50組以上のアーティストが集結した日本最大級のヒップホップフェスティバル「THE HOPE」が、10月23日(日)東京・国立代々木第一体育館で開催された。書籍『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』が話題の文筆家・ライター、つやちゃんによるレポートをお届けする。

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「多様な地域性」によるバラエティ豊かなステージ

いちラッパーにつき約15分の持ち時間で、大勢の期待のHOPEから大御所まで、次から次にステージを展開し目まぐるしいまでの国内ヒップホップの「いま」を伝える――。日本最大級のヒップホップイベント「THE HOPE」は、それぞれが熱気あふれる舞台を見せ、途中TOKONA-Xのステージ(DJ RYOW "TOKONA-X tribute set")では般若、Zeebra、R-指定のサプライズ出演もあり大盛況で幕を閉じた。


DJ RYOW "TOKONA-X tribute set"

時間を巻き戻そう。数カ月前に「THE HOPE」の開催が発表された際、主にヘッドライナークラスを中心とした出演ラインナップの既視感が指摘された。確かに、BIM、そして\ellow BucksからAwich、BAD HOPといった顔ぶれは、5月に開催された「POP YOURS」をはじめいくつかのフェスと一部重複している。急増する国内ヒップホップイベントの大物アクトの顔ぶれをいかに多彩にしていくかについては、今後議論の余地があるだろう。しかし、もう少し細部を見渡してみると、「THE HOPE」は他にはない明らかな固有のカラーを有していたことにも気づくはずだ。

まず、客層の面から紐解いてみる。この日、代々木第一体育館に集まった観客は恐らくほとんどが10〜20代前半のユース層で、男性が多くを占める通常のヒップホップイベントと比べて女性が非常に多かった。大半が露出度の高いY2Kコーデだったが、とは言えhyperpop寄りのヒップホップイベントに多いゴスやロックのムードはあまり見られない。「THE HOPE」のラインナップは、AK-69や、彼とも親交が深いANARCHYをリスペクトしコラボしている陣容――\ellow Bucks、DJ RYOW、C.O.S.A.、Jin Dogg、Deep Leaf、Eric.B.Jrなど――で固められている。いわば、名古屋系〜関西系ギャングスタラップに集うリスナーたちがまずメインの層なのだ。もちろん、ここにTOKONA-Xも連なる。


\ellow Bucks


DJ RYOW


Jin Dogg


Deep Leaf


Eric.B.Jr

もう一つの層は、当日ABEMAでもイベントが放映されていたことからも分かる通り、近年国内ヒップホップにおいて大きな潮流となりつつある「ラップスタア誕生!」の文脈から流入したリスナーたち。もちろん一部は前述のAK-69やANARCHYのリスナーと被るところもあるだろうが、もう少しニュートラルに、それこそYZERR(BAD HOP)やAwichをはじめとしたヒップホップのカッコよさに惚れて入ってきたリスナーが多いだろう。事実、この日のラインナップには歴代の「ラップスタア誕生!」の出演者――\ellow Bucks、Tohji、ralph、eyden、CYBER RUI、Fuji Taito、EASTA、ShowyRENZOなど――が多く名を連ね、知名度に関わらず彼ら彼女らは大きな声援を浴びていた。


eyden


CYBER RUI


Fuji Taito


EASTA


ShowyRENZO

以上の2層が織りなす会場の雰囲気は、アリーナ中央にVIPソファ席が何台も設置されボトルが次々に運ばれてくるという、いわばヒップホップゲームを資本主義とともに成りあがっていくことを目指す者たちによって異様な空気が育まれていた。現状、国内のヒップホップで最大のボリュームゾーンがこの層であり、「THE HOPE」はフェスとして明確に中央のポジションを狙いにきたというわけである。

この2層が中心となってイベントを開催するとどのようなことが起こるのか? まず興味深かったのは、「多様な地域性」によるバラエティ豊かなステージ。AK-69とANARCHY、さらにはそこにBAD HOPを加えることで、東海地方、近畿地方、そして川崎(神奈川)のギャングスタ系を中心としたラッパーがずらりと揃うことになる。例えば、BAD HOPと関係が深いOnly Grizzly FamilyのCandeeはその一例。さらに、「ラップスタア誕生!」の出演者は全国各地から参加していることを忘れてはならない。群馬のFuji Taitoから奈良のEASTA、そして横浜のニュータウン出身のTohjiまで、彼らが集まることで国内各地のバラエティに富んだラッパーを見せることができるのだ。それらに加えて、静岡のElle Teresaに福岡のDADAやDeep Leaf、スペシャルゲストで登場したKANDYTOWNを中心とした東京のシーンまで、まさに各地域の見本市ともいうべきゲストが揃っていた。


BAD HOP


Candee


Elle Teresa


DADA


KANDYTOWN

無形の財産を捉え直す「レペゼン」の本質

多様な地域性という切り口の元で起こった、この日の重要な場面を2つ記しておこう。一つが、ralphのステージ。「レジェンドがいたから、今までリスペクト横浜と言えずフロム横浜と言っていた。でもMighty Crownが活動休止するし、いよいよじゃあ次誰なんだよ」と告げた彼は、OZROSAURS「AREA AREA」をサンプリングし「約何年経ったろう」「あの豪華客船のよう coast to coast 響かす土地の色」とつなげ、豪華客船ライブが話題のMighty Crownに触れる。Drillの凶暴なビートと得意の咆哮ヴォイスでまくしたてるようにラップすることで、彼は先人に言及しながら「レペゼン」というヒップホップの重要なテーマを料理していた。これは、多様な地域性の中でもヒップホップからレゲエに至るまで非常に大きな歴史を背負う横浜という街、そこから頂点を狙おうとしているralphに誰もが認める実力が備わっているからこそ実現できる芸当だろう。


ralph

もう一点、愛知出身のC.O.S.A.が「名古屋と横浜が昔から仲良いって知ってんだろ?」と告げ、ralphを呼び「POP KILLERS」を共演した場面にも触れたい。TOKONA-XやM.O.S.A.D.とMACCHOのコラボをはじめ、先人が築き上げてきた地域性の絡み合いに対し、C.O.S.A.は明瞭な発音で次のようにラップした。「少年のC.O.S.A.憧れたラッパー/ほとんど見る影もねえが/俺を見てきたんだお前は/当然俺より高く飛べるさ/そう言ったAnarchy/いまだに手の届かない存在のまんま」。


C.O.S.A.

地元をレペゼンするということ――それは、自らが根を張る土地と先人たちの偉業が織りなす無形の財産を捉え直すことであり、一方で次の世代に対してそれらを無形のまま伝えていくという行為である。この日AK-69のステージにおいて、彼は今回のフェス「THE HOPE」という名称に込められた思いとエピソードを語っていた。「TOKONA-XはHOPEの煙草が好きだった。今でも俺は彼の墓にHOPEを持っていく」と。これは、まさに煙草の煙のような不確かで無形のものが土地を通して繋がっていくさまを表している。だからこそ、AK-69は「START IT AGAIN」を歌うのだ。「一度燃え尽きようとも/再起不能でも/こいつの火は消えない」というリリック。会場は沸き、盛り上がるほかない。


AK-69

ANARCHYにも触れたい。なぜなら、エモーションあふれるMCと熱のこもった楽曲が結びつき、大きな感動を呼び起こしていたからだ。ビーフ仲にあったRYKEYDADDYDIRTYに対し謝罪とラブコールを贈った直後の「DAYDREAM」の流麗なイントロに会場は多幸感に包まれ、その後「ヒップホップって何? B-BOYって何? この前言われたよ、Deep Leafに。分からない。このシーンが良くなるためにずっと考えてる」という自問自答から「分からないならすぐ隣の奴らに訊け。俺なら訊くよ、教えてよリサ」と「Lisa」につなぐ抜群の運びに唸った。


ANARCHY

強者たちが発する、十人十色の価値観とメッセージ

他にも印象に残ったアクトを挙げていくときりがないが、特に心に残った3つのステージを紹介したい。まずはRed Eye。「若いやつがカマさないとどのシーンも廃れていく」というMCから始まり、自慢のレゲエ・ライクなフロウを駆使しながらインパクトある歌唱で会場の空気を掌握していく。「CBD」にも盛り上がったが、その後の「悪党の詩 REMIX」には皆が打ちのめされていた。「ケミカルは二人でやめようか/これは父と交わした約束/新聞やTVでは映らない/日本のリアルはここにある」というラインを強調し、今のギャングスタラップが見つめる真実を切り取っていく。


Red Eye

その点では、Young CocoのMCと曲にも同様の政治性を見た。彼は突然、次のようなMCを披露したのだ。「お金で買えないものがある。戦争とか始まってるの知ってる? 台湾から攻められちゃったりして。やばいかもよ。今横にいる人と高い壁乗り越えられる奴、拍手ください」――。この流れで歌われたのは「Yea」である。「金を持ってもYeah/金を持っても/お金を持ってても/あの人寂しそう/あの人寂しそうYeah/あの人はいい人あの人悪い人/この目で見たけどあくまで俺の想像Yeah/雨上がり日が照らす/月明かり夜を照らす/Bad mind要らないanymore」というリリック。ANARCHYが切り拓いたゲットーという地平を、同じ関西のこのラッパーは「Bad mind要らない」と歌い、AK-69が掲げる新自由主義的な価値観への肯定に対し「お金を持っててもあの人寂しそう」と歌う。今の時代の局面を、Young Cocoは横にいる人との連帯で乗り越えていこうと提案していたのだ。


Young Coco

自らがヒーローとして、「世界中を股にかけたい」と叫ぶのはTohji。「ラップスタア誕生!」出身というのがもはや遠い昔に思えるくらいに、最近の彼は異次元に突入している。アルバム『t-mix』のトーンそのまま、狂騒的なトランスのノリをふんだんに駆使しながら会場を別世界に連れて行くステージは至高の体験であり、「THE HOPE」のカラーからは浮いていたかもしれないが、間違いなくヒップホップの新たな一面を打ち出すことに成功していた。ギャングスタラップ寄りの価値観が集うフェスの中でも、こういった独自の方向性を打ち出すラッパーがいるのは素晴らしいことだろう。


Tohji

今回熱狂的かつ真摯なステージを多く目撃したことで、私は「THE HOPE」のフェスとしての方向性を理解することができた。ギャングスタやゲットーという、日本のヒップホップにもはや欠かせないテーマが形を変えつつも今のシーンに強力に息づいている事実を目の当たりにし、次の可能性を感じることも叶った。多様な地域性や、さらにラッパーだけに留まらないDJのステージも目立っていた。それら方向性のもと、もうひとつの可能性の幅として、抜群のステージを見せてくれるだろう女性のラッパーを数名提案したい。なぜなら、このフェスのカルチャーに親和性が高く、さらに彼らが大切にしている”フッド”や”レペゼン”というテーマからラッパーとしてのアイデンティティを立ち上げている女性ラッパーは多く存在しているからである。

東海にはTOKONA-Xと交流があったANTY the KUNOICHIが、現役で今年アルバムを出したばかり。最近の勢いでは岐阜のMaRIも外せない。近畿からは大門弥生と7を推したい。横浜からはもちろんSIMI LABのMARIA。フェスが掲げている方向性を鋭く批評する存在としては、麻凛亜女、Henny K、Tomiko Wasabiを呼び話題の「V.A.N.I.L.L.A.」を披露してもらうのも良いだろう。多くのヒップホップフェスが生まれる中で、それぞれが独自性を打ち出していかねばならない時期に来ている。一つひとつの集客を考えると、無責任にヒップホップの多様性をおしつけるのも無理がある。ただ、各領域の中で、奥行きを深めていくためのヒントはまだまだ眠っているはずだ。初開催で熱狂を生んだ「THE HOPE」の、今後の進化に期待したい。

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「THE HOPE」公式サイト:https://the-hope.jp/