「離婚して、今はひとりなの」同窓会で元カノに、バツイチを打ち明けられた男は思わず…
モノが溢れているこの時代に、あえて“モノ”をプレゼントしなくてもいいんじゃない?と言う人もいるかもしれないけど…。
自分のために、あれこれ考えてくれた時間も含めて、やっぱり嬉しい。
プレゼントには、人と人の距離を縮める不思議な効果がある。
あなたは、大切な人に何をプレゼントしますか?
▶前回:目の下のクマ取り手術。気軽に考えていたけど実態を知った30代女は、別の”あるモノ”に課金し…
旬矢(32歳)「内緒のリベンジ」
10月上旬、3連休の初日。
旬矢はベッドで横になったまま考えていた。
最近、仲のいい友人たちはこぞって既婚者になってしまった。
かつては大学の仲間と早稲田や高田馬場でよく飲んでいたのに、そんな飲み会の頻度は目に見えて下がった。
「みんな、はえーよ」
旬矢だって、女性と縁がないわけではない。
大手コンサル勤務で、爽やかな雰囲気。
むしろ人気があるほうで、今でも男友達から「お前を紹介したい女友達がいる」とよく声がかかる。結婚式の二次会で、女性のほうから積極的に声をかけられることもある。
「優良株なのに」「なんで相手を作らないの?もったいない」
周囲から、そう言われることもあるくらいだ。
でも、と旬矢は思う。
― どんな女性にもピンとこないんだから、仕方がない。
思えば恋らしい恋をしたのは、大学時代に付き合っていた七瀬が最後だ。
今でも彼女の影を引きずっている自覚がある。
「元気かな」
しかし、さみしい過去に向き合うのはつらい。旬矢は慌てて寝室の電気を消した。
◆
早稲田駅で降りるのは久々だった。
13時前、改札を出た直後にポンと肩をたたかれる。
「おう。旬矢」
待ち合わせていた、学生時代の親友である孝雄だ。
孝雄と会うのは3ヶ月ぶり。孝雄本人の結婚式に参列して以来である。
「この前は、結婚式来てくれてありがとな」
「おう。こちらこそありがとう、楽しかったよ」
「あ、旬矢知ってた?今日の幹事、七瀬なんだってよ」
― 七瀬?
その名に、階段を上ろうとしていた足が止まる。
「お前ら、付き合ってたもんな?会うの、久々?」
旬矢の記憶は一気に逆走をはじめる。
孝雄の声が、遠のいていく――。
七瀬とは、2年半付き合った。
別れたのは、大学4年の冬。
七瀬は「就活が思うようにいかなかったから、仕切り直す」と、突然留学してしまい、それをきっかけに徐々に疎遠になってしまったのだ。
― 今日を機に、彼女と昔のように戻れたりして…。
そんな旬矢の淡い期待に冷や水を浴びせるように、孝雄が言う。
「七瀬は大手の広告代理店に入って、年上の経営者と結婚したって噂だよ」
早稲田大学近隣にある懐かしいレストランには、かつてのクラスの同級生が20名ほど集まっていた。
探してみると、七瀬はスクリーンの横で忙しそうに何かの作業をしている。
― 七瀬…大人っぽくなってる。
ベリーショートの黒髪は、昔と変わっていない。
20歳そこらのときから大人びていた七瀬だが、いっそう凛とした雰囲気を身につけていた。
見とれていると、孝雄に脇腹を小突かれる。
「七瀬、なんか貫禄が増したな」
背が高く、サバサバしていて声が低い七瀬は、学生の頃から「大人びていて貫禄がある」と評されていた。多くの場合、からかいのニュアンスで。
でも旬矢は、そんな七瀬が大好きだった。「アイドルのようなふわっとした女子がかわいい」と周囲の仲間が口を揃えて言っても、旬矢はその好みがよくわからないのだった。
話しかけたいが、七瀬には友達が多い。次々に声をかけられている。
タイミングがないまま、パーティーの時間が過ぎていった。
1時間半が経つ頃、旬矢はなんとか七瀬に近づいて、声をかけた。
「七瀬。ひ、久しぶり」
「わ。久しぶり」
七瀬は照れた様子で「ちょっとテラスで話す?」と笑った。
4畳ほどの小さなテラスに、連れ立って移動する。海を思わせる香水の香りがする。
「…七瀬、元気だった?」
「元気だよ。あ、聞いたよ。旬矢、大手コンサル勤務なのよね。すごいね」
「七瀬だって代理店だろ?すげーよ。しかも結婚したんだって?」
旬矢が言うと、七瀬はぎこちなく「ありがとう」と言った。
無言で寒そうに手をこすり合わせる七瀬。その手を昔のように温めてあげることは、当然できない。
「…いや。ごめん。今ありがとうって言ったけど、実は夫とは別れたの。バツイチになった」
「え?」
七瀬は「こんな話、旬矢にしても仕方ないけどね」と苦笑する。
「でも話すわ。…彼といる時間がすごく窮屈で、消耗しちゃって」
聞けば結婚相手は、七瀬に「仕事をやめて自分を支えてくれるように」と言うようになったのだという。それでも仕事を手放したくなかった七瀬は、「嫁を間違えた」と吐き捨てられたのを機に、離婚を決めたそうだ。
「周りから、あんないい条件の人めったにいないよ、って言われて結婚したんだけど。確かに、条件では、そうなんだけど。
…そろそろ幹事の仕事しなきゃ。こんな話してごめんね。旬矢の話も、今度聞かせて」
七瀬は、逃げるようにテラスを去っていった。
旬矢はいつのまにか、あの頃のように七瀬に心を奪われていた。
― 今夜連絡して、飲みに誘ってもいいかな。
◆
11月4日、七瀬と飲みに行くために、旬矢は高田馬場駅に降りた。
左手にぶら下げているのは、クロエの紙袋。七瀬への、誕生日プレゼントだ。
11月2週目に七瀬の誕生日があることをすっかり忘れていた旬矢は、一昨日、奇跡的にふと思い出し、慌てて贈り物を買いに行った。
クロエの“jamie”グローブは、柔らかなラムスキンで手によくなじむ。
デザインの素朴な上品さが、七瀬自身の魅力によくマッチしていると思って選んだ。
駅前のロータリーを通過すると、現役早大生と思わしき人たちが輪になってはしゃいでいるのが目に入る。
「懐かしいな」
今日は、「大学時代によく通ったお店に行こう」というコンセプトを伝えた上で、駅近くのカジュアルでおしゃれなイタリアンを予約していた。
本当なら六本木や表参道に誘いたかったが、変に気合が入るのもなんだと思い、結局通いなれた高田馬場を選んだのだ。
旬矢が待ち合わせのお店に到着すると、すでに七瀬の姿があった。
ぎこちない近況報告をしながらカルパッチョやピザを食べ、4杯目のワインに突入する。
メインのステーキを切り分けていると、七瀬は「旬は今、誰か大事な人がいるの?」と聞いてきた。
「いや、いない。ずっとひとり」と、笑ってみせる。
「そう…」
「みんな言うんだよ。結婚したほうがいい、とかね。でも俺は、ずっと一人。やばいかね」
「そのままでいいんじゃない?私も、焦らなきゃよかったなって思う」
七瀬は、遠い目をしている。
「前も言ったけど、周りに『いいじゃん、この人だよ』って言われて、その気になっちゃったの。
馬鹿よね。結婚したいと思ってたかどうかもわからないのに、周りの価値観で考えて、焦って、こうなった」
彼女はハツラツと笑って言うのだった。
「私って、誰かの面倒を見るような柄じゃないから。結婚は向いていないのかも。
だから、会社で頑張って出世するの。別に、離婚したことに傷ついてはないんだ」
おかしそうに笑う七瀬がまぶしい。
別れることになった頃、旬矢は、自立している七瀬をちょっともどかしく思ったこともあった。
「俺がいなくてもあの子は幸せにやっていくんだろうな」と思ったから。
でも。
― 僕は、七瀬をもっと幸せにしたい。一人でも幸せだろうけれど。
そんな思いを託すように、デザートのあと、さり気なくプレゼントを渡す。
「これ、誕生日プレゼント」
「え?本当に?まず、よく覚えてたね」
しかし紙袋を開いた七瀬は、眉をハの字にする。
「かわいい。でも、こんなの、ずるい」
「え?」
「…楽しかった頃のこと、思い出しちゃうじゃん。
旬は覚えてないだろうけどね、昔、旬に手袋をもらったことがあるのよ」
― 覚えてる。だから手袋にしたんだよ。
別れた冬、旬矢が七瀬に渡したプレゼント。それは雑貨屋で買った安価な手袋だった。
まだ、お金に余裕がなかった時代だ。
七瀬が「これがいい」とリクエストしてくれて、旬矢は申し訳ないながらにホッとしたのを覚えている。
― もっと上質なプレゼントを贈りたかったって、別れてから何度思ったことか。
「…ありがとう。懐かしいね」
七瀬は手袋をはめて嬉しそうに両手を合わせた。
「こんな肌触りのいい手袋、はじめてだ。本当にありがとう」
七瀬と話していると、不思議な感覚がした。学生時代の、何者でもない等身大の自分の輪郭が浮かび上がってくるような。
そのとき七瀬が、表情ひとつ変えずに言った。
「あのさ。ごめん。お願いがあるんだけど」
「なに?」
「もう一軒いかない?それぞれの20代について話そうよ」
誘われたことがうれしくて言葉を失っていると、七瀬は急に泣き出しそうな表情を浮かべた。
「旬矢といるの、楽しいなあ。久々に息がしやすい気がする」
今、目の前に七瀬がいる。
大人になるにつれて身につけてきた鎧が、ポロポロと剥がれていく軽さを感じながら、旬矢は「もちろん行こうよ」とうなずくのだった。
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