東京に行って、誰もがうらやむ幸せを手に入れる。

双子の姉・倉本桜は、そんな小さな野望を抱いて大学進学とともに東京に出てきたが、うまくいかない東京生活に疲れ切ってしまい…。

対して双子の妹・倉本葵は、生まれてからずっと静岡県浜松市暮らし。でもなんだか最近、地方の生活がとても窮屈に感じてしまうのだ。

そんなふたりは、お互いに人生をリセットするために「交換生活」を始めることに。

暮らしを変えるとどんな景色が見えるのだろう?

29歳の桜と葵が、選ぶ人生の道とは――。

◆これまでのあらすじ

ひょんなことから、高校時代の元カレ・優馬と再び付き合うことになった桜。何気ない日常に幸せを感じるようになっていった。しかし、東京に戻る日が近づいていて…。

▶前回:「なんでこんなイイ家に?」月収20万の男なのに、恵比寿駅徒歩5分の高級マンションに住めるワケ




Episode13:倉本桜@静岡、最終日。これが私の交換生活の答え


「桜、寝ないの?」

隣にいる優馬が私に聞く。

彼と再び恋人同士になってから、私たちはほとんど毎日一緒に過ごしていた。

今日のような平日は、仕事終わりに“街”でお酒を飲み、その後ふたりで私の家…、いや正確には葵の家に行くパターンが定着している。

私と優馬の関係は、驚くくらいに順調だ。

優馬はもともと同級生だし元カレだから、今再び話題になっている“蛙化現象”にもならずに済んでいる。

ふたりでベッドの上に横になっていると、妹の葵から久しぶりにLINEが届いた。

『葵:そろそろ交換生活も終わりだね。最近どう?』

― どこまで言おうかな…。

考えた末に、葵には優馬との関係を報告することにした。

『桜:実は、優馬と付き合うことになったんだ。まだ誰にも言ってないから秘密ね』

私が葵にそう送った直後、葵はある想いを私に告白してきた。

その意外な告白に、私は少したじろいでしまったのだ。


葵のLINEを読んでから、心臓がずっとバクバクしている。

私は気持ちを落ち着かせようと、ベッドの上で体を小さくまるめた。

「桜どうした?大丈夫?」
「うん。私、今日ちょっと疲れてるみたい」
「じゃあ、もう寝ようか」

私はうなずいて「おやすみ」と言ったけれど、すぐに眠りたくはなかった。

なぜなら、葵からのLINEで、気分が変わってしまったからだ。

『葵:おめでとう!でも実は高校の時、私も優馬のことが好きだったんだよね。笑』

頭の中で、そのメッセージが何度も繰り返される。

何年も前のことだし、今、葵は他に好きな人がいるとも言っていた。

だから、気にすることではないとわかっている。




でも、葵は数ヶ月前に離婚した。だから彼女があのまま浜松に住んでいたら、優馬と付き合っていた可能性だってゼロではない。

葵なら、私よりももっと純粋な気持ちで、彼と向き合えていたと思う。

もしかしたら、東京に染まってしまった私よりも、葵の方が優馬と合うかもしれない。

― 優馬のことは好きだけど、妹の葵のことは、もっと好きだし大事なんだよね…。

私は、この時に決心した。

優馬との関係は、浜松にいる間だけできっぱり終わらせようと。



「桜、今日はどうする?」

翌朝。朝ごはんを食べながら、優馬に聞かれた。

「う〜ん…今日は、ひとりで映画でも見ようかな」

本当は私だって、今日の夜も明日の朝も、優馬とずっと一緒にいたい。

優馬に会えば会うほど好きな気持ちが大きくなっていってしまう。

でも、それでは困るのだ。

東京に帰りたくなくなってしまうし、葵にも申し訳ないから。

「映画館行くの?それなら俺も一緒に行こうかな」

優馬は諦めず、食い下がる。でも、ここは心を鬼にした。

「ううん。家で映画を一気見しようと思って。優馬、ラブコメとか苦手でしょ。今日はお互いに、ひとり時間を満喫するっていうのはどう?」
「…オッケー。わかった!」

優馬は、昼過ぎには家から去っていった。

私は優馬にうそをついたことがあるので、もう二度とうそはつきたくない。

だから今日は、ちゃんと家で映画を見ようと思う。




『優馬:桜〜!明日の予定は?』

ワインを飲みながら映画を見ていると、優馬からメッセージが届いた。

それを見て嬉しくなったのは事実。だけど、私は返信しなかった。

― はぁ、一体なにをやってるんだろう、私。

せっかくハッピーな気持ちになれるストーリーなのに、内容が全然頭に入ってこない。

ワインだけが進み、私は家でベロベロに酔っ払った。

こんなに酔ったのは、優馬が初めてここに来たあの日以来だ。

あそこから始まった幸せを、私は自ら断ち切ってしまうなんて…。

そう思ったら涙があふれ止まらなくなり、そのままソファで寝てしまった。

翌朝も、午後になっても夜になっても、優馬から追いLINEが来ることはなかった。きっと彼なりのプライドなのだろう。

それが心苦しく、ますます優馬への気持ちが膨らんでいってしまった。


最後の夜


「えー!もう明日帰っちゃうんだ」
「うん。早いよね…」
「結局こっちに来た日と、今日しか会えなかったね」

浜松で過ごす最後の夜、私は浜松駅前のビル・メイワンにある餃子屋さんで結衣に会っていた。




結局あれから、優馬には一度も会っていない。

きっと優馬は、怒っているだろう。

でも、これでいいんだと自分に言い聞かせていた。

そうじゃなくても、今回の交換生活で地元浜松を楽しむことができた。

地方特有の雰囲気は相変わらず嫌だけど、それでも都会に疲れた私がリフレッシュするには十分だったと思う。

「私さ、東京に行ってテレビ番組見るまで、浜松の餃子がこんなに有名なこと、知らなかったかも」

「浜松の人はそんなに餃子に固執してないからね。“うなぎといえば浜松”っていう譲れないとこはあるけど」

私たちはそんなローカルトークを繰り広げながらハイボールを飲み続け、終電ギリギリに解散した。




今日は、東京に帰る日。私は部屋を掃除して、荷物をまとめた。

「3ヶ月間、お世話になりました」

葵の部屋に向かって小さな声でつぶやき、ペコリとお辞儀をする。

荷物を持って向かったのは、浜松駅の新幹線乗り場だ。

今日で、葵との交換生活も終わり。

駅のホームで、優馬とのトーク画面を眺め、メッセージを作っては消し、また作っては消した。その時――。

「告白OKしといて、音信不通って。さすがに性格悪すぎじゃね?」

新幹線のホームで、知っている声がして振り返った。

「優馬…!なんでいるの?」
「なんでかって?サッカー部は、マネージャー含め今も仲が良いからかな」

― …あ!結衣か。

昨晩の私は、浜松ラストナイトということもあって、彼女とハイボールを何杯も飲んだ。

だから、うっかり優馬のことも話してしまったような気もする。

「優馬あのね、違うの。これにはわけがあって」
「それも結衣から聞いた。お節介で勘違いが激しい姉だよな〜、桜は」

葵のLINEのことも、結衣に話していたらしい。

私は、新幹線の時間を変更して、優馬とカフェで話すことにした。




「桜なら、システムエンジニアやプログラマーと仕事することあるよな?」

優馬は、珍しく自分の仕事のことを話し始めた。

「もちろん。私、WEBデザイナーだからね」
「だよな。俺の仕事それなの。メーカーで働いてるのは間違ってないんだけど、そこの社員じゃなくて、“業託”なんだ」

― ぎょうたく…?

「業務委託。契約内容によるけど、月に100万もらうこともあるよ」
「!!?そうなの?」
「だから、東京で働くことも無理じゃない。…って、俺の月収聞いて目をキラキラさせるのやめろよ」

優馬が笑うので、「ごめん」と言いながら私も笑う。

「ところで、その花束は?」

私は、大きな紙袋からのぞく可愛い色のバラを見て言った。

「安心して。プロポーズじゃないから。そうだったら俺、重すぎてキモいだろ」

優馬は、見送りくらいかっこつけたかったのだと、その花束を渡してくれた。

きっと彼なりに考えたであろう花束を渡すタイミングを奪ってしまって、少し反省しながら、私はピンクのバラの花束を受け取った。

「優馬、私は優馬のこと好きだよ」
「…お、おう」
「だから、もう二度と離れたくないの。物理的にも心も」

照れる優馬を見ながら、私は、思った。やっぱり優馬と…東京が好きだと。

生まれ育った浜松ももちろん好きだし、ここに来ればいつでも仲間がいて、親がいて、安心もする。

だけど、私はまだ東京で、もがき続けたい。

恋人ができたって、結婚したって、子どもができたって、東京ならではの悩みがつきまとうだろう。

けれど、それさえも私は楽しみたいと改めて思ったのだ。

「ねぇ、優馬」
「ん?」
「優馬が東京に来る気があるなら、これからも一緒にいよう。もしそれができないなら、私たちはただの同級生に戻ろう」

偉そうだし自己中かもしれないけれど、これが、うそ偽りない私の気持ちだ。

「…わかった」

優馬と別れ、私はひとりで東京行きの新幹線に乗った。向かうのは、自宅がある中目黒だ。

そして、車内で葵に連絡をした。

『桜:ところで、葵の東京生活は、どうだった?』

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葵のストーリー:東京に住む葵の決断は?