先日、婚約したばかりの女が調子に乗って…。彼氏に内緒で出没していた“ありえない場所”とは
今となっては昔のことですが、港区に沙羅という女が生息していました。
「今夜、食事会あるんだけどどう？」と言われれば飛び入り参加して、必死に“彼氏候補”を探したものでした。
ある日、ようやく彼氏ができて食事会に行かなくなりましたが、その彼にも…。
残念に思って2年半ぶりに港区へ近寄ってみると、そこには以前と全く別の世界が広がっていたのです。
▶︎前回：飲み会の最中、いきなりアラサー女に詰め寄って…。その場を凍らせた、26歳港区女子の発言とは
夜景が見えるレストランで裕二と食事していると、デザートが運ばれてきた。
しかもデザートプレートの上には、キラリと光り輝くダイヤつきの指輪が載っている。
驚いて正面を見ると、いつの間にか彼は大きなバラの花束を抱えていた。涙が溢れてきて、前がよく見えない。
「沙羅、結婚してほしい」
「も、もちろん…！」
幸せすぎて、胸が張り裂けそうだ。周囲の祝福と羨望が混ざった眼差しを一心に受け、涙を拭きながら彼に指輪をはめてもらう。
2カラットはありそうな大きなダイヤ。まさに私の、理想のプロポーズだ。
「あれ…？」
でも、指輪が入らない。何度もトライするけれど入らず、指輪がコロンと床に落ちた。
「いやっ、ダメ…！！」
慌てて拾おうとしたところで、思いっきり床に頭をぶつけて目が覚めた。
「なんだ、夢か…」
すごくリアルなのに、絶対に叶わない夢。…余計に悲しくなってくる。私の左手薬指には、もちろん何もついていない。
大きなダイヤの指輪も、憧れのレストランで夢のようなプロポーズも。すべて儚い夢でしかないのだ。
明け方に目が覚めてしまったので、若干眠たい。だが美穂とランチの約束をしていたので、眠い目をこすりながら外へ出た。
「はぁ…」
「ちょっと、何ため息ついてんのよ」
娘の凛ちゃんは保育園に行っていて、今日は美穂1人だ。彼女はあからさまに落ち込んでいる私の背中を、バシバシと叩いてくる。
「なんか、超リアルなプロポーズの夢を見ちゃって。でもいつになったら、現実世界でそんな瞬間が訪れるのかなぁと思うと、悲しくなってきたよ」
「ふーん。でも正夢になる可能性もあるし、いい流れなんじゃない？」
私の話なんて興味なさそうな美穂の左手薬指には、大きなダイヤがついたエンゲージリングと、フルエタニティのマリッジリングが輝いている。
「いいなあ、美穂は。そんな素敵な指輪もらえて」
「沙羅もそのうち、でしょ。しかしこの前のお誕生日会は、ビックリしちゃった…。最近の港区って、あんなジメッとしてるの？前はもっとオープンで、バカみたいだけど楽しかったのに」
美穂が言っているのは、先日の誕生日会で年下の萌ちゃんから受けたマウンティングのことだろう。
「この2年間で、価値観も変われば人も変わるんだね…」
以前は、わかりやすい物質的なことに価値があった。
ダイヤの大きさで結婚相手のランクがわかる。だから女性陣はこぞって大きなダイヤの婚約指輪を望み、それを誇示した。
持っているバッグの値段や、居住エリア。もはや住んでいるマンションの名前で、その人がどのくらいのレベルなのかがわかる。
住んでいる場所は、プライド的にとても大事だったのだ。
「ちなみに、このあとも飲み会なんだよね」
実は今夜、萌ちゃんの友達が主催するお食事会があるのだ。彼女は美玲ちゃんといい、以前別の会で顔を合わせたことがある。
「あの嫌味ったらしい、萌って子が主催なの？」
「まぁ、近からず遠からず…。とりあえず、社会勉強だと思って行ってきます」
「沙羅が傷つかないならいいけどさ。また報告待ってるね」
しかしこの夜も、私は2022年バージョンの“港区の洗礼”を、しっかり受けることになったのだ…。
◆
美玲ちゃんが主催してくれた食事会は、男女4人ずつの会だった。
「女性陣はお店の外で待ち合わせて、みんなで行きましょう」ということで店前で待っていると、美玲ちゃんたちがやって来た。
黒髪ストレートで、ふわっとした雰囲気の彼女たち。
可愛らしさはあるけれど、派手さはないな…。そんなことを思っていると、美玲ちゃんがシレッとこんなことを言い始めた。
「ちなみに、こちらの里奈ちゃんは先日婚約したばかりで。でも今日は彼氏募集中っていう設定なので、沙羅さんも話を合わせてくださいね♡」
消えた“港区竜宮城”
美玲ちゃんの言葉に、私は思わずのけ反ってしまった。
「えっ婚約！？こんなところ、来ていいの？」
「はい。いい人がいるかもしれないので」
「はぁ…」
私の考え方が古いのだろうか。何より驚いたのは、彼女が全く“したたかそうな子”に見えないことだった。
ネイルもメイクも派手ではないし、持っているバッグもブランド物なんかじゃない。一見質素で、どこにでもいそうな普通の女の子に見える。
― それでも、こうやって港区最前線で遊ぶんだ。
不思議な気持ちに包まれたまま、とりあえず食事会が始まった。
この日も特にドラマなどなく、平和な会だった。けれども結婚の話題になったとき、耳を疑うようなことを聞いてしまったのだ。
「里奈ちゃんは、どういう人と結婚したいの？」
男性の1人にそう問われ、里奈ちゃんは笑顔でこう答える。
「そうですね〜。ちゃんと仕事してくれてる人、かな」
「そんなの世の中の人、ほぼそうでしょ（笑）」
「すごくお金持ちの人って、浮気もするし大変そうじゃないですか。リスクも高いし…。だから別に大金持ちじゃなくてもいいんです。それなりの暮らしができれば。指輪とかもいらないしなぁ」
― え？大きなダイヤ付きの指輪、欲しくないの！？なんで？
そんなことを心の中で唱えていると、他の女の子も同じようなことを言い始めた。
「あと指輪を仮にもらえたとしても、箱付きでSNSにアップはしないな」
「間違いない（笑）」
なぜ女性陣がクスクス笑っているのか、もはや私には理解不能だった。
数年前まで、プロポーズされたらInstagramに“ご報告”を載せるのがお決まりだったのに。そして「いかに大きな石がついた素敵な指輪をもらったか」を見せびらかすのが、当たり前だったはずだ。
でも最近、そんなことは流行っていないようだ。
「プ、プロポーズに対するこだわりとかはないの？」
そう話に割って入るものの、他の女子3人は揃って冷めている。
「別に。特にこだわりはないかな…」
「うん。プロポーズにお金かけるくらいなら、その後の生活費とか投資に回してほしい」
竜宮城のように楽しくて、永遠の夢を見させてくれた港区はどこへ行ってしまったのだろうか。現実主義者が多くなり、ちゃんと地に足がついている子ばかりだ。
― 港区の竜宮城は、本当に海の奥底へ沈んでしまったのかな。
以前この界隈に蔓延っていた港区女子は、これ見よがしにブランドバッグやジュエリー、わかりやすいブランドの靴を買い漁った。
将来のことなんて考えず、永遠にこの状況が続くとどこかで信じていたから。
でも最近の子はとても現実的で、見栄のためにお金は使わない。美玲ちゃんたちはそんな暇があったら、ちゃんと貯金するか投資に回しているのだ。
だから一見、遊んでいそうに見えない。でも本当は虎視眈々と、密かにステップアップを狙っている。
「若さの賞味期限なんて、短いから。だから早めに結婚して、安定した暮らしを手に入れたいんです」
堅実で賢い20代の子たちに、私はただただ頭が下がる思いだった。
― なんて、現実をちゃんと見れているんだろう。
でもどうしてだろうか。一昔前の、ちょっとおバカで「宵越しの金は持たない！」とみんなが豪語していた時代が、少し懐かしくもなった。
▶︎前回：飲み会の最中、いきなりアラサー女に詰め寄って…。その場を凍らせた、26歳港区女子の発言とは
▶1話目はこちら：同棲中の彼にフラれ、婚活市場へと舞い戻った33歳女。そこで直面した残酷な現実とは
▶NEXT：9月12日 月曜更新予定
シンデレラタイムの変化についていけず…。
