがるハイブランド品は、昨今かなりの品薄状態だ。

今日もショップの前には「欲しい」女性たちが列をなし、在庫状況に目を光らせている。

人呼んで「ハイブラパトローラー」。

これは、憧れの一級品に心を燃やす女性たちのドラマである。

▶前回:自称「港区で無双する女」、25歳。ヴァンクリ目当てで12歳上の経営者と交際した結果…




外資系コンサルティングファーム アソシエイト・佳代(25)
勇気をくれる鎧【ヴァン クリーフ&アーペル ペルレ シニアチュールリング】


「あいにく、ペルレ シニアチュール リングは在庫がございません」

佳代は伊勢丹 新宿店で、ヴァン クリーフ&アーペルの店員さんの言葉を聞き、ため息をつく。

― 今日も在庫なしか。

プロジェクトの成功報酬として支給された50万円。

その使い道として、憧れの上司・シニアマネージャーの恵子さんがいつもつけている、ペルレ シニアチュール リングを買おうと決めた。

しかし1ヶ月間、毎週のようにパトロールしているというのに、リングにはまだ出合えない。

佳代は恥ずかしながら、恵子さんに聞くまでヴァン クリーフ&アーペルというフランスのハイジュエラーを知らなかった。

値段を調べて度肝を抜かれる佳代に、恵子さんは言った。

「お金をどう使うかはその人次第。私にとってのジュエリーって、自分を強くしてくれる鎧なの。だからジュエリーにはお金を惜しまない」

憧れの人の左手人差し指に輝く、ピンクゴールドの美しいリング。

佳代も同じジュエリーを買いたい、と思ったのだった。

伊勢丹 新宿店4階のハイジュエリーフロアは、1階のカジュアルなジュエリー売り場とは雰囲気がまったく違う。

初めて来た時はきらびやかさに戸惑ったが、少しずつ慣れてきた。

ペルレ シニアチュール リング――。佳代のサイズは、特に人気があるため在庫がなく、パリへのオーダーもストップされているらしい。

それでもいつか巡り合える日を夢見て、佳代は諦めずにパトロールを続ける。


ペルレ リングに出合えず、佳代は肩を落として新宿から1人暮らしのマンションに帰った。

すると、大好きな祖母からLINEが来ている。

『ばあば:佳代ちゃん、プロジェクト成功オメデトウ。頑張りすぎて体壊さんようにね』

佳代の名付け親である祖母。その笑顔や凛とした佇まいが、佳代は大好きだった。

岡山大学を卒業した佳代が今のコンサルティングファームに入ったとき、同僚のきらびやかな学歴や家柄にすっかり萎縮したところを励まし続けてくれたのも祖母だ。

現在は地元の岡山で入院しているため滅多に会えないが、佳代を勇気づけてくれる大切な存在だ。

― パトロールは一旦お休みして、ばあばに会いに岡山に帰ろうかな。

『佳代:ばあば、来週あたりお休み取って会いにいってもいい?』

すぐに既読がついたが、返信はなかった。




次の週末、佳代は午前中から銀座界隈のパトロールを終え、早々に帰宅する。

― 今日も在庫なし。恵子さんみたいになるにはまだ早いっていうことなのかな?

部屋で悶々とオンラインサイトをチェックしても、在庫はない。

― そういえば、ばあばからLINEの返信がまだないな。どうしたんだろう?

不思議に思っていると突然、母からの着信があった。

『佳代、ばあばね、容体が急変して…』

佳代は東京駅までタクシーを飛ばし、岡山行きの新幹線に飛び乗る。

そして夜遅くに岡山の実家に到着した。

祖母は、佳代が新幹線に乗っている間に、帰らぬ人となっていた。

「ばあば…」

病院から帰ってきたばかりの母が、放心状態の佳代の背中をなでる。

「ばあば、少し前からあんまり具合がよくなかったんよ。でも、佳代に言うと仕事を放り出して岡山に帰って来てしまうけん、言わないようにって…」

そう言った母の目も赤く、佳代は祖母がもういないのだということを実感した。






忌引き休暇が明けてしばらくしても、佳代は悲しみの最中にいた。

「無理しないでね」と恵子さんが声をかけてくれるが、元気は出ない。

形見分け、と言ってもらった祖母のジュエリーボックスを開ける気にもなれない。

― ばあば…何もやる気が起きないよ。

仕事はAvailable状態、つまりどのプロジェクトにもアサインされていない状態だ。

この先良いことなど起きないように思えて、返事のなかった最後のLINEを見ては、涙に暮れる毎日。

そんな状態が1週間が過ぎた頃、佳代は思い切って、祖母から贈られたジュエリーボックスを開けてみた。

「綺麗なネックレス…」

中から現れたのは、ゴールドのチェーンに一粒ダイヤがあしらわれたシンプルなネックレス。

存在感のあるダイヤの輝きが、いつでも凛としていた祖母の姿と重なり、また涙が出そうになる。

― でも、このままじゃだめだ。

このネックレスに恥じない女性にならなくては。

佳代は突き動かされるように会社のPCを立ち上げると、恵子さんにプロジェクトのアサインを希望するメールを送った。


次の日、佳代は祖母のネックレスをつけ、久しぶりに伊勢丹 新宿店のヴァン クリーフ&アーペルを訪れた。

いつものようにペルレ リングの在庫を聞くと、店員さんの表情が和らいだ。

「本日は、ペルレ ゴールドパールリング スモールモデルが入荷しております。お客様がお召しのネックレスとも合うと思いますよ」

小さなゴールドビーズが並んだリングを左手中指につけてみる。

「すごく綺麗…手の色がワントーン明るくなったみたい」

― リング1つで、こんなにも手の印象が変わるなんて。

欲しかったペルレ シニアチュール リングではなかったが、佳代は購入を決めた。

― 後悔はないわ。もちろん恵子さんと同じモデルも欲しいから、これからも一生懸命働こう。






それからの佳代は、がむしゃらに働いた。

初めてヴァンクリで買ったリングは、祖母から贈られたネックレスのように、シンプルで美しい輝きを放っている。

― 恵子さんが言っていた通り、ジュエリーは私に勇気をくれる鎧だわ。

すっかりジュエリーのとりこになった佳代は、事あるごとにヴァンクリの店舗に行くようになった。

ダイヤとカラーストーンが散りばめられた、バレリーナを模したブローチ。

深みのあるグリーンのマラカイトをいくつも使った、アルハンブラのブレスレット。

店員さんに、1つひとつのアイテムを紹介されるたび、佳代は奥深さに感嘆した。

ある日、いつものように伊勢丹の店舗を訪れると、店員さんが思わぬ提案をしてくれた。

「こちら、キャンセルが出たお品なのですが、お試しになってみませんか?」

ゴールドにマザーオブパールのマジックアルハンブラのロングネックレスを、勧められるがままにつけてみる。

― こんなに素敵なものをキャンセルする人がいるなんて。

少しピンクがかったパールの輝きは、ぴったり寄り添うように佳代の胸元を飾った。

100万円超えの価格には驚いたが、祖母から贈られたネックレスとの相性も完璧だ。

「ここで巡り会えたのも、何かの縁ですよね。このネックレス、いただきます」

初めて自分で買った高額なネックレスを身につけると、背筋がピンと伸びる気がした。




「あれ、佳代ちゃん、そのアルハンブラ…」

次の日、会社にネックレスをしていくと、早速恵子さんが気づいてくれる。

「すごく勇気のいるお値段でしたけど、買っちゃいました!もう頑張って働くしかないです」

佳代の言葉に、恵子さんは笑顔で言ってくれた。

「すごく似合っているよ。ジュエリー沼へようこそ。好きなもののために働くって、本当に楽しいよ!」

「はい!私、仕事もジュエリー集めも、ずっと恵子さんについて行きます」

佳代は笑顔で仕事に取り掛かった。



1年後―。

佳代は、もう何度目かわからない、伊勢丹 新宿店のジュエリー売り場に来ていた。

担当の店員さんとは、もうすっかり打ち解けている。

佳代は、店員さんを待ちながら、今まで買ったジュエリーに思いを馳せた。

色違いのゴールドパールリング。予約してやっと買えたスウィート アルハンブラのピアス。1つずつ増えるコレクションは、成長の証のように思える。

祖母のネックレスも、つけ続けている。悲しくなることもあるが、今では温かい気持ちになれる日の方が多い。

今、佳代は大きな転機を迎えていた。

尊敬する恵子さんが、パリに駐在することになり、彼女のチームを離れることになったのだ。

「ずっとパリ駐在に挑戦してみたいって思ってたんだ。ヴァンドーム広場に行って、ジュエリーもじゃんじゃん買っちゃうんだから!」

朗らかに笑う恵子さんを見て、佳代も宣言した。

「私も、日本でシニアマネージャー、いえ、パートナーを目指します!次に恵子さんと会うときには、お気に入りのジュエリーをつけて、胸を張っていられるように頑張ります」

担当さんが笑顔で近づいてきて、佳代は我に返る。

「いらっしゃいませ!今日は、ついにずっとお探しのお品が入荷しましたよ」

トレイに乗っているのは、ペルレ シニアチュール リング。

「嬉しい!いただきます」

新しい鎧を手に入れた佳代は、また強く一歩を踏み出すことができるのだ。

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