「娘の顔が、夫にも私にも似ていない」母親がひた隠しにする秘密とは
透き通る海と、どこまでも続く青い空。
ゴルフやショッピング、マリンスポーツなど、様々な魅力が詰まったハワイ。
2022年に行われたある調査では、コロナ禍が明けたら行きたい地域No.1に選ばれるほど、その人気は健在だ。
東京の喧騒を離れ、ハワイに住んでみたい…。
そんな野望を実際にかなえ、ハワイに3ヶ月間滞在することになったある幸せな家族。
彼らを待ち受けていた、楽園だけじゃないハワイのリアルとは…?
由依(35)と夫の圭介(38)は家族でアラモアナの高級マンションで3ヶ月間の短期移住をすることに。夢の生活にワクワクしていたが、夫の行動が明らかにおかしい。ある日の明け方4時、夫のスマホに何度も着信があり…。
▶前回:23時、夫の携帯に着信が…。男の名前が表示されているが、女が怪しいと思ったワケ
Vol.5 怪しい着信
『平井直人』
朝の4時。まだ陽も出ておらず、部屋は真っ暗闇の中、圭介のスマホの画面だけがぼんやりと浮かび上がっている。
そこに映し出された名前に、由依はゴクリと唾を飲み込んだ。
― これって、“平井直人”じゃなくて、“藤井直子”なんじゃ…?
それは圭介の元妻の名前。
寝ぼけていた頭が一気に冴え、どうしようかと由依は頭をフル回転させる。
そしてゆっくりと手を伸ばし、その着信に応えようとした。
その時。
「んー…」
横にいた圭介が声を出し、寝返りを打つ。
ハッとした由依は我にかえり、息を止めて微動だにせず、圭介の方を見つめる。
数秒経つと、彼はスーッスーッと寝息をかいた。
由依はほっとして「ハー」と無音で深くため息をつき脱力した。
彼のスマホを見返すと、すでにロック画面になっている。
着信4件。
由依が見ることができたのは、たったそれだけ。
結局、それが平井直人という人物からのものなのか、本当は藤井直子からのものだったのかはわからなかった。
◆
数時間後。
結局由依は眠ることができず、朝起きてきた圭介に尋ねた。
「おはよう。由依、早いね」
「おはよう。目が覚めちゃって。朝方、圭介にいっぱい電話があったけど、大丈夫?仕事?」
寝起きに聞くことで、何か反応が見られるかと思ったのだ。
「あぁ、前の仕事関係の人が数人で飲んでいたみたい。LINEも来てたわ。酔って電話かけたって。俺がハワイにいるの、知らせてなかったから」
冷静なトーンで困ったように笑う彼を見ると、本当のことを言っているようにも見える。
由依は、それ以上追求することをやめた。
昼前になり、身支度をしていると、コーヒーを淹れにきた圭介が言った。
「あれ?今日何かあるんだっけ?」
「前に言ってた、日本人の集まり。今日は子どもたち、よろしくね」
由依が仕事関係の人に、ハワイに短期で滞在することを伝えた時、ハワイ在住の女性を紹介してもらった。
その人に、在住日本人の集まりがあるから来ないか、と誘われているのだ。
「いってらっしゃい」
笑顔で優しく見送る圭介の笑顔に、由依は「やはり勘違いだったのか」と自分に言い聞かせるように呟いた。
◆
ワイキキのレストランの一角で行われたその会には、20代から上は80代くらいまで、総勢30人以上が来ていた。
会場に着くと、40代半ばと思われる女性が、笑顔で出迎えた。
「はじめまして」
挨拶をすると、彼女は「皆さんのこと紹介するわ」と、由依を連れて挨拶に回る。
どうやら順番があるらしく、在住歴の長い年配の人から順々に回っていった。
一通り挨拶を終えると、今度は今日の幹事だという30代後半の女性に呼ばれた。
「そのワイン、向こうのテーブルに持って行って、ついで」
「え、私ですか?」
初対面だというのに、ぶっきらぼうに指図され、驚く。
由依は仕方なく、言われた通りにワインを注いだり、食事を取り分けて離れた席まで持って行ったりした。
動き回っていると、3人の50代くらいの女性たちに声をかけられた。
「最近来られたの?」
「はい、先月来たばかりで…」
すると、1人がおもむろに、カバンから冊子を取り出した。
「これね、ハワイの自然から取れた成分だけで作られた石鹸で…」
つまりは、彼女のやっている事業の宣伝のようだ。
他の女性たちにも「幸せになる講座をやっていて」だの「うちのエステに来てよ」だの誘ってくる。
由依がやんわり断っていると、ある男性が割って入ってきた。
「ほら、デザートが来ましたよ。宣伝は他でやってくださいね」
そう言って、由依の方を見て、驚いた顔をする。
「あれ、もしかして…由依?」
「え!?ワタル?」
なんと彼は、由依の中学時代の同級生だったのだ。
「ウッソ、何年振り?ハワイに住んでたの?」
「同窓会以来だから…10年振りくらい?そうそう、7年ほど前にこっちに引っ越してきて」
由依とワタルは中学時代、一度付き合ったことがある。と言っても、手を繋いだ程度。
その後別々の高校に行き、自然消滅した。
「なぁ、せっかくだし、2人で別の店行こうか」
白い歯を見せて笑うワタルに、由依は若かった頃の感情を思い出し、少しだけドキッとした。
レストランを出た後、2人はワイキキビーチにある『Barefoot Beach Cafe』に移動し、海を見ながら少し話すことにした。
「こんなところで会うなんてな。最近ハワイに来たんだっけ?」
「1ヶ月ほど前。といっても3ヶ月だけの滞在予定だけどね」
するとワタルは、由依の薬指を見て、聞いた。
「結婚したんだな。こっちには家族で?」
「うん、子どもと夫と。ワタルは?もしかして国際結婚?」
由依の問いに、ワタルは首を振った。
「俺はいまだに1人楽しくやってるよ。こっちでEコマースの会社を立ち上げて、日本とハワイを行ったり来たりしてる」
由依の記憶にあるワタルは、部活に明け暮れて授業中に居眠りをしたり、ケラケラと馬鹿話で笑っていた中学生男子。
それなのに、突然大人になって現れ、不思議な感覚に襲われる。
ふと、ワタルが由依を見て微笑んだ。
「由依がもうお母さんなんてな。こんなこと言うのジジくさいけど、月日が経つのって早いな」
ワタルが自分と同じことを考えていたようで、由依は「ふふ」と笑う。
「本当に。よだれ垂らして居眠りして、先生を“お母さん!”て間違えて呼んでたワタルが、社長だなんて。今も仕事中に寝てるんじゃないかって心配だわ」
「よく覚えてるな。これでも、まあまあ成功してるんだからな」
「はいはい」
由依がそっけなく言うと、「信用してないな」とワタルが笑った。
久しぶりの再会だったが、中学時代に戻ったように会話が弾んだ。
しばらくして、ワタルのスマホにメッセージが届く。
「そうだった。俺、これから手伝いに行く予定だった。今日の幹事の人、あの人シンママなんだけどさ、男手が必要だからって」
先ほど、彼女に指図をされたことを思い出し、由依は思わず顔を曇らせる。
「あの人、癖あるだろう?でも、悪い人じゃないんだ。彼女も苦労してんだよ。
本当は日本に帰りたかったらしいけど、現地の元夫との間に子どもがいるから、簡単には帰れなくてさ。ここで1人で子ども育ててるんだ」
「それって“ハーグ条約“?元夫の同意なしに、子どもを国外に連れ出せないっていう」
由依の問いに、ワタルは眉間に皺を寄せてうなずいた。
「国際結婚も楽しいばかりじゃないよな。由依の相手は日本人?だったら、そんな心配いらないだろうけれど…」
その時、由依のスマホが震えた。
由依が確認しようとスマホを取り出すと、その画面を見たワタルが「子どもの写真?」とロック画面を指していった。
「そう。今6歳と10歳なの」
「へぇ。見てもいい?」
由依がスマホを渡すと、ワタルは優しい笑顔で画面を見つめる。
「可愛いな。弟の方は由依似だな。お姉ちゃんの方は…お父さん似?」
「そうかな」
由依は曖昧に笑う。
「じゃあまた、こっちにいる間にご飯でも行こう。由依の家族も一緒に」
「オッケー!じゃあ」
ワタルと別れて車に戻ると、由依はふーっと息を吐いてスマホの画面を見つめた。
Photoアプリを開き、スクロールする。
愛香の写真を見つけ、顔をアップにした。
「やっぱり、愛香は母親似なのかな…」
その時、圭介から電話がかかってきた。電話口に出たのは、愛香だ。
「ママー?お父さんが夕飯食べに行く?って」
「わかった、すぐに帰るね」
電話を切り、もう一度先ほど見ていた愛香の写真を確認する。
最近ますます圭介の要素が薄れ、違う顔つきになってきた。
愛香は、圭介と前妻の間にできた子なのだ。
そしてそのことを、愛香自身はまだ知らない。
由依は車の窓を開けると、生暖かい潮風を感じながら、家族の待つ家へと向かった。
▶前回:23時、夫の携帯に着信が…。男の名前が表示されているが、女が怪しいと思ったワケ
▶1話目はこちら:親子留学も兼ねてハワイに滞在。旅行気分で浮かれていた妻が直面した現実とは
▶︎NEXT:4月23日 日曜更新予定
由依の家に突然ある人が訪ねてきて…