モノが溢れているこの時代に、あえて“モノ”をプレゼントしなくてもいいんじゃない?と言う人もいるかもしれないけど…。

自分のために、あれこれ考えてくれた時間も含めて、やっぱり嬉しい。

プレゼントには、人と人の距離を縮める不思議な効果がある。

あなたは、大切な人に何をプレゼントしますか?

▶前回:夫のクローゼットに隠していた他の女へのプレゼント。発見した妻は、絶望のあまり…




倫子(37歳)「私って、こんな疲れた顔してたっけ…?」


水曜日の正午すぎ。

会社の休憩室で『トリュフベーカリー』の黒トリュフの卵サンドを頬張っていると、後輩の映美ちゃんがやってきた。

「倫子さん、お疲れさまです!あ、サンドイッチですか?最近ハマってますよね〜」

言われてみると、今週のランチは3日連続でこのサンドイッチだったと気づく。

「あ〜、うん。うちの近くにお店があるから、つい買いに行っちゃうの。美味しいし!」

「いいですね!私も好きなんです。あ、そっか、倫子さんって広尾に引っ越したんですよね?」

専門家キャスティングやPR事業を主とする会社に転職して、6年。

去年、リモートワークから通常の勤務形態に戻ったのをきっかけに、恵比寿にある会社まで日比谷線で1駅と、利便性が高い広尾のマンションに引っ越しをした。

「会社から近いしね。あ、白トリュフの塩パンもあるんだけど、映美ちゃん食べない?私、もう戻らなきゃ」

「わ〜、ありがとうございます!でも、倫子さん全然休めてないんじゃ…?」

ふと腕時計に目をやると、ランチ休憩にあてた時間はたったの15分。

10月から始まったインボイス制度のことで、フリーランス、個人事業主、クリエイターの面々から問い合わせが殺到し、直接の担当ではない私も通常の業務+αでバタついている。

「大丈夫、大丈夫!映美ちゃんは、ちゃんと休憩取ってね」

「でも、体壊しちゃいますよ。ちゃんと休んで…」

「本当に大丈夫だからっ!」

映美ちゃんの言葉を遮るように私の口から飛び出た言葉は、自分でもびっくりするほど刺々しい。

「あ、ごめ…」

「あの…すみませんでした…」

私が謝る前に映美ちゃんに謝られてしまい、居たたまれなくなった私は化粧室へと中座する。

1人になって彼女の申し訳なさそうな顔を思い出すと、胸にチクッと罪悪感を覚え、深いため息が漏れた。

― はぁ、またやっちゃったよ…私。もうっ!

ここ最近、ちょっとしたことでも気持ちがピリついてしまう。そのせいで、社内でも腫れもの扱いをされているような気がする。

鏡に映る自分の顔をあらためて見てみると、青黒いクマがくっきりと浮かび上がり、今にも倒れてしまいそうだ。

― 確かに、このクマじゃ体調も心配になるよね。もうすぐハロウィンだからって、これじゃまるで魔女だよ。…よしっ。

自分の疲れ顔を鏡でまじまじと眺めたあと。

私は、“ある場所”に電話をかけていた。


金曜日の夜。

仕事を終えた私は、とある美容外科にきていた。

目の下のクマを取る、脱脂手術のカウンセリングを受けるためだ。

黒くて膨らみのあるクマが目立ち始めたのは、今から3年くらい前から。はじめは、メイクやスキンケアで何とかしようと試行錯誤したものの、コンシーラーで隠そうとすればするほど、悪目立ちして逆効果だった。

顔ヨガをしたり、美容機器を使ったりもしたけれど、どれも効果はイマイチ。帰宅途中、電車の窓に映る自分の顔に身震いしたことだって、一度や二度じゃない。

今ではクマで自分が憂鬱になるばかりか、まわりにまで気を使わせてしまっている。

― このクマさえなければ…。

クマ取り手術のことが頭の中を占めるようになると、以前仕事で打ち合わせをした美容外科の医師のことを思い出し、電話をかけたのだった。

ところが…。




― …うそ、思ってたより全然こわい。私、手術なんて無理かも。

いざカウンセリングを受けると、覚悟していた気持ちが急速にしぼんでいく。

施術の流れはこうだ。点眼麻酔のあと、下まぶたの裏側に局所麻酔をして切開。それから脂肪の除去。聞くだけでもウッとなるのに、目の前に提示されたイラストが生々しくて見るに堪えない。

しかも、施術は目を開いたまま行われるというのだ。歯科治療でさえギリギリな私には、ハードルが高すぎる。

― しばらくは、眼鏡でクマを隠そう。

「あの、一度検討してまたご連絡します…」

結局、施術の予約はせずに帰宅したのだった。




数日後―。

「倫子って、ベッドに入ったらすぐ眠れるタイプ?」

インフルエンサーに仕事の依頼メールを打っていると、先輩から唐突に聞かれた。

「眠り…ですか?うーん、寝つきは悪くないと思うんですけど、すっきり起きられないタイプですね」

「なるほど、じゃあ…この“生活リズム逆転タイプ”かな」

「なんですか、それ?」

聞くと、映美ちゃんが担当した睡眠の質に関するイベントの資料に、睡眠パターン診断なるものが掲載されているらしい。私は、明け方に深い眠りに入る“体内時計が整っていないタイプ”に当てはまるそうだ。

言われてみれば、寝る時間も起きる時間も、仕事に差し支えない範囲でバラバラだ。

― へぇ、レム睡眠とノンレム睡眠のバランスが大事…ね。そうはいっても、睡眠って自力でコントロールできるものでもないし、改善するのは難しそう。

ズレた眼鏡の位置を直しながら、映美ちゃんが持ち帰ってきた資料のページをパラパラとめくる。

「ねぇ、倫子。今週、金曜日の夜って予定ある?」

またしても、唐突な質問が飛んできた。

「金曜日は確か、代理店に提出する専門家アンケートの期日で…」

「それ、私が代わるから、1泊2日で行ってきてほしいところがあるの。詳細はLINEに送るわ」

話の流れがわからないまま、先輩から送られてきたURLを開くと、あるホテルへのアクセスページが表示された。


『ごゆっくり!そこでは仕事をしないこと』

指定された日の夜、会社を出ると先輩からLINEが送られてきた。

「ごゆっくり…って、ホテルに泊まるだけだよね。よくわからないけど、これって大丈夫…なのかな」

ゆりかもめに乗り、20時すぎに指定されたホテルに到着する。

― 『ファーイーストビレッジホテル東京有明』、ここだよね?

何か裏があるんじゃないかと訝しみながらチェックインを済ませると、案内されたのは“快眠ルーム”という客室だった。

睡眠に特化した寝具やパジャマ、ハーブティー、アロマディフューザー、音響機器、それに入浴剤が取り揃えられている。

鞄からスマホを取り出すと、先輩からのLINEがもう1通。

『私と映美からのちょっと早い誕生日プレゼント。ゆっくりしてきてよね!倫子が全然休んでないって、みんな心配してるんだから』

休憩室でキツくあたってしまって以来、ばつの悪さから映美ちゃんとはあまり話をしていない。それなのに自分のことを心配してくれていたのかと思うと、情けない気持ちになる。

「こんなプレゼント…初めて。へぇ、快眠グッズっていろいろあるんだ」

2人の好意に甘えて、まずは置いてあったクナイプの入浴剤に手を伸ばす。

「グーテナハト」という商品名は、ドイツ語で“おやすみなさい”という意味らしい。湯に溶かすと、深い青色に魅せられる。スパイシーだけどウッディで温かみのある華やかな香りに、心が安らいでいく。

― う〜ん、緊張がほぐれるってこういう感じ?緩むなぁ…。

早くもいい気分になり湯船からあがると、快眠パジャマに身を包んだ。ふんわり柔らかな肌触りの生地が、汗ばんだ肌に気持ちいい。カモミールティーをグラスに注ぐと、すっかりリラックスモードだ。

枕もとに置かれた睡眠専用スピーカーからは、ローソクの揺らぎのような光とラベンダーの香り、鳥のさえずりが演出されている。視覚と嗅覚、聴覚が刺激され、少しずつ眠りの世界へと引き込まれていく。

「あ、このマットレスって意外と硬い…んだ…」




翌朝、目を覚ますと、時刻は7時すぎだった。

毎晩のようにしていた中途覚醒をすることもなく、8時間ぐっすり眠っていたようだ。

寝すぎてダルいだろうと思いきや、起き上がってみると体が軽くて驚く。首や肩の張りも少ない。心なしか、いつもより頭がシャキッと冴えている気さえする。

― これが快眠?

カーテンを開け、朝日を浴びながら伸びをすると、まるで頭の中の霧が晴れたかのような清々しい気分になった。

『先輩、映美ちゃん、ありがとうございました!すごくよく眠れました』

2人にLINEをすると、ホテルのラウンジで朝食を済ませてチェックアウトしたのだった。

それからというもの、快眠ルームでの体験で味をしめた私は、ホテルで使われていたものと同じ枕とパジャマを購入。

そしてもう1つ、大物も予約した。




シモンズ社 マットレス「エクストラハード eイオン」。

ホテルのマットレスとは種類が違うけれど、同じメーカーの硬めタイプで、140cm幅のダブルサイズ。温熱治療、消炎鎮痛処置、血行をよくする効果があるというとっておきのマットレスを、1人暮らしの寝室に導入する予定だ。

― いろいろ試したけど、私にはこれかな。人生の1/3は睡眠時間っていうくらいだし、いいよね?

少し奮発することになるけれど、これも少し早い自分への誕生日プレゼントということにしよう。

「倫子、最近調子よさそうじゃない?」

「はい、おかげさまで!あれから、睡眠環境を整えるのにハマっていて」

「やっぱりさ、睡眠って大事なんだね。倫子を見てて思ったよ。仕事もそうだけど、肌とか髪もツヤツヤしてきたよね〜」

「まぁ、この黒クマはそう簡単にはなくなりませんけどね」

そう言ってみたものの、前と比べるとそれほどどんよりとして見えないから不思議だ。

イライラも格段に減ったことで、同僚たちとのコミュニケーションが増えて、仕事もウンとしやすくなった。これまでよりもすっきりと冴えた目でオフィス内を見渡すと、映美ちゃんの姿をとらえる。

「映美ちゃん、この前は心配してくれたのに…ごめんね。それと、ありがとう」

私は、クナイプの入浴剤と、カモミールのハーブティーのティーパックが入った紙袋を手渡しながら続ける。

「あの…、よかったらまた一緒に『トリュフベーカリー』のパン、食べよう?」

「それも嬉しいですけど、仕事でももっと頼ってもらえたら嬉しいです!」

彼女のパッと明るい笑顔を前に、頑なだった心がほぐれる。

自分の体に真剣に向き合えたこと。そのきっかけをくれる優しい人たちがそばにいること…。

そのことに気づけた今、本当の意味でパチッと目が覚めたような気がした。

▶前回:夫のクローゼットに隠していた他の女へのプレゼント。発見した妻は、絶望のあまり…

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