東京に行って、誰もがうらやむ幸せを手に入れる。

双子の姉・倉本桜は、そんな小さな野望を抱いて大学進学とともに東京に出てきたが、うまくいかない東京生活に疲れ切ってしまい…。

対して双子の妹・倉本葵は、生まれてからずっと静岡県浜松市暮らし。でもなんだか最近、地方の生活がとても窮屈に感じてしまうのだ。

そんなふたりは、お互いに人生をリセットするために「交換生活」を始めることに。

暮らしを変えるとどんな景色が見えるのだろう?

29歳の桜と葵が、選ぶ人生の道とは――。

◆これまでのあらすじ

桜は、東京生活に疲れ切ってしまい、地元浜松に戻ってきた。久しぶりに再会した高校時代の元彼・優馬と、その友達のマサキ、両方から好意を寄せられるが…。

▶前回:29歳女が、恵比寿でマッチングアプリの初デート!2軒目で連れていかれた意外な場所とは




Episode05:倉本桜@静岡。田舎のコミュニティーはやっぱり狭い。


「俺、高校のときは地元のクラブユースにいたんだよね。わかる?桜ちゃんはサッカーに興味ない?」
「そんなことないよ。去年のW杯、夜中の試合も頑張って起きてたし」

地元浜松での一人暮らしを始めて、1週間が経ったある夜のこと。

私はベッドに寝転がりながら、スマホをスピーカーにして通話している。

初日にあれだけ使うのをためらっていた他人のベッドなのに、もう慣れてしまった。これだから人間は怖い。

「…って、もう24時だね。そろそろ寝ようかな」

電話の相手は、マサキだ。

先日、結衣と優馬と飲んだ日の帰りに出会い、連絡先を交換した相手。

LINEのやりとりしかしない優馬と違って、マサキは頻繁に電話をかけてくる。

東京で素性の知らない男と電話するよりは安心感があるし、浜松での生活に慣れ始めた日々の、適度なスパイスにもなっている。

「ねぇ、桜ちゃん。よかったら次の土曜日、昼から会わん?」

おやすみを言って電話を切ろうした時、マサキは私をデートに誘った。


マサキと約束した土曜日のデート終盤、マサキの車で家まで送ってもらいながら私はなんとも言えない気持ちになっていた。

「桜ちゃん今日はありがとね」
「こちらこそありがとう!楽しかったね」




今日のデート内容は、ショッピングモールで映画を見て、フードコートでランチ。その後、なんとなく服や雑貨のショップを流し見て終了した。

まるで高校生のデートだ。

港区在住の男にこのデートコースを提案されたら絶句する。いや、港区の男じゃなくても嫌だ。

そのせいもあって、マサキのことは友達以上には見られなかった。

それを彼も気づいていたのか、それとも私と同じ気持ちだったのか…マサキからの連絡はいつの間にか途絶えた。

私だって、18歳まではマサキとしたようなデートしか知らなかったし、それが普通のことで、何も違和感がなかった。

“東京を知っている”ということは、時にものすごく残酷だ。


一方、優馬とのデートは…


それから数日後の夜。私は、優馬に誘われて浜松駅前、通称”街”に来ていた。

「せっかく浜松にいるのだから、うなぎをつまみに静岡の日本酒が飲みたい」と言ったら、優馬は少し困っていた。

浜松に住んでいるからといって頻繁にうなぎは食べないし、周りの友達もグルメではないから、店に詳しくないらしい。

私は食が細いこともあるので、本当に満足できる美味しいものだけでお腹を満たしたい。

「好きな人とならコンビニのゴハンでもいい」などと言っている人がいるが、私はそうは思わない。好きな人とこそ、美味しいものを食べたいのだ。

それが叶わないのなら、食ではなく“相手”を変える。だから私は、東京で経営者と高くて美味しいものを食べていた。

できることなら、優馬にも私の考えをわかってほしいけど…。

大人になって住む環境が違えば、価値観も変わるのも仕方ないし、私も自分の価値観を押し付けたくない。

結局私が“うなぎを食べながら日本酒が飲めるお店”を探して、優馬に提案した。




「ねぇ、マサキくんから私のこと何か聞いてる?」

うなぎの白焼きと、磯自慢を注文してから優馬に聞いてみた。

「いや、なんも。なんかあったの?」
「向こうからグイグイ来てたのに、急に連絡こなくなっちゃって」

私が言うと、優馬は慌てながら答えた。

「あ!もしかして、あれかな…桜が俺の元カノだって話しちゃったから」

― あぁ。原因は、それか。

原因がわかって、ホッとした。確かに、私だって友達が手をつけた男とは付き合いたくない。

私は付き合う前の男に、理由もなくフェードアウトされるのが一番嫌いだ。なぜなら、それをされた後は、必ず自信を失くすから。

だから理由がわかってよかった。

「桜、もしかしてマサキのこと気になってた?」
「ううん。そんなんじゃないけど」
「そっか。よかった」

― ん?今、よかったって言った?聞き間違い?

でも確実に、優馬の表情はさっきよりも明るくなっている。




私たちは高2の終わりから、卒業まで付き合っていた。

4月から始まる東京でのキラキラな大学生活を期待して、なんとなく別れにもっていったのは私だ。

でも、本当は優馬にすがってほしかったし、遠距離になってもいいから彼女でいてほしいとか、そんな言葉が欲しかった。

でも、彼はこちらが拍子抜けするくらい、アッサリと私との別れを受け入れた。

彼なりのプライドもあったのだと思うが、私は彼にムカついて、離れてからは一切連絡を取っていなかった。

それなのに、浜松に帰ってきた初日に再会し、今こうやって普通にお酒を飲む関係になるなんて――。人生何が起こるかわからない。

「来週末、どっか車で出掛けようか」
「ららぽとか、サンストとかやめてね。豊洲に住んでる夫婦じゃないんだから」

私が言うと、優馬は「なんで?」という顔をしている。

「せめて、フルーツパークとか、竜ヶ岩洞。それか…浜松城?あ!パルパルとかなら面白いかも。インスタにも載せられるし」




「あははっ。なんだよそれ。まるで小学生の遠足だな」
「ショッピングモールデートよりマシでしょ」

優馬はケタケタと笑っている。この、お互いがお互いを小バカにする感じがなんだか懐かしい。

そんなふうに思っていると、優馬が言う。

「でも、俺も何年も行ってないからアリかも。どこにしよっか」

私を見つめながら優しく笑うので、思わずドキッとしてしまった。

「葵に感謝だな。桜とまたこうやって酒飲んで話せるなんて、思ってなかったから」
「うん。そうだね」

― なんだか、いい雰囲気…。

そう思いながら、お猪口に残った日本酒を飲み干した、次の瞬間だった。

「え〜!偶然〜〜〜!優馬じゃん」

5〜6人の男女が、店内に入ってきた。その中には、見覚えのある顔もチラホラいる。

― たしか高校の同級生たち…だよね。

私と仲が良かった子はひとりもいないので、確信はないが、恐らくそうだ。

彼らは自分たちの席に向かわず、私たちにあたりまえのように話しかけてきた。

「優馬、彼女と別れてすぐ次の女け?さすが!」
「ん?葵…じゃないね。もしかして桜ちゃんの方?やば!なんで!?なんでいるの?」

そう私に話しかけた彼女の名前が、出てこない。

こちらが覚えていなくても、双子は目立つから相手は覚えているのだろう。




「久しぶり。ちょっと用があって、浜松に帰ってきてるの」

私は、苦笑いしながらテキトーに答える。

気を利かせて早く去ってほしいのに、彼らはまだここで立ち話がしたいようだ。

― このノリ、無理。

“空気を読む”とか、“遠慮する”というものが、この人たちには欠落しているらしい。

全員ガサツだし、女子はみんな髪が明るく、ギャルメイクを引きずっているのも痛い。

楽しかったはずの食事に水を差され、私のテンションは急降下した。

「そういえば、優馬と桜ちゃんって、昔付き合ってたよな。…え!もしかして、そういうこと?元サヤ的な」
「はぁ。めんどくさいから、もうあっち行けよ。ほら」

優馬が笑顔で強めな言葉を吐く時は、相当イラついているときだ。

― そうだそうだ。早くどこかに行ってください。

私は心の中でつぶやく。そのおかげか、同級生たちは奥の席に消えていった。

「やっぱり、狭いよ。浜松は」
「そうだな…」

結局ここにこれ以上いるのも嫌になり、私たちは会計を済ませ外に出た。

どこの地方もそうだろうが、浜松の繁華街は駅周辺だけだ。

銀座、新橋、六本木、麻布、恵比寿、渋谷…選択肢が山ほどある東京とは違う。

だから知り合いに会う確率も、もちろん東京より必然的に高くなる。

仲間意識が高く、いつまで経っても学生時代の友達とつるんでいるのも田舎の特徴だ。

東京に染まってしまった私には、それが少しわずらわしく感じてしまった。

でも、優馬とお酒を飲んでいる時間が楽しかったのも事実だ。下心を隠しながら、変に褒めちぎってくる都会の男との食事より心地よかった。

地元が落ち着くと感じたり、やっぱり東京がいいと思ったり…1日の中でも忙しなく感情が揺れ動く。

「桜…俺、謝らないといけないことがあって」
「なに?」

私が聞くと、優馬は足を止めた。

「マサキのこと…俺が言ったんだ。桜と連絡取るのをやめてほしいって」

― えっ…!?

「それと、あいつらに言われてつい否定しちゃったけど、桜のこと今もちゃんと女性として見てるから」

自惚れないようにと気をつけていた私も、さすがに気づいた。

優馬が、大人になった私のことをまた好きになってくれていることに。

久しく味わってこなかった感情が、胸いっぱいにあふれる。

それは、東京でのインスタントな出会いを繰り返しているときには感じられなかった、リアルでエモーショナルなやつだった。

私はこの時、交換生活に期限があることをすっかり忘れていた。

▶前回:29歳女が、恵比寿でマッチングアプリの初デート!2軒目で連れていかれた意外な場所とは

▶1話目はこちら:婚活に疲れ果てた29歳女。年上経営者からもらうエルメスと引き換えに失った、上京当時の夢

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葵のストーリー:東京にいる葵は、意外にもマッチングアプリを使いこなし…