交際4年でも結婚できず、仕事にも夢中になれない女。起業した元同期の男と2人きりで食事した結果…
20代後半から30代にかけて訪れる、クオーターライフ・クライシス(通称:QLC)。
これは人生について思い悩み、若さだけが手の隙間からこぼれ落ちていくような感覚をおぼえて、焦りを感じる時期のことだ。
ちょうどその世代に該当し、バブルも知らず「失われた30年」と呼ばれる平成に生まれた、27歳の女3人。
結婚や仕事に悩み、揺れ動く彼女たちが見つめる“人生”とは…?
▶前回:26歳女が、年収700万でも満足できなかったワケ
新卒時代から何も変わらない女・美咲(27)の場合
木曜18時半。今日は特にトラブルもなかったので、私は待ち合わせの時間に間に合うよう会社を後にした。
以前、同じ会社に勤めていた元同期と、2年ぶりに会う約束をしているのだ。
世の中がリモートワークにシフトするなか、私の勤務先は出社が義務づけられている。そんな古い体制に疑問を抱きつつも、今日も私は丸の内で働いていた。
ガンガンにクーラーが効いたオフィスから外へ出ると、湿った空気がべったりと体にまとわりつく。
「もうすぐ梅雨か…」
日系メガバンクに就職して、5年目。
春が来るたびに「このままでいいのかな」と焦り、そして梅雨のシーズンが来るたびに、結局何も動けていない自分を悔いる。
でもそんな私に、追い討ちをかけるかのような出来事が起きてしまったのだ。
久々に再会した元同期が語った、驚くべき近況に…
同じ場所に立っていたはずなのに…。いつの間にか差がついていた元同期
待ち合わせ場所である、二重橋スクエアの『ヤウメイ』へ向かうと、健太郎はすでに席へ着いていた。
「美咲!久しぶりだね〜」
「健太郎、久しぶり!元気だった?」
背が高く、体育会系出身というだけあって、相変わらずスタイルのいい彼。そんな健太郎が会社を辞めて、もう2年ほど経つ。
人材系のコンサル会社へ転職したと聞いたけれど、今日の彼は平日にもかかわらずスーツ姿ではない。どこかラフな服装だった。
「おかげさまで。翔太って今日は来られないの?」
「うん、そうなの」
翔太とは、付き合って4年になる私の彼氏のことだ。実は3人とも同期なので、健太郎は彼のことももちろん知っている。
本当は3人で食事する予定だったけれど、翔太の体調が優れないため、急遽健太郎と2人きりでの食事になったのだった。
「翔太も残念がってたよ〜。『健太郎に会いたい!次は絶対!』って(笑)」
「はは。相変わらず、2人は仲良しなんだな」
「気がつけば、もう4年になるからね…。家族みたいなものかな」
「そっか。結婚は?」
健太郎の質問に、私の心はチクリと痛む。最近、この手の質問をされることが多くなった。
去年までは言われなかったのに、27歳になった途端に“結婚”というワードが頻繁に出てくる。今までどこか他人ゴトだったけれど、この年齢になり急に現実味を帯びてきたのだった。
「結婚は…。まだだよ」
そして交際4年でまだ結婚にも至っていない自分たちは、どこか悪いのではないかとも思うようになってきた。
しかし質問した当の本人は、聞いておきながら興味がないのか、次の話題に移ろうとしている。
「そっか。まあ、2人とも忙しそうだしな。ところで美咲、仕事はどう?」
「代わり映えしないよ。毎日同じことの繰り返し。やりたいことがあっても、上の人たちは腰が重くてなかなか動かないし」
「あそこまで大きな組織だと、急には変わらないだろうね」
結局、何も変わらない。
新卒時代はもっとやりたいこともあったし、取りたい資格もたくさんあった。でもいつしか日々の生活にあぐらをかき、安定という名のぬるま湯に浸かっている。
何よりも歳を重ねるたびに、チャレンジ精神や上昇志向がなくなっていった。変わることが怖くなっている自分もいる。
だから、大手日系メガバンクという“THE・安定”を捨てて転職した健太郎は、本当にすごいと思うのだ。…けれども彼は、さらに上をいっていた。
「ところで健太郎は?転職先での仕事は順調なの?」
私は質問しながら、サクサクとした香ばしい皮と少し甘い鹿肉のコンビネーションがたまらない『蝦夷鹿肉のパイ包み』に箸を伸ばす。
「あれ、言ってなかったっけ?俺、半年前に会社辞めたんだよ」
好物を口に運ぶ寸前の手が、思わず止まった。
「えっ、辞めたの!?…じゃあ今は何してるの?」
「今は自分の会社をやってるよ」
さっきまでキラキラと輝いていた、暖色系の店内の照明。それらが一気にモノクロに見えた。
何歩も先へ行っていた元同期。一方の自分は何も変わっていなくて…
「ごめん、ちょっと頭が追いつかないんだけど…。転職して、辞めて、起業したってこと?」
「そうそう。知り合いの医者と一緒に、今は医療系のコンサル会社をやってるんだ」
…私が知っている健太郎は、こんなにも先をいく人ではなかった。なぜなら同期の中でも一番怒られていたくせに、毎回ヘラヘラしていたから。
仕事だって覚えるのが遅くて、残業終わりに近くのカフェへ行っては、いつも愚痴をこぼしていたのだ。
「自分でもびっくりなんだけどさ。俺、銀行が合わなかったみたい」
「そ、そうなんだ…」
元同期の成功は、喜ばしいことだしお祝いしてあげたい。でも純粋に、手放しでは喜べない自分がいる。
― 成長していないのは、もしかして私だけ?
就職が決まったとき、両親は「これで安泰だね」と言って相当喜んでくれたし、私もそう思っていた。それに、安定して稼げる仕事だと信じていたのだ。
でも最近、同世代の友達と話していると、意外にも自分の年収が低いことに気づいてしまった。ボーナスを入れても、年収は700万にも満たない。
しかも悲しいのが、この先も年収が大きく上がるわけではない、ということ。
1年ごとに微増するだけで、50歳になったときにようやく1,000万に届くか届かないかの世界。同じ金融系でも外資系とは雲泥の差で、そもそもお給料のケタがゼロ1つ違う。
「健太郎、すごいね!」
そう言うのが、精いっぱいだった。
「すごいことなんて、何もしていないよ。資本金なんて1円からでも起業できるし、誰でもできることだから」
その“誰でもできること”さえ、できない私。健太郎とは同じスタートラインに立っていたはずなのに、気がつけば大きく引き離されていたようだ。
それは、ちょっとした行動にも顕著に現れていた。
食事を終えてお会計をしようとすると、彼が慌てて首を横に振る。
「美咲、ここはいいよ。俺に払わせて」
「えっ、いいの?でも…」
新卒時代の健太郎は、本当は飲めるのに「酒代がもったいない」と言って、毎回ソフトドリンクを頼んでいた。それなのに今夜の彼は、お酒も飲み、カードでさっと支払いを済ませている。
そして丸の内仲通りへ出ると、タクシーを拾おうとしてくれたのだ。
「健太郎、大丈夫だよ。少し夜風に当たってから帰りたいし、先に乗って!」
「本当に大丈夫?でも夜遅いのに、女の子を1人で歩かせるのは…」
「ちょっと、そんなこと言うキャラじゃないでしょ(笑)いいから乗って。またね」
私は彼が乗り込んでいったタクシーを、ぼんやりと見送ることしかできなかった。…とっさに、ここから自宅のある四ツ谷まで、タクシーで帰るといくらかかるのかを計算していたから。
「電車で、帰ろう」
さっきまでジトッとまとわりついていたはずの空気が、いつの間にかヒンヤリとした空気に変わっている。
石畳をヒールで歩きながら、下を向く。自分の足で、必死に今日まで歩いてきた私。人生のレールを選び間違えてなんていないはず。
でもなぜか下を向いたままの私の目から、涙がはらりとこぼれ落ちた。
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「結婚してしまえば一生安泰」と思っていたけれど…