地元で広まったら面倒…「誰にも言わないで」深夜の個室居酒屋で、女が元カレに念押ししたこと
東京に行って、誰もがうらやむ幸せを手に入れる。
双子の姉・倉本桜は、そんな小さな野望を抱いて大学進学とともに東京に出てきたが、うまくいかない東京生活に疲れ切ってしまい…。
対して双子の妹・倉本葵は、生まれてからずっと静岡県浜松市暮らし。でもなんだか最近、地方の生活がとても窮屈に感じてしまうのだ。
そんなふたりは、お互いに人生をリセットするために「交換生活」を始めることに。
29歳の桜と葵が、選ぶ人生の道とは――。
◆これまでのあらすじ
桜は、東京で知り合った経営者・岸部に、浜松の高級店に連れて行ってもらっていた。久しぶりの美食を堪能していたが、2軒目に移動する時に、イイ感じの仲である優馬に遭遇してしまう。焦った桜は、優馬の手を取り、逃げるようにその場を去ったのだった。
▶前回:付き合う前に家に行ってしまった…「こういうことよくするの?」と聞かれ、焦った女はしどろもどろに…
Episode11:倉本桜@静岡。高校時代の元カレと、また…
「で!?誰なんだよ、さっきのオッサンは」
優馬を連れて適当に入った、個室がある居酒屋。
ドリンクが来るのも待たず、彼は真顔で私に問いかける。
その優馬の目つきがあまりにも鋭くて、思わず顔を背けた。
「し、知り合い。東京で時々飲みにいくくらいの。でも、男女の仲とかそういうんじゃないから。ほら!私、オジサン興味ないし」
― …ってなんでこんなに言い訳しているんだろう。
私は自分の必死な言動に、軽く引いた。
さっきの男は、私を時々高級店に連れて行ってくれる、便利な年上の経営者。
そう素直に言ったら、優馬は私を軽蔑するだろうか。
優馬とは昨晩から今朝まで一緒にいた。しかも、「夜も会いたい」と言われていたのに、私は仕事だと嘘をついたのだ。
― はぁ。終わった…。
優馬は、私が浜松にいる間、東京での婚活疲れを癒やしてくれる存在だった。
それなのに、そんな小さな幸せを私は自分で簡単につぶしてしまう。
こうなったら、何を言われても受け入れようと覚悟を決め、私はハイボールをゴクゴクと飲んだ。
さっきまで岸部と上品に日本酒を嗜んでいた自分とは別人のようで、思わず笑いそうになる。
しかし、優馬は私が想像もしていなかったことを提案してきた。
「桜…俺とまた、ちゃんと付き合ってほしい」
「……は?」
意表をつかれ、つい男みたいな反応をしてしまう。そんな私を見て、優馬はわかりやすく顔をしかめた。
「は?って、なんだよ。もっとかわいい返事しろよ」
「ごめん。ていうか、ちょっと待って!付き合うって…本気なの?」
私が聞いたタイミングで、ちょうど店員さんが個室のドアを開け、優馬が頼んだ軟骨の唐揚げをテーブルに置いた。
「…………」
しばらく気まずい時間が流れ、私たちの視線は脂っこい軟骨の唐揚げに注がれる。
優馬は、それに手をつけずビールを一口飲むと、ようやく口を開いた。
「遊びだったら、桜を選ばないよ」
「…そっか。でも私、あと1ヶ月もしないうちに東京に戻るんだよ。葵もこっちに帰ってくるし」
「わかってる。この交換生活に終わりがあることは」
優馬は、まばたきもせず私を見つめている。
「でも、それでも今、桜と一緒にいたいんだよ。正式な彼氏として」
― 優馬…。
このまま曖昧な関係でいた方が、お互いに責任を取らなくて済むから楽だ。でも、優馬はそれを選ばなかった。
そこから彼は、私のことをずっと気にしていたと話してくれた。
私が年末やお盆休みにしか浜松に帰ってこないこと、帰ってきても滞在するのは長くて3日で、家族と過ごしたあとはすぐに東京に戻ってしまうこと。
そのことを、同級生から聞いては残念に思っていたと。
延々と語る私への想い。
それをずっと聞いていたら、さすがに私でも今ここで断ることができなかった。
「…わかった!じゃあ、よろしくお願いします」
「よかった。高校生ぶりの元サヤだな」
「うん。なんだか変な感じ」
正直言って、この場を収めるために、私は軽くOKしてしまったのだと思う。
なぜなら、優馬と付き合っても、住まいを浜松に移すことは考えていないからだ。
優馬は、浜松に本社があるメーカーで働いているから、東京に引っ越すのは無理だろう。
それに、私には東京で叶えたいことが、まだたくさんある。
婚活だって、そうだ。
今までうまくいかなかっただけで、これからもそうとは限らない。
だって周りには、素敵な男性と結婚した子がたくさんいるのだから。
私はまだ29歳。
東京で勝負することを諦めるには、早すぎる。
「ねぇ、優馬。ひとつだけ約束してほしいの。その…優馬と私が付き合ったことは、誰にも言わないって」
「ん?うん。いいけど」
「特に優馬が仲良いサッカー部の人たちには、言わないで。誰かに話した時点で、マネの結衣にも伝わるから」
ここは浜松だ。結衣にバレたら、かなり面倒くさいことになるだろう。
そこから誰にうわさされるかわからないし、都会のように放っておいてもくれない。
私は、地元を悪く言わないように努めながらも、優馬に何度も念押しした。
◆
優馬と解散し、私は赤電に乗って葵の家に帰った。
お風呂に入り髪を乾かしてから、ベッドに腰掛ける。
― あっ。やばい。岸部さんのこと、すっかり忘れてた…!
『桜:さっきは本当にごめんなさい!今日はありがとうございました。おやすみなさい』
あまりにも他人行儀で適当な文章だが、送らないよりはマシだろうと言い訳をし、ベッドに横になった。
優馬からは、「今度いつ会える?」とLINEが来ていた。
高校生の時に付き合っていたとはいえ、彼氏ができるなんていつぶりだろう…。
そう思いながら私は目を閉じて、そのまま眠ってしまった。
後日のデート
優馬に会ったのは、それから3日後の火曜日だ。
「たまには名古屋にでも行こうか」と車を出してくれたのだ。
待ち合わせは、14時。
私は車内で残りの仕事を片付けていたが、彼は有休をとってくれたらしい。
「東京から持ってきた服に飽きちゃって…だんだん暑くなってきたし、どこか洋服買えるとこあるかな?」
ドライブ中に私が尋ねると、優馬は、名古屋駅前の百貨店やファッションビルに連れて行ってくれた。
買い物を済ませた後は、有名店のひつまぶしを食べて、そのまま名古屋のホテルに泊まることにした。
「昔ってさぁ、みんな名古屋に憧れてたよね」
優馬が駐車場に車を止めながら言う。
「え?私は名古屋じゃなくて、東京がずっと好きだったけどね。休みのたびに渋谷の109に行ってたし」
そう言うと優馬は、桜らしいなと笑った。
ひょんなキッカケで付き合うことになった私たち。
でも、彼とのデートはとても楽しくて、時間はあっという間に過ぎた。
おいしいシャンパンが飲みたいと言った私に、コンビニでスパークリングワインを買ってきた優馬。
きっとこの人は、シャンパンがフランスのシャンパーニュ地方で生産されたものだとは知らないのだろう。
でも、それも可愛く思えた。
優馬が買ってきた泡は、甘ったるくて、好みではなくて…でも、なんだか悪くなかった。
「名古屋も、浜松と変わらないよね。日本の三大都市に入ってるのが謎すぎる」
「そうか?浜松よりは栄えてるだろ」
「福岡とか札幌みたいな個性や魅力がちょっと足りないっていうか…」
「そんなこと言ってると、名古屋のやつ全員敵に回すぞ」
私たちはケラケラと笑った。
どんな意味のない会話も、優馬とだったら楽しかった。
高校生の時は、東京への憧れで胸がいっぱいで、優馬ときちんと向き合っていなかったと思う。
というか、私も精神的に未熟で、人と付き合うことを軽んじていたところがあったのだと思う。
「桜、シャワー浴びてきたら?」
「うん」
今日はそんなにお酒も飲んでいないし、まだ全然酔っぱらっていない。
だから、ちょっと恥ずかしい。
こうして2人で密室にいると、前回夜を共にしたことを思い出してしまうから。
「お待たせ、優馬もお風呂入ってきていいよ」
「うん。寝ないで待っててよ」
そう言って、優馬はバスルームに消えていった。
― あれ…なんか楽しいかも。
その場を乗り切るために「付き合う」と言ったくせに、私は優馬との時間を、ちゃっかり楽しんでいることに気がついた。
東京でアプリで出会った男とデートを繰り返していた頃に比べて、私は今とても自分らしく生きている気がする。
そんなことを思っていたら、バスルームからシャワーの音とともに優馬の下手な鼻歌が聞こえてきた。
「丸聞こえだよ」
私はクスッと笑いながら、思わずつぶやいた。
優馬が歌っていたそれは、高校生の時に私たちがよく聞いていたバンドの歌だ。
東京にいる時は忘れていた、甘くてほろ苦い思い出。
それを、このタイミングで思い出すとは夢にも思っていなかった。
「ふぃ〜、お待たせ」
優馬がコンタクトを外した眼鏡姿で、私のもとにやってくる。
その感じも、なんだかとても愛おしい。
「ねぇ、優馬」
私は、うつ伏せの状態で顔だけ上げながら言う。
「このまま、本気になったらどうしよう…東京に帰れなくなっちゃうかも」
「いいよ、本気になれば」
優馬は優しい顔をして、私をつぶれそうなくらいにギュッと抱きしめた。
その瞬間、涙がぼろぼろとこぼれた。
きっと、私は東京での生活にすごく疲れていたのだと思う。
なりたい理想と現実のギャップに押しつぶされそうになっていたから。
何かを察したのか、優馬は何も言わず、ただ頭をなでてくれた。
それは、愛に飢えていた私にとって、この先の人生を左右する決定的な出来事だった。
▶前回:付き合う前に家に行ってしまった…「こういうことよくするの?」と聞かれ、焦った女はしどろもどろに…
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