-理性と本能-

どちらが信頼に値するのだろうか
理性に従いすぎるとつまらない、本能に振り回されれば破綻する…

順風満帆な人生を歩んできた一人の男が対照的な二人の女性の間で揺れ動く

男が抱える複雑な感情や様々な葛藤に答えは出るのだろうか…

◆これまでのあらすじ
絵に描いたような清純な婚約者・可奈子(25)がいるにも関わらず、魔性の女・真珠(26)に本能的に惹かれてしまう誠一(30)。真珠とのことを知っているような可奈子の口ぶりに不安がよぎる。

さらに、清純な可奈子からホテルに誘われ、とうとう初夜を過ごすことになるが…。

▶前回:「今夜お泊まりしよ!」女が覚悟を決めて誘った初夜、男の“まさかの反応”とは




可奈子「愛を試す女」


「もしもし可奈子?真珠だよ、あの話なんだけど今大丈夫?」

誠一さんと式場見学に行く直前、真珠(マシロ)から慌ただしく電話がかかってきた。

真珠とは大学で知り合った。難民問題について流暢な英語でスピーチする美しい真珠に憧れて、私から声をかけたのが始まり。

真珠は当時から、同性から見てもうっとりしてしまうような色気を持っており、それでいて天真爛漫で、私の対極にいるような女性だった。

結婚が決まり、心配性の父が誠一さんの女性関係も含めた身辺調査をしようと言い出した。でも、万が一何かが見つかってそれを父に知られてしまったら結婚が流れてしまうかもしれない。

ようやく漕ぎ着けた憧れの誠一さんとの結婚をどうしても死守したかった私は、『お友達にそれとなく探ってもらいます』と言って父を嗜め、真珠に“検証”をお願いすることにしたのだ。

真珠は、大学卒業後は仕事で海外を飛び回っていたため、こんなに美人なのに顔が割れていない彼女は“検証”として使うにはぴったりの女性だった。

バーで良い感じの雰囲気になっても、誠一さんは理性的に真珠を突き放したと聞き、私の自尊心は大いにくすぐられた。

真珠の口からその報告を聞いたとき、私の中にある種の快感が芽生えたのだ。

愛されている確信がもっともっと欲しくなった私は、スイートルームを用意して、そこに誠一さんを誘うように無茶なお願いをした。


可奈子が婚約者である誠一に仕向けた刺客・真珠。スイートルームでの出来事を語るのか…?!


「可奈子が用意してくれたスイートに誠一さんを強引に誘ってみたけど、プールではしゃいで帰っていったよ。だからもうこれ以上検証する必要はないと思うの。もう、やめて大丈夫?」

「真珠ちゃんの魅力を前にしても関係を持たないなんて誠一さん流石ね。惚れ直しちゃった」

その報告を聞いた瞬間、自分は真珠よりも魅力的な女性なのかと誇らしい気分になり、自尊心が更に大きく膨らむような感覚に襲われた。あんなに美しい真珠に誘われても、私を大切に思ってくれる誠一さんが愛おしくてたまらない。

私が誠一さんのことを知ったのは、中学生のときだった。

父親に連れられて観にいったラグビーの試合で一方的に見かけ、私は俗に言う一目惚れをしてしまったのだ。

誠一さんは、私にとって白馬の王子様。そんな彼との結婚は、幼い頃から密かに願い続けてきた夢だった。

「でも可奈子、まだお預けしてるんだよね?さすがに入籍までお預け状態は、可哀想だと思うわ。結婚が決まったことだし、そろそろ身体を許しても良いんじゃない?」

真珠は、私が未だに身体を許していないことを咎めるが、誠一さんはモテるから、他の女性と同じように消費されて終わりたくない。万が一夜の相性が悪かったら一瞬にして冷められる可能性もある。

「ダメよ。無事に入籍する日まで油断はできないわ。でも、今日は親が旅行に出ているから、お泊まりくらいはしてみようかしら」

真珠の意見は一理ある。お泊まりに誘って、期待を持たせてみた方が良いかもしれない。

「それが良いと思うわ。あまりお預けしすぎても男は萎えるものよ」

「今からグランドハイアットに式場見学に行くの。夜、『オークドア』に寄るから、そこに来てくれる?連絡先を聞いてデートに誘って…それで、私のことをどう思っているか色々探って欲しいの。でも、最後は嫌な女を演じて、誠一さんにちゃんと嫌われてね。それで検証はおしまい」

誠一さんに愛されている私を、真珠に見せつけたかったというのが本音だった。

そして、私が誠一さんにどれだけ愛されているかということを真珠の口から聞けることを、心から楽しみにしている。




誠一「性愛」


婚約者の可奈子は、結婚まで処女を貫く今時珍しく“超”がつくほど純真な女性だ。

そんな可奈子が僕の手を強く握って、グランドハイアットの一室へ足を踏み入れた。

「わぁ、素敵なお部屋。門限を気にせずに誠一さんと過ごせるなんて幸せ」

外泊なんて一度もしたことがなかったのに、両親が旅行中だからと突然彼女から誘ってきたのだ。

「ベッドもフカフカ♪初めて朝まで一緒にいられるのね」

ベッドに横たわり無邪気に喜ぶいたいけな横顔を見つめ、素直に愛おしいと思う。可奈子ほど心の綺麗な女性に、僕は今まで出会ったことがない。

僕の視線に気付いた可奈子が、少しの濁りもない澄んだ瞳で見つめ返してきた。思わず目を背けたくなるほど真っ直ぐな視線だった。

可奈子の綺麗な目に、僕はどう映っているのだろうか。僕はしっかりと隠しきれているだろうか。

「誠一さん、キスして?」


可奈子と誠一はホテルで遂に一線を越えるのか…?しかし、真珠の揺さぶりはまだ終わらない…


可奈子の方からそのような発言をしてくるのは初めてのことだった。

僕は可奈子の緊張を解すようにそっと口付けをした。一回一回、唇が重なるたびに、可奈子は愛情を確かめるように僕を受け入れていった。

汚れのない神聖な生き物を扱うように、僕は丁寧にゆっくりと可奈子に触れた。

力が緩んでいたはずの身体にぐっと緊張が走り、可奈子は紅潮した顔を両手で覆って恥じらうように身体をよじらせた。

その初々しい姿を見たとき、重すぎる責任を感じた僕は、それ以上先に進むことができなくなった。

僕にとって、可奈子は大切な人だ。そんな可奈子が25年間大切に守ってきたものを、今の僕が奪ってしまって良いのだろうか。

-愛している

可奈子と僕は無言で見つめ合った。

-でも…




僕は可奈子の髪を撫で、言葉にならない気持ちを唇にのせて、おでこにそっとキスをした。

「誠一さんって本当に紳士ですよね。先を急がないで私を大切に扱ってくれる」

可奈子はそう言って僕に抱きついてきた。

確かに僕は、可奈子の前では常に理性的で紳士的な良い男でいられる。可奈子は波風を立てるようなことをしないし、一歩も二歩も下がってついてきてくれるので僕は冷静にリードすることができる。

「誠一さん、私ってつまらない女ですか?」

「え?」

「だって…」

「そんな、気にすることないよ。それが可奈子の良さでもあるし。僕は可奈子の純粋さに惹かれているんだよ」

僕は可奈子を抱きしめた。

強く抱きしめれば折れてしまいそうなほど華奢な身体だった。

「可奈子はさ、僕と一緒にいるだけで幸せなの?もっと深く愛し合いたいとは思わないの?」

「一緒にいるだけで幸せですよ。なんでこんなに神聖なことを、皆さん結婚もしない相手と軽々しくできるんですかね」

可奈子がぼそっと呟き、僕は呆然と天井を見上げたまま考えた。

処女の可奈子と結婚することがいかに重いことか、僕の気持ちが真珠に向いている状態がいかに罪深いことか、様々な感情が駆け巡った。

可奈子は今でも大学生と見間違われる程あどけない顔立ちをしているし、身体に凹凸はなく、はっきり言って性的に唆られる要素はあまりない。

しかし、紛れもなく大切で愛おしい存在なのだ。結婚は愛の延長線上にあるもの。家族愛と性愛という相反する二つの感情を、一人の人間に対して生じさせなければならない難しさに打ちひしがれた。



可奈子が眠りに落ち、僕もウトウトしかけたとき、携帯が震えた。

スマホの画面を見ると非通知だったが、もしかしたら真珠かもしれないと思い、僕の心は大きく高鳴った。

可奈子の前では抑えていた感情が俄かに溢れ出す。

寝息を立てている可奈子を起こさないように、僕は廊下に出て応答ボタンを押した。

「もしもし?真珠だよ」

真珠からの電話を心のどこかで期待していたはずなのに、あっけらかんとした真珠の声が耳に響いた瞬間、僕は微かな苛立ちを感じた。

「もうやめてくれないか、こんなゲームみたいなこと」

「え?」

「突然現れて、突然消えて、女といるとわかってて今度は突然電話?僕の気持ちを弄ぶのはやめてくれないか」

「………」

誰かに対して感情的になることなど今まで一度もなかったのに、僕は真珠に素直な感情、それも苛立ちといった醜い類の感情をぶつけていることに気付き、自分を嗜めた。

心を揺さぶられ続けている今の状況が耐えられず、もうケジメをつけるしかないと思った。

「…せっかく電話をくれたのに非通知だし、次にいつ会えるのかもわからず君のことを想い続けるのが辛いんだ。一度、ちゃんと会ってくれないか?」

「それってデートの誘い?いいわよ、では来週水曜日18時に… 」

真珠が提示した場所は、僕がずっと行ってみたかった所だった。僕が了承した瞬間、電話はプツっと切れた。

そこで、波乱が巻き起こるとは夢にも思わず、僕は真珠との初デートに思いを馳せながら可奈子の隣で眠りについた。

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遂に真珠と誠一の初デート!?2人はどうなるのか…