中国を中心に音楽活動を行っているファンキー末吉氏。中国のバンドとツアー中、コロナ隔離生活を強いられる(写真・本人提供)

新型コロナウイルス感染症の脅威は日本でまだ続いている。一方で、コロナ禍が最初に始まった中国は、政府による強力な防疫体制でほぼ封じ込めた、とされている。その強力さは、IT(情報技術)をつかった感染者・濃厚接触者の追跡と監視にあると言われている。では、最新技術をつかった監視体制は実際にどうなのか。

一世を風靡したロックバンド「爆風スランプ」のメンバーで、現在は中国を中心に音楽活動をしているミュージシャンのファンキー末吉氏は、「ITを利用しても、人間が使うゆえに穴ができる」という。コロナ禍の中国「監視社会」の実態は。

(2回連載:『IT武装も最後は「人力」頼みの中国コロナ監視体制』に続きます。公開されるとリンクがつながります。)

私は中国で「布衣(BuYi)」という中国で一番多くツアーを行うバンドに加入し、ドラムを叩いている。春と秋を中心に年間100本近いライブを行うバンドだが、2020年はコロナのためにツアーはすべて中止され、2021年春からのツアー再開に合わせて、コロナ発生直前から滞在していたカンボジアから中国に戻って来た。(その時の様子は、「コロナ禍での中国入国はこんなに大変だった! 音楽家ファンキー末吉が七転八倒した検査」のご一読を)

2021年のツアーは予定されていた本数が58本、しかし実際にツアーを回り始めると、数本はコロナ禍の影響で中止になっている。それは、その土地の新型コロナウイルスの感染状況が悪くなったことで、中止せよとの連絡が当局から来たためだ。となれば、そこのライブは中止し、その次のライブ予定の都市に向かうことになる。

高速鉄道のチケットから搭乗者を追跡

ところが、福建省の福州市でのライブを終えて広州に向かった2021年11月7日は違っていた。

福州市のライブを終えて午前6時に起きて広州へ乗り打ち(バンド用語で、移動してそのままライブを行うという意味)に向かった。ライブハウスに入り、ドラムのセッティングとチューニング、サウンドチェックを終えた。ようやくホテルに戻り本番まで休んでいると、いきなりライブ中止の連絡が回って来た。

原因は、私たちが数日前に移動した高速鉄道に感染者が乗っていたためだ。というか、どこかの都市で発見された感染者の足取りを探っていたら、たまたま数日前にその人が乗った2021年11月4日に高速鉄道「D3292号車」に私たちも乗っていたということである。日本であれば、感染者と同じ新幹線に乗っていた人間をすべて調べ上げるのは不可能だ。だが、中国ではチケット購入は身分証明書(中国人の場合はIDカード、外国人の場合はパスポート)とひも付けされていて、購入した本人しか乗れないので簡単に人物を特定することができる。

また、身分証明書は電話番号とひも付けされていて、それを根拠に片っ端から電話がかかって来るという仕組みだ。電話に出ない場合にはその電話番号にひも付けされている情報から追跡されるので、物理的には「逃げ切る」ことは不可能である。この国は犯罪者にとってはとても住みにくい国であろう。

すぐさま、この日のライブの中止が発表された。日本では、チケットも完売し、サウンドチェックも終わってもうすぐ客入れという時に、いきなり中止などになればかなり「大ごと」となるだろう。しかしここ中国では、ファンたちも慣れているのか、何の混乱もなく大人しく振替公演を待つことなる。

私たちには当局からとりあえず「ホテルから出るな」というお達しが来て、スタッフが楽器の片付けに行った以外はホテルにて次の連絡を待つ。この時点で、広州に着いた時にインストールさせられる「健康管理アプリ」を開くと、まだ緑色だ。これは当局の感染管理のために使われているアプリであり、さらにあらゆるところで提示させられる行動管理アプリも、安全ならアプリの画面が緑色となる。感染、もしくは隔離が必要な状況なら赤になる。緑色であるなら、コンサートがいきなり中止になったという「大ごと」の割には、この時点では私たちはクラスターというか危険な存在ではないことを物語っている。


広州市の健康管理アプリの画面(写真・本人提供)

日本だと、たまたま同じ新幹線に乗り合わせた人間を「濃厚接触者」と言うだろうか。まあ中国では、日本では特定が困難であろう「すべての接触者」を調べ上げてその全員と連絡を取るのだ。

しばらく経って「PCR検査を受けに行け」ということで、全員で近所の病院に受けに行く。この時点では、誰も私たちを監視しているわけではなく、健康管理アプリも行動管理アプリも緑色なので列車にも乗れるし逃げることもできる。しかし、それが問題となって次のライブも中止にさせられるのが怖い。したがって、言うことは聞いておこうという感じだ。

WeChatで隔離者グループを作成させられる

大人しくホテルに帰ってすぐに通知が来る。「隔離施設にて4日間の隔離」。よくある14日間の隔離だとツアーの行程が心配だったが、4日だったらライブ公演は1本だけキャンセルすれば事足りる。物々しい防護服を着た人たちがホテルまでやって来て、私たち全員に防護服を着せて、用意した隔離用のバスに乗せられて隔離施設となるホテルへ向かう。

隔離生活の準備とか何もやってないが、防護服を着させられたまま商店に買いに行くわけにもいかず、同じく防護服を来た人たちに買いに行ってもらうわけにもいかない。「簡単なものなら隔離施設のスタッフが買って部屋まで届けてくれる」という情報を信じて、そのまま施設に入る。施設は結構いいホテルで、広いツインの部屋をひとりでのびのびと使える。前回の隔離では酒類の購入はおろか持ち込みも禁止だったが、今回は持ち込みに関してはうるさくなかった。

ホテルに入るとすぐさま、防護服を来たスタッフが各部屋を回って来て、中国のメッセンジャーアプリ「WeChat」を使って、ここに隔離されている人たちのグループに参加されられる。そのグループでいろんな伝達を行うわけである。中国では、基本的にこのアプリがないと生活ができないほど、浸透しているアプリである。このグループに入ったら、ハンドルネームを本名に変更しなければならないのだが、「このグループに誰かから友達申請を受けても絶対に承認しちゃダメよ!!」とマネジャーから強く言われる。

もし本名を見て「あ、これは布衣のメンバー?」と思った人が「布衣のメンバーと一緒に隔離している」などと広められたら、風評被害とかで次のライブとかに影響が出るのを恐れているのだ。もちろん私たちも全員隔離の事は口外してはならない。公式発表としては「ツアーでいろんな土地に行くので、コロナの影響で足止めされて広州から出られない」にとどめている。

しばらくしたらメンバーたちの健康管理アプリがばたばたと赤色に変わったが、私のだけはなぜか緑色のままである。思うにこの世界最先端のデジタルシステムも、まだまだ外国人には対応し切れてないのではないかと想像する。


同じように隔離されているメンバーたちのアプリ画面は赤色に変わったが、最下段のファンキー末吉氏のアプリは緑色のまま(写真・本人提供)

さて、人生2回目の隔離生活が始まった。

今ではドラムの練習台を持ち歩いているので退屈こそしないが、朝昼晩と支給される食事はこんな感じだ。これは朝の食事なのだが、カンボジアでアレルギーが起こってから、私は野菜生活の食生活を心がけているので、このような炭水化物中心の食事ばかりだと困る。そこで、WeChatのグループで「もっと野菜を」とリクエストしたら、一応「野菜多め」という弁当が来たのだが……。単に白菜がちょっと多めなだけであった。

結局、隔離期間はその列車に乗り合わせた時から7日間ということらしい。ちなみに隔離の費用はタダであった。後で聞いた話によると、中国人ばかりだともっと安いホテルに放り込まれるらしいが、グループに私のような外国人がいるので、全員を外国人用の施設に放り込んだという話である。コロナ禍のこの国では外国人だと不自由なことが多いが、初めて外国人で得をしたという珍しい経験であった。

昔のままの「お役所仕事」を見せられる

解放される時に「隔離終了証明書」を渡される。隔離が終わったよという証明なのだが、これを持っていたところで、メンバー全員の行動管理アプリがまだ赤色のままではどうしようもない。この日の夜には深圳市でライブがあるので、行動管理アプリが赤色のままでは列車に乗れず、深圳まで行けないのだ。担当者に電話をしても忙しいので電話に出られないのだろうか、つながらない。やっとつながっても、たらい回しにされてらちが明かない。

世界最先端のIT技術を誇るここ中国だが、扱っているのが「人間」である限り必ず「穴」がある。そもそも私の行動管理アプリは赤色になっておらず、ずっと緑色のままなのだ。いざとなったら私だけ先に列車で行ってドラムのセッティングとチューニングを行い、他のメンバーがそれでも緑色にならなければ、メンバーは車をチャーターして行くしかない。途中で検問があったらアウトである。たとえこのような隔離明けの証明書があったとしても、担当者は「行動管理アプリが緑色の人間しか通さない」というのが「仕事」なのだ。

働かなくても国家が生活を保障してくれる社会主義で、一生懸命働いても収入は同じなので誰も働かなくなって経済が破綻し、商店にモノがあっても売り子さんが「没有!!(ない)」と言って売ってくれなかった時代はもう30年以上も昔の話。「スマイルはゼロ円ではない!!スマイルは金になるんだ!!」と気付いてサービスそのものまで向上して破竹の勢いで経済成長してきたこの国だが、「お役所仕事」というのは相変わらず昔のままである。デジタルが世界有数のレベルにまで進化している国で、それを使う人間によってそこに「穴」があり、そんなデジタルが「絶対」として社会の隅々にまで浸透している国では、偶然そのポケットに落ちた人間はもう笑うしか方法はない。

予約していた列車の出発時刻まで笑いながら久しぶりの外食を楽しんでいたメンバーの、行動管理アプリが緑色になったのは列車の発車時刻寸前であった。深圳のライブは無事に終わり、「もう隔離はたくさん」だと思っていた私だが、数カ月後にまた「巻き添え隔離」とも言えるとばっちりで隔離生活を送ることになろうとは、この時点では夢にも思っていなかった……。

(『IT武装も最後は「人力」頼みの中国コロナ監視体制』に続きます)
 

(ファンキー末吉 : 音楽家)