東京都内には、“お嬢様女子校”と呼ばれる学校がいくつもある。

華やかなイメージとは裏腹に、女子校育ちの女たちは、男性の目を気にせず、のびのびと独自の個性を伸ばす。

それと引き換えに大人になるまで経験できなかったのは、異性との交流だ。

社会に出てから、異性との交流に戸惑う女子は多い。

恋愛に不器用な“遅咲きの彼女たち”が手に入れる幸せは、どんな形?

▶前回:年下男と一晩過ごしたあと、音信不通に…。1週間後に届いた連絡に女はショックを受け




プロポーズされたい女:ミズキ【前編】


― このホテルが、私たちの記念の場所になるかも、なんて期待していたのに…。

ミズキは、マッチングアプリで知り合った3つ年上の恋人・正人と、交際2年記念日に沖縄に訪れていた。

ふたりで奮発して宿泊した名門リゾート『ハレクラニ沖縄』は、想像以上に素晴らしかった。

ただ、2日間の宿泊を終えチェックアウトをしたところで、ミズキの気分はどんどんと落ちていく。

記念日に沖縄の高級リゾート…。

ミズキからしたら、ここは絶好のプロポーズのタイミングだと思っていた。

周りの友人たちの結婚や出産報告を意図的に正人に共有したり、ミズキなりに、暗にプロポーズを待っていることをアピールしてきた。

というのに、この機会になにもないなんて、とミズキは肩を落としていたのだ。

「ミズキ、楽しくなかった…?」

口数の少ないミズキの様子を見て、正人が問いかける。

「ううん。もうこの沖縄旅行が終わってしまうと思うと、寂しくて…」

ミズキは、自分が落ち込んでいる本当の理由に気づいていない正人に対し、腹立たしさを感じ始める。

ホテルから空港へ向かうためタクシーに乗り込み、隣の席で疲れて眠る正人をミズキは横目で見る。

― そもそも、私本当に正人と結婚したいのかな。顔もタイプじゃないし、聞いたこともない大学を出ているし…。


正人は、地方の私立大学院を卒業し、地方銀行の東京支社で働いている。

一方ミズキは、母校である豊女で教師をしている。

豊女は私立学校のため、教員の誰かが辞めるまで採用枠がなく、毎年採用をしているわけではない。

たまたま大学卒業時に1枠の募集があり、教員を目指す卒業生たちに人気のそのポジションを、ミズキは勝ち取ったのだ。

ミズキが正人の愚痴を言うと、友人たちは声をそろえて“ミズキにはもっとかっこよくて、条件がいい人がいるよ”だなんて言う。

だが、好きな人を追いかけて叶わぬ恋をするくらいなら、自分を好きになってくれる人といる方が楽だとミズキは思う。

だから、自分のことを好きになってくれる正人と一緒にいるのが幸せ、それがミズキの考えだ。

― 正人に結婚する気がないなら、このまま付き合い続ける意味ってあるのかな…。

そもそも、正人のプロポーズを待っていることが正解なのかミズキの中に疑問が生まれはじめていた。



沖縄から帰った翌週末。

高円寺にある正人の家に訪れ、いつものようにふたりで食事をしていたとき。

「ねえ、正人。話したいことがあるの」

ミズキは、真面目な顔で正人に話を切り出した。




「珍しく真面目な雰囲気だね、どうしたの?」

茶化すような正人の態度に、ミズキは真剣な表情を崩さないようにして言う。

「正人。今年の私の誕生日までにプロポーズしてくれないなら、別れたいと思ってる」

ミズキは、この言葉に至った理由をちゃんと話そうと思っていたが、実際正人を目の前にすると、シンプルな言葉しか出てこない。

「ミズキの誕生日って、6月だよね。もう2ヶ月しかないよ?突然だね」

「突然じゃないよ!私だってもう32歳…。結婚もしたいし、いつかは子どもだってほしい。悠長に待っている時間があるわけじゃない」

冗談っぽく受け取ったような正人の態度に、ミズキは思わず声を荒らげる。

「沖縄の時、本当は期待していたの…。私は本気だから、考えておいて」

その言葉に、正人は黙り込む。

― なにも言葉が出てこないの?やっぱり正人は私と結婚することなんて、これまで考えてもこなかったのかしら…?

付き合ってきた2年間はなんだったのかと、ミズキの気持ちは苛立ちから悲しみに傾き始める。

「ごめん、帰る」

正人のために作った食べかけの手料理を残し、ミズキは彼のマンションを飛び出した。

正人が引き留めてくれることを少し期待していたが、彼はなにもしなかった。




― もう誕生日まで待つ必要もないのかも…。みんなが言ってくれるように、私にはもっと素敵な人がいるのかもしれない…。

正人は、ミズキにとって自慢できるスペックがある恋人ではない。

それなのに結婚を決断してくれない正人に執着する必要があるのかと、ミズキの心は迷いはじめていた。


― まだ午後7時かぁ…。

このまま家に帰ってひとりになっても、気分が落ち込むだけだと思ったミズキは、新宿駅で電車を降り、気分転換がてら伊勢丹に向かう。

― あれ?あそこにいるのは夏帆と、夏帆の彼氏…?

ミズキは伊勢丹の車寄せで、真っ赤な『ポルシェ』に乗り込もうとする豊女時代の友人・夏帆の姿を見かけた。

― ふたりとも、なんだか絵になる。素敵…。




夏帆はとびきり美人で、彼氏は高収入のイケメン音楽家だ。

ふたりしてハイブランドの服を身にまとい並んで歩く姿は、目を引く。

車に乗り込むふたりを遠くからぼんやりと見つめながら、ミズキは無意識に、正人の隣に並ぶ自分の姿を比べる。

― 夏帆、彼氏が学歴ナシで両親に反対されていると、言っていたけど、私とは全然違う華やかな世界にいるよね。贅沢な悩みじゃない…。

沖縄で宿泊するホテルを正人と相談していた時、ミズキが『ハレクラニ沖縄』を提案すると、彼に高級すぎると大反対されケンカになったことを思い出す。

華やかなデートをして、贅沢品をまとい、苦労なんて見当たらない夏帆の姿を見たミズキは、羨ましさと、自分自身への劣等感でいっぱいになる。

― 夏帆を見て、正人と付き合う自分に劣等感を感じるなんて、私って本当に嫌な女…。

ミズキは、自分の中で湧き上がった感情に失望するとともに、そんな気持ちで正人と付き合い続けていいのかと、さらなる迷いが生じはじめる。

伊勢丹に入っても、華やかな男女が並んで楽しそうにしている姿ばかりが目につき、より虚しさを覚える。

結局、落ちた心がさらに深くに突き落とされるばかりで、ミズキは逃げるように帰路についた。



帰宅して、電気もつけずにベッドで横になっていると、スマホが鳴る。

― 正人…?

ミズキは、急いでスマホを開くが、そこに表示されていたのは、意外な人物の名前だった。

『ナオキ:元気?久しぶりに食事でもどう?』

3年ほど連絡を取っていなかった学生時代の彼氏・ナオキからだ。




予期せぬLINEに、ミズキは動揺する。

ナオキは、ミズキが入っていた早稲田のインカレサークルのひとつ年上の先輩だ。

ミズキが2年生の頃から交際をスタートさせ、ひとり暮らしの彼の家に転がり込むように半同棲をしていたが、理由もよくわからないまま彼から別れを告げられた。

約5年間の交際は、あっけなく終わった。

ミズキにとってナオキは人生初めての恋人だった。

だから、当時、ナオキに振られたミズキは、もう自分にはなにもないと思うほどに落ち込んだ。

最後は、ナオキへの恋心というより、執着となっていたと気づき吹っ切れたが、立ち直るまでに1年ほどかかった。

だが、ナオキとの恋愛が、今のミズキの恋愛観を形成したと言っても過言ではない。

正人とのことで悩んでいるこのタイミングで、ナオキから連絡がきたことに、なにか意味があるような気もして、ミズキは勢いのままに返事を送る。

『ミズキ:元気だよ。来週にでもどう?』

ナオキに会えばなにかが変わる。ミズキはそんな予感がしていた。

▶前回:年下男と一晩過ごしたあと、音信不通に…。1週間後に届いた連絡に女はショックを受け

▶1話目はこちら:「一生独身かもしれない…」真剣に婚活を始めた32歳女が悟った真実

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最終回:ナオキと再会したミズキは、彼と過ごす時間であることに気づき…?