「僕がいつ実家にふらっと帰ってもいいように、亡くなった父が必ず、これを1本置いておいてくれたんです」

 まんまるの氷を揺らして、うまそうにグラスを傾ける。スコッチウイスキーの「バランタイン ファイネスト」は、斎藤洋介(68)がもっとも好んで飲む酒だ。

「昔は3000円〜4000円はしたんだよ。それが、いまは1000円くらいで買えるんだから。こんなにうまいのにねえ」

 俳優業を始めて40年以上。この仕事を続けているひとつの理由が、父の言葉だった。

「僕が29歳で結婚して、2、3年したころに父が名古屋から上京してきまして、ホテルのバーラウンジで飲んだんです。そのときに『お父さん、僕は芝居でもう3年頑張ってみたい。それで芽が出なければやめる』と言ったんですよ。

 父は僕が俳優になるときは猛反対したのに『いまやめたら、何をやってもずっと1年生だぞ。やりだしたら、やりつづけるのが、お前の仕事だろう』と。

 生まれて初めて認められたようで、その言葉がずうっと、頭から離れなくてね。それを支えに、続けている部分もあります」

 斎藤の息子2人も、俳優を志した。

「自分がやっている仕事なんで、反対する理由が見つからないんですよ。『賛成はしないけど、自分で責任を取れよ』と言いまして、次男(斉藤悠)はいまも俳優です。共演したこともありますが、ちゃんと自分でやっていました」

 息子たちが子供のころには、よく食事を作った。

「冷蔵庫の残り物で、オムライスを作りましたね。フライパンに生卵を割って、菜箸でばーっとまわして、半熟状態のまま、チキンライスの上にぱっとのせる。卵をナイフですっと切ると、ダラーッと広がりますよね。それを息子が嫌がるんですよ。『もっと卵をパリッと焼いて』って(笑)。

 でも、肉料理だけは柔らかめが好きみたいで、『おとんが焼いて』って言ってました。家内に『豚肉以外は、たいがいは半生でも食べられるんだ』と何度言っても、『何かあったら大変』と、火を通しすぎるんです(笑)」

 もともと、斎藤は建築家志望だった。だが、教師に「数学のセンスがない」と言われ、舞台美術の道へ。大学の演劇部で裏方を務めていたある日、思いがけないことが起こる。

「俳優がひとり足りないからと、無理やり出演させられて、そのときに初めて、照明ってものを浴びたんですね。『あっ。気持ちいいもんだな』って。

 その気持ちよさを知ってしまってからは、声を出して新聞を読んで、テープレコーダーに録音して、ここがうまくしゃべれていないと、練習するようになりました」

 それでも、滑舌の悪さは斎藤を悩ませた。

「そんなとき、マーロン・ブランド主演の『地獄の黙示録』(1979年、フランシス・フォード・コッポラ監督)を観ましてね。彼のセリフまわしは、アメリカ人でも、何を言っているかわからないだろうなと思った(笑)。

 でも、圧倒されるんですよね、その存在感に。それ以来、『セリフは道具だ、縛られる必要はないんだ、これも個性なんだ』と開き直れるようになりました」

6畳ひと間のアパートで暮らした若手時代

 内田裕也脚本の映画『エロティックな関係』(1992年、若松孝二監督)で共演した名優・佐藤慶にも、多くを学んだ。

「『お前は台本を覚えてきているか?』と聞かれて『はい』と答えたら、『だから、つまらないんだよ』って言われましてね。

『相手が言っていることをちゃんと聞いていれば、それに対する返事ができるようになる。全体の流れだけを頭に入れておけば、現場で自分が緊張して楽しめる。完成した作品を観て、これはこういう作品だったのかと理解すれば、2度楽しめる』と。

 ですが、当時の僕はまだ30代後半のチンピラみたいなもので(笑)、鵜呑みにできなかった。ようやく最近、『佐藤さんがおっしゃっていたのはこういう意味だったんだな……』って、わかるようになってきました」

 主役を演じることには、まったく興味がないという。

「主役は、何かあるとすぐに鼻についちゃうじゃないですか。昔から仲がいい内藤(剛志)も、『今度、主役をやらなきゃなんだけど、洋介はどう思う。主役って何も自由にできないだろう?』って聞いてきた。

『知名度もギャラも上がるからやれよ』と言ったら『そうだな』って。それから内藤は、主役しかやってない(笑)。

 僕はこの年で、もう潰しもききませんから、笠智衆さんや志村喬さんのように、ピシッと芝居を固めて、脇役としてまわりを輝かせていきたい。僕はそんな仕事の虜になってしまったんでしょうね」

 この日訪れたメキシコ料理店は、所属事務所ぐるみの行きつけだ。見せてくれた記念写真には、笑顔が輝く若手俳優やスタッフに囲まれて、満足そうな斎藤の姿があった。

さいとうようすけ
1951年7月11日生まれ 愛知県出身 明治大学卒業後、1980年『男たちの旅路』(NHK)でテレビデビュー。その後、1994年『人間・失格〜たとえばぼくが死んだら〜』(TBS系)、『家なき子』(日本テレビ系)など、多くの野島伸司作品に出演。『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)では初期から準レギュラーを務めた。その後も映画、ドラマ、舞台などで活躍中

【SHOP DATA:メキシカンカフェ&バー JOG】
・住所/東京都新宿区新宿2-4-1
・営業時間/19:00〜23:00(日曜は13:00〜17:00)
・休日/火曜

(週刊FLASH 2019年10月8日号)