松瀬学『強いだけじゃ勝てない』
先日、ワセダ教員の懇親会でいい気分になった頃のこと、全員で「都の西北・・・、かがやくわれらが行く手を見よや」とやりだした。ワセダの伝統と強さゆえに、教員も学生も大声で校歌を合唱できる。そんな大学は少ない。ワセダ・ラグビー部の清宮克幸監督の神話もこの伝統の中で育まれてきた。

 「勝った者が強かった、負けた者が弱かった」。清宮監督は去年の大学選手権決勝の負け戦をこう評した。戦国武将に例えるなら、織田信長。悔しさを噛み殺すエリート・ラガーマンとしてのプライドがにじみ出ていた。

 ワセダ清宮を題材にした書き物は世の中に溢れている。私はこういう話には興味がない。日本ラグビー界の豊臣秀吉はいないのか。今風にいえばベンチャー起業家だ。コンプレックス。しばし、これが人間を育て、組織を強くする。それを活用したのが、関東学院大学の春口廣監督である。

 自らを清宮氏と比べてこう語る。「お互いラグビーへのこだわりがある。キヨは自信とプライドがある。俺はプライドがあるけど、その上にコンプレックスがある」。カントーのラグビー部を春口氏が任されたのは1974年のことだ。「ボールもない、ゴールポストもない」、部員8人のスタートだったと回想する。

 苦節30年。関東学院大学の春口廣監督は、消滅寸前のラグビー部を打倒ワセダの尖兵として、いや国内で最強チームに育て上げてくれた。判官びいきではない。カントーのストリートファイター的な気分が私は好きだ。ワセダに鉄拳を飛ばせるのはカントーしかいない。

 言論界を牛耳るワセダの仕業か。やっと出てきたのだ、この本は。ワセダの松瀬学という“ラグビーバカ”が、清宮監督というもう一人のワセダの“ラグビーバカ”という透視図法を用いて、カントーの“ラグビーバカ”という実存が、ラグビーという観念の中に消失することを懇望しているさまを投射した読み物である。

 極めて単純な内容と、緩急の効いた心地よい文体。あまりにすがすがしく、月並みの起承転結に満ちている。ラガーマン特有のソリダリティーがにじみ出て、読んでいて恥ずかしくなる・・・。だから、いい。(光文社新書、2005年4月刊、924円)【了】

livedoor ブックス