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「第2回「ネオ・ヒッピー、ヴィーガン、社会彫刻──ソーシャルイノヴェイションのエコシステム」:武邑光裕のベルリン見聞録」の写真・リンク付きの記事はこちら

『WIRED』日本版が7月に実施する「ベルリン:カルチャー&イノヴェイション・ツアー」に向けて開始した、ベルリンの現在をひも解く連載「武邑光裕のベルリン見聞録」。QON Inc.ベルリン支局長を務め現地のスタートアップシーンに精通する武邑光裕から見たベルリンの魅力を、さまざまな観点からお伝えしていく。

第2回目のテーマは「ソーシャルイノヴェイションのエコシステム」。世界一のヴィーガン人口を誇るベルリンでは、生活文化とイノヴェイションとが密接に関わっているといわれている。それは一体なぜなのか? 『WIRED』のツアーでも講演を予定している起業家の取り組みなどを通じ、ベルリンのソーシャルイノヴェイションに宿る精神を明らかにする。

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5/11「無料説明会」を開催! なぜ『WIRED』はベルリンを目的地に選んだか

『WIRED』日本版が提案する未来の旅「WIRED REAL WORLD TOUR」。第2弾の目的地はドイツ・ベルリン! 「ポストSXSW」ともいわれるカンファレンスに参加しイノヴェイションハブを訪れ、現地の“ベルリン通”たちの声を聞く「イノヴェイション・ツアー」。5/11(木)に開催する説明会では、その盛りだくさんの内容を弊誌編集長ら「ツアー・エディター」が披露する。ぜひこちらから参加お申し込みを!(ツアー詳細)

都市環境やその生活を持続可能とするためには、有機的で生物的なエコシステムを学ぶ必要が生じています。かつての都市や組織の構成は、階層的かつ中央集権的でした。インターネットが進化するとともに、脱中央集権化が進み、有機的な組織構成へと変化してきました。今日の都市や組織のエコシステムでは、自然生態学と生物学に参照する「共生」や「共進化」が主要なトピックとなっています。

ベルリンではいま、ネオ・ヒッピーと呼ばれる新たな起業家の活躍に注目が集まっています。かつてのヒッピーヴィレッジをアップデートし、ベルリンを東西に流れるシュプレー川沿いの18,000平方メートルの敷地に「自然、経済、文化を考え、生活と仕事の創造のためのオープンなエコシステムを作成する」ことを目標とする「ホルツマルクト(Holtzmarkt、木材市場の意)」もそのひとつです。持続可能なソーシャルイノヴェイションを実行するエコシステムで、住居や農園、宿泊施設、スタートアップ向けのイノヴェイションハブ、保育園・幼稚園、シアター、クラブ、そしてスパまでを実装する事業です。

ソーセージや肉食の国と思われがちですが、ドイツには菜食主義運動の歴史が古くからあります。19世紀末から20世紀初頭にかけて起こった生活改革運動(Lebensreform)は最も有名で、これはドイツとスイスを中心に、工業化が進む社会の断絶を問い質し、人々の自然回帰志向──健康・有機食品、菜食、代替医療、性解放などを促進する、幅広い人生改善の運動でした。これが1960年代、米西海岸で起きたヒッピームーヴメントに影響を与えたとも言われています。

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クロイツベルクの都市農園。PHOTOGRAPH BY MITSUHIRO TAKEMURA

一言でヴェジタリアンといっても、人それぞれにさまざまな規範があります。蜂蜜を含め動物に由来するものは一切食べず、完全菜食に徹底するヴィーガンを志向する人々の増加は、従来の食産業にもさまざまな影響を与えています。EU圏内で最大の人口(8000万人)を有するドイツは、ベジタリアンの人口比率も最大です。欧州ヴェジタリアン・ユニオンの最新報告によれば、1983年にはおよそ45万人だった数が、現在およそ780万人(ドイツ人口の約10%)で、90万人がヴィーガン(1.1%)です。ドイツのヴェジタリアンの数は、2006年から2倍以上になっており、ヴェジタリアンやヴィーガン向けの食品市場も急拡大しています。

脱・添加物、脱・化学調味料、フェアトレード、動物保護、環境問題に配慮した製造・生産過程などの取り組みに加え、創造的な商品開発が新たな世代の支持にもつながっています。ベルリンはドイツのなかでもヴィーガン人口が最も多く、ヴィーガン専用のスーパーマーケット「ヴィーガンズ(Veganz)」は、2011年の創業以来、古典的な食品産業界に次々と革命をもたらしてきました。欧州での第一店舗はベルリンから生まれ、ドイツを中心に欧州内に5店舗を数えています。

米グルメ雑誌『サヴール(Saveur)』は、毎年恒例の「グッド・テイスト・アワード(Good Taste Awards)」を発表しています。2015年の受賞リストのなかに、ベルリンが「ヴェジタリアン料理における世界の新首都」に選出されました。受賞理由に、次のような一節があります。 「最もアヴァンギャルドな料理の研究所となったこの都市は、最近まで美食の栄光には縁遠い場所でした。ベルリンは、パリの不屈な美食の血統やバルセロナの壮大な農産物をもっていません。しかしベルリンは、伝統的な肉料理とヴェジタリアン料理との完全なる均衡を達成した最初の欧州主要都市なのです。そのヴェジタリアン料理はユニークで、人気の地産地消の食材の成長とも連動しています。それは、肉を含まない欧州料理の新たな処方箋なのです」

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シュプレー川沿いには新しい施設も数多く建設されている。PHOTOGRAPH BY SHINJI MINEGISHI

ベルリンの夏、あらゆる公園が「ビーチ」と化し、人々は日光浴を楽しみます。市内の中心に流れるシュプレー川を自然の力で浄化し、市民や観光客が泳げる「川のプール」にしようというプロジェクト「Flussbad Berlin」も実現に近づいています。ベルリン市内の美術館島(Museum Sinsel)の南側に流れるシュプレー川は、水上交通が整っていなかったため長らく放置されていました。そこを自然の濾過システムだけで浄化し、プールにしようというプロジェクトです。全長700メートル。完成すれば世界最大級の野外プールとなります。

これは川で泳ぐという単なる奇抜なアイデアではなく、普通に川で泳ぐという感覚を都市生活が失ってしまったことへの内省であり、人が泳げる水ならとても安全な水であるという「認識の再生」がこのプロジェクトの主眼だと思います。その川の水は自分たちが住む街にある。それを市民自身が証明していくというプロジェクトなのです。

成功するソーシャルイノヴェイターの活動は、多くの人に斬新かつ有益なアイデアの種を植え、それらが人々の間で「自生」することにより成長します。結局のところ、アイデアは個人や組織よりも強力です。こうしたソーシャルイノヴェイションの取り組みは、かつてドイツの美術家ヨーゼフ・ボイスが提起した「社会彫刻」の実践につながり、「誰もがアーティストであり、そうでなければならない」としたボイスの格言は、ベルリンの起業家精神に継承されているかのようです。

アート作品を制作するように、新たな社会変革のビジネスモデルを次々と発想する起業家の存在は、ここベルリンでは珍しいことではありません。彼らは、過去のヒッピーたちが求めた理想や平和平等主義を社会的起業に組み込み、食や環境・都市問題などの解決をめざすイノヴェイターといえます。

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カルチャー&テックカンファレンス「Tech Open Air」の様子。新たな社会変革を志す起業家たちが集まり、活発にアイデアを交換する。PHOTOGRAPH COURTESY OF TECH OPEN AIR BERLIN

ソーシャルイノヴェイションを育成するための最も効果的な方法のいくつかは、人々が自らの生活の有能な通訳者となり、自らの問題の有能な解決者であるという前提から始まります。必要性は新しい可能性に結びついています。たとえばインターネットは、社会的な分野に大きな影響を与えるように設計された新しいビジネスモデルのホストとして機能しています。

商業市場も、ソーシャルイノヴェイションのアイデアを促進するための効果的なルートとなります。現代のソーシャルイノヴェイションは、商業市場を活用して、カウンターカルチャーのマージンから主流文化へと移行します。ごく限られたコミュニティが生産し消費する経済は、ギフトエコノミーやシェア経済の市場が拡大するにつれ、場合によっては投資家の助けを借りて、ニッチなスタートアップを形成することができます。

次の段階で、主流投資家が現れることで、利益の規模が本当にあるかが判断されます。最終的な段階では、物流やマーケティングが動員され、大企業がそのモデルを採用すると、一度はサブカルチャーの限界に留まっていたアイデアが主流の経済に変化するのです。1960年代後半に起こったヒッピー運動から半世紀、ベルリンのソーシャルイノヴェイションやオーガニック産業、そして何よりスタートアップを先導しているのは新世代のヒッピーなのかもしれません。

ベルリンのクラブカルチャーや音楽系スタートアップのエコシステムについて報告する第3回は、次週公開予定。

武邑光裕 | MITSUHIRO TAKEMURA
メディア美学者。QON Inc.ベルリン支局長。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。1980年代よりメディア論を講じ、VRからインターネットの黎明期、現代のソーシャルメディアからAIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたてーデジタル・アーカイブの文化経済』〈東京大学出版会〉で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。現在ベルリン在住。

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