アキュラの主力モデルであるSUVの「RDX」(写真:ACURA)

ホンダは2022年4月、ホンダと広州汽車の合弁会社である「広汽ホンダ」で生産する高級車ブランド「アキュラ(謳歌)」の生産・販売を2023年に停止すると発表した。

2020年に撤退した欧米大手自動車メーカーのステランティス傘下の高級車ブランド、DSに続き、コロナ禍となって中国から撤退した高級車ブランドの第2号となる。


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2016年に中国で生産を開始したアキュラ車の販売台数は、2017年に前年比80.4%増の1万6348台となったものの、新車投入の遅れやブランド認知度の低下などにより、2021年には6600台にまで落ち込んでおり、生産撤退を余儀なくされた格好だ。

中国政府が感染防止対策で講じた「ゼロコロナ政策」が、外出制限が敷かれた都市部での新車市場を直撃した一方、中国国内の高級車市場は依然として好調が続いている。高級車ブランドの販売台数は、2021年に前年比20.7%増の347万台に達し、2015年の約2倍まで膨らんでいるのだ。

2015年に6.1%だった乗用車市場に占める高級車のシェアは、2022年1〜6月には16.4%へと大きく上昇している。しかし、急激にBEVシフトが進む中、最新の技術を搭載する高級BEVが登場したことにより、高級車市場におけるガソリン車ブランドとBEVブランドの動きは対称的で明暗がわかれており、中国高級車市場には変化が生じている。

BBA(BMW、Benz、Audi)の強さ

1つめの変化は、ドイツ系3社の値下げ戦略だ。中国の高級車市場では、早い時期に現地生産を行い、富裕層に浸透し続けている「BBA」(BMW、Benz、Audiの頭文字)のドイツ系3社は、ブランド力で他社ブランドを圧倒している。

200万台超の生産能力を形成するこの3社は、基幹部品も輸入から現地生産に切り替え、一層のコスト削減を実現させた。たとえば、アウディの車両平均価格は、2021年に32.5万元まで下がり、レクサスの平均価格より16%安くなっている。

そうした結果、ドイツ系ブランドは、大衆車ブランドの購入層の一部をハイエンド車にシフトさせることに成功した。

また、その流れにキャデラック(アメリカ)やボルボ(スウェーデン)も追随し、高級車市場の競争が激しさを増している。

しかし、2022年1〜6月の販売台数を見ると、メルセデス・ベンツとBMWの販売台数はともに前年同期比19%減。アウディも24%減となり、高級車市場に占める3社のシェアは、2018年の70%から、2022年1〜6月は61%へと減少している。

2つめの変化は、高級BEVブランドの好調だ。ファーストカー向けのガソリンエンジン車の販売台数が減っている中で、その減少分を埋めるために高級車販売のさらなる増加が期待され、各社はBEVの投入で需要の取り込みを図ろうとしている。

高級車市場に変化をもたらしたが、大都市における「中大型・高級BEVブーム」だ。その火付け役はアメリカのテスラで、上海市の自社工場「ギガファクトリー3」で2020年からセダンの「モデル3」を、2021年にはSUVの「モデルY」の生産を開始し、販売を伸ばしている。


テスラ「モデル3」(写真:Tesla)

テスラは、ギガファクトリー3の生産能力を2021年の45万台から2023年には100万台に引き上げるという。

また、生産コストの約4割を占める車載電池を中国の電池最大手CATL製「リン酸鉄電池」に置き換えることで、驚愕の値下げが可能となり、ドイツ系高級BEVと競合する武器となる。

中国の新興メーカーも高級BEV市場に参入

2022年3月に「ET7」を投入した蔚来汽車(NIO)に続き、理想汽車(Li Auto)は2022年6月21日、小売価格45.98万元のレンジエクステンダー式(R-EV)の高級SUV「理想L9」を発表。小鵬汽車(Xpeng)も大型SUV「G9」を8月に発売開始する予定だ。


NIO「ET7」(筆者撮影)

これら中国の代表的な新興メーカー3社が投入したフラッグシップの位置づけの電動車両は、いずれもソフトウェアと通信機器を搭載し、自動運転やエンターテインメントなどの機能を使いやすくした“コネクテッド・スマートカー”だ。

当然、ドイツ系メーカーもそろってBEVを発売し、既存ユーザーの電動化ニーズへの対応を急いでいる。ダイムラーは、今年4月、吉利汽車と合弁で西安市に年産能力30万台のBEV工場を稼働させ、小型EV「Smart #1」の予約受注を開始した。

メルセデス・ベンツを生産する北京ベンツ(ダイムラーと北京汽車の合弁会社)は、2021年末に車載電池を生産する新ラインを稼働させ、2022年6月には次世代BEVプラットフォームをベースにした「EQE」を同社400万台目の車両としてラインオフし、電動化戦略の加速を大いにアピールした。

同月23日には、BMWの中国合弁会社である華晨BMWが、iFACTORY生産基準を採用するスマート工場(瀋陽里達工場)の稼働を開始し、「3シリーズ」ベースとするEV「i3」などを生産する。BMWは、2023年末までに中国で13のBEVモデルを投入し、2025年末までには中国で新車販売の25%をBEVにする方針を示した。


BMWのBEV専用SUV「iX」(筆者撮影)

またその翌週、フォルクスワーゲン傘下のアウディは、中国第一汽車との合弁で年間15万台の生産能力を持つ新工場の建設をスタート。セダンの「A6 e-tron」やSUVの「Q6 e-tron」などを生産する予定となっている。

2021年に「Vorsprung 2030」戦略を打ち出したアウディは、2026年から「BEVのみを販売する」と宣言し、拡大する中国のBEV高級車市場に力を入れている。

キャデラックも初のBEV「Lyriq」を投入

2013年以降、キャデラックやボルボなどを含めた欧米ブランドが中国生産を開始し、それぞれの個性で消費者を魅了し、ファンを獲得している。しかし、GM(ゼネラルモーターズ)の上海合弁工場で生産するキャデラックは、コストパフォーマンスのよさから2018年には22.8万台に達したものの、その後は伸び悩んでおり、2022年1〜6月の販売台数は5.5万台と、前年比50%減となった。

そこでGMは、2022年6月6日にキャデラック初となるBEVである「Lyriq」の受注を開始し、高級BEV市場での挽回を図ろうとしている。またボルボも、2020年に傘下の高級BEVブランド「ポールスター」の生産を中国で開始。富裕層をターゲットにする。

全車が輸入となるレクサスは、ハイブリット車(HEV)の低燃費効果と高い技術力を幅広い消費者層に訴求。


フラッグシップのレクサス「LS」(筆者撮影)

これにより、競争が激しい中国の高級車市場で好調を維持している。2021年の販売台数は22.6万台に達し、そのうちHEVが全体の3分の1を占めた。

ただし、昨今は半導体やコロナ禍による部品不足の影響も大きく、2022年1〜6月の販売台数は33.4%減の8万7300台となっている。同じく輸入車となるポルシェ(ドイツ)も好調を維持しており、2021年の販売台数は現地生産を行うジャガーランドローバー(イギリス)に接近した。

一方、中国で現地生産する日産の高級ブランド、インフィニティはレクサスより3割ほど安価であるものの、2021年は前年比46%減の1万3500台となり、ピークであった2017年のわずか3割まで落ち込んだ。


中国でも生産されるインフィニティ「QX60」(写真:日産自動車)

販売台数の低迷は、ディーラーの販促意欲に影響を与え、販売網の縮小も余儀なくされた。2021年末時点の拠点数を見ると、所得の高い中国東部地域では、ドイツ系3ブランドが計750店舗以上であるのに対し、レクサスは約160店舗、インフィニティはおよそ70店舗にすぎない。

インフィニティは販売車種が少なく、電動車両の投入も遅れている。このままいけば、“ニッチな高級車ブランド”とのレッテルを貼られる恐れもあるだろう。

厳しくなる競争に日系メーカーは

急激にBEVシフトが進む中国では、最新の技術を搭載する高級BEVが登場したことにより、高級車市場ではガソリン車ブランドとBEVブランドの明暗がはっきりとわかれた。アキュラの撤退やインフィニティの低迷から、電動化の潮流下で高級ガソリン車ブランドの厳しさがうかがえる。

2040年に「脱エンジン」の目標を掲げたホンダは、アキュラの経営資源を電動化シフトに投入し、「中国で2030年以降に発売する新車をすべて電動車両にする」と掲げている。日産は、2021年に長期戦略「Nissan Ambition 2030」を打ち出し、2026年度までにEVとe-POWER搭載車を中心とする「電動車の販売比率を中国で40%以上にする」と発表した。

各社がしのぎを削る中国高級車市場では、生産能力からドイツ系ブランドが圧倒している。高級BEVの躍進に加え、現地生産シフトの流れが進む今、日本の高級車/高級ブランドにとって、競争はより一層厳しいものとなってきている。


(湯 進 : みずほ銀行ビジネスソリューション部 主任研究員、中央大学兼任教員、上海工程技術大学客員教授)