かつて日本のお家芸と言われていたスピードスケート男子は、前回の2018年平昌五輪で女子のメダルラッシュとは対照的にメダルを獲ることができず悔しさが残った。今回こそはという思いもあるなかで、北京五輪では500mで見事3大会ぶりのメダルを獲得した。
スピードスケート男子で2010年バンクーバー大会以来のメダルを獲得した21歳の森重航

 W杯種目別総合で2〜4位につけている日本勢は、最後の13〜15組の出場。しかし、優勝争いは前半から起きた。第7組で滑った高亭宇(中国)が、いきなり34秒32の五輪新をたたき出したのだ。

 ただ、高は平昌五輪で同種目銅メダルを獲得し、そのあとのW杯ではこれまで目立つ結果は出していなかったが、今季開幕戦で低地トップレベルの34秒26を出して新濱立也(高崎健康福祉大職)を0秒28抑えて優勝。いい時と悪い時の波が大きいものの、第3戦のソルトレークシティ大会では格下のディビジョンBで滑りながらも、Aの優勝記録を上回る33秒96と一発の力があるのを見せていた。

 それに続いたのが第10組のチャ・ミンギュ(韓国)。平昌五輪同種目銀メダリストだが、彼も高と同じでW杯では目立つ結果は出しておらず、今季も第2戦の7位が最高で、総合は11位。100m通過は9秒64だが、その後の400mは全選手中最高の24秒75で滑って34秒39を出した。

 日本勢で最初の村上右磨(高堂建設)は、「『レディ』の声からが長いな」と思ってしまった瞬間に号砲がなって少し出遅れた。目標にしていた9秒4台前半からは0秒1以上遅れる9秒54で100mを通過。最後はW杯総合5位のアルチョム・アレフィエフ(ROC)と競り合ったが、34秒57で届かなかった。

 次の森重航(専大)はフライングを取られて仕切り直しのスタートになった。

「1本目のスタートはしっかりいけたので、あのままだったらもっといいタイムだったと思います。2本目はフライング失格の緊張感もあって少し思うようにいかなかったですが、そのなかでもまあまあいいタイムが出ました」

 森重はレースをこう振り返り、100mを9秒63で通過すると、34秒49でゴールして3位につけた。

 最終組はW杯総合1位のローラン・デュブルイユ(カナダ)と、新濱の組み合わせ。標高0mのオランダ・ヘレンベーンで34秒07の低地世界最高記録を出している新濱は、「正直、34秒2台を出されたら今の自分のベストの滑りをしてもわからないだろうなと思っていたましたが、34秒3台は想定内。今のベストの滑りをすればトップに立てると思っていた」と言うように、このふたりは前の記録を上回ってくると思えた。

 しかし、1回目は不可解なフライング判定になった。前組の森重のフライングもそうだったが、スーパースロー映像で見ても両者とも動いてはいないように見えた。

 2回目のフライングは即失格となるため、プレッシャーは高まる。それでも新濱は「正直フライングまではすべてが想定内でした。先週のタイムトライアルもフライングが1回あったなかでスタートできたので、そこには不安要素はありませんでした。2回目もしっかり自分のスタートを決めれば大丈夫だと思っていました」と自信を持っていた。

 だが、スタートして2歩目でスケートを氷に引っ掛けてしまった。

「今日の朝の練習から左足が躓(つまず)いている場面はあったのですが、正直それはいい傾向だと思っていました。引っかかる要因にはなるとしても、それは氷スレスレにブレードの先端がとおっている証拠なので、それはマイナスではなく、自分にとってはプラスに働く。でも今回はそれが左足ではなく右足に出てしまって予想以上に深く刺してしまい、それが2回続いて修正できませんでした。最初の100mのミスがすべてでした」

 結局そこでスピードに乗れずに100mは10秒11の通過。後半は粘ったが35秒12のゴールで20位という予想外の結果になった。またデュブルイユも100m通過は9秒63でタイムを伸ばせず34秒52でゴール。森重の3位が確定した。

 森重は、五輪の大舞台に緊張することもなかったと言うが、うしろの組に同郷の先輩でもある新濱が控えていたことで、「自分の滑りをするだけだ」というリラックスした気持ちになれたことが、銅メダル獲得につながったのだろう。

「これで4年後も8年後も目標にできるようになりましたが、メダルは獲ってもまだ自分がエースという実感はないです。ひとつの目標として日本記録はありますが、それを達成した時にエースと言えるのかなと思います」(森重)

 その森重が目標とする新濱は、日本スピースケート男子の状況をこう話す。

「4年前は本当に自分ひとりで戦っていて、そのあとに村上さんや松井大和くんが出てきて3人で日本男子短距離を引っ張ってきたけれど、今シーズンは新たに森重が上がってきました。これまで日本男子を牽引してきましたが、自分が思い描いていた日本のお家芸復活にすごく近づいてきました。自分は獲れなかったけど、後輩の森重がしっかり銅メダルを獲ってくれたので。日本男子短距離としてメダルが獲れたというのは、本当によかったなと思います」

 北京五輪の勝負だけを考えれば、本番に懸けてくる中国と韓国の勝負強さに遅れを取った。だが、これまでのW杯の活躍に加え、五輪でもしっかりメダルを確保したという意味は大きい。日本男子短距離はこれで、名実ともにお家芸復活への道を歩み出せるようになったと言える。