彼女の「ウチくる?」の一言に、浮かれながらついていく男。数分後、男が機嫌を損ねたワケ
◆前編のあらすじ
大手損害保険会社勤務の里帆(29歳)は、大手ゲームメーカー営業の亮平(29歳)と出会う。50以上の資格を持つ亮平に興味を抱き、友人カップルとともにキャンプへ。翌日、亮平は運転を託されるが、運転免許を持っていないことが判明し…。
▶前回:大手メーカー勤務の29歳男とキャンプへ。帰り道に起こった意外すぎるトラブルとは?
資格マニア【後編】
「先週のキャンプはとても楽しかったです。お誘いありがとうございました」
夕暮れ時の秋空のもと、亮平が爽やかな表情で礼を述べる。
里帆のほうから亮平を誘い、レストランのテラス席で食事をしている。
「こちらこそです。また機会があればぜひ!」
キャンプ中は小さなトラブルもいくつかあり、亮平の意外な一面を目にすることもあった。
同行した恭子たちは、亮平を「変わった人かもしれない」と評価をしていたが、里帆の興味が損なわれることはなかった。
「いやあ。天気がよくて、風も気持ちいいですね」
心地よい秋風が流れるなか、亮平が空を見上げる。
「もしかして亮平さん。天気に関する資格も持ってたり…?」
「はい!実はつい最近取ったばかりで」
「天気ってことは…気象予報士とか?」
「いや、そんなたいそうなものでは…。簡単な気象の原理や構造などを理解した程度のものです」
「ちなみに、今夜の天気はいかがでしょう?」
里帆が、マイクを向けるようなおどけた仕草を見せる。
「う〜ん、そうですね。今夜は雲ひとつない秋の夜空が広がり、綺麗な星が見られるでしょう」
2人の顔から笑みがこぼれる。
そんな和やかな雰囲気のなか食事を進めていると、30分ほど経った頃に、急に上空に暗い雲がかかり始めた。
ほどなくして、猛烈な雨が降り出す。
気が緩んでいたこともあり、屋内への避難が遅れ、洋服がだいぶ濡れるハメになってしまった。
「なんか、すみません…」
申し訳なさそうにする亮平に、里帆はやや責任を感じつつ、声をかける。
「あの…。よかったら、うちに来ませんか?」
思いがけない提案だったようで、亮平は言葉を詰まらせた。
雨は20分ほどでやみ、店の外に出ると、宵の口の穏やかな秋の陽気に戻っていた。
「本当に、いいんですか…?」
道路脇に並んで立ちながら、亮平が尋ねた。
ひとり暮らしの女性の家を訪ねるのに、気を使っている様子を見せる。
「はい。ここから車で10分もかからないので。亮平さんも、服が少し濡れちゃったし、乾かしたほうがいいでしょう?」
それが部屋にあげる名目ではあるものの、里帆にはこのシチュエーションが距離を縮めるいいキッカケかもしれないと感じていた。
「あ、来た来た!」
里帆は、向かってくる白いレクサスに手を振る。
タクシーを使うこともできたが、兄の邦和の勤務先が近く、タイミングが合えば送ってもらえるかもしれないとダメもとで連絡を入れていた。
ちょうど仕事を終えて帰るところだったようで、車に乗せてもらえることになった。
目の前にレクサスが停まり、2人は後部座席に乗り込んだ。
◆
「おいおい、あんまり兄をこき使うなよ。こっちはもう歳なんだから」
邦和が、後部座席の里帆を軽くいさめる。
「なによ。5つしかかわらないじゃない。可愛い妹のためでしょう」
「しかも、男を部屋に送るためって…」
「申し訳ありません…」
亮平がそう言って肩をすくめると、「冗談冗談!」と邦和が笑い飛ばす。
「亮平くんも、里帆のワガママに付き合うのも大変でしょう」
「いえいえ、そんな…」
「ところで、亮平くん。随分とガタイがいいけど、何かスポーツでもやってるの?」
邦和がルームミラーで亮平をチラッと覗く。
「はい。週に何度か、ジムでトレーニングを」
「そうなんだ。今は筋トレブームだもんね。筋トレは免疫力がアップして、健康促進効果もあって、いいよね」
「そうなんです!ただ、やり過ぎると逆に免疫力が低下するという話もあります」
「おお。さすが詳しいね」
「亮平さん、筋トレに関する資格をいくつも持ってるのよね」
里帆に促されて亮平は謙遜しながらも、ここは自分の土俵とばかりに、持っている知識を体験を交えながら話して聞かせる。
ただ、邦和がそれを上回る知識を披露する。
「過度な運動をすると、コルチゾールやカテコールアミンといったホルモンが分泌されてしまうからね」
専門的な単語を耳にして、亮平が口をつぐむ。
慌てて里帆がフォローを入れる。
「ああ、亮平さん。言ってなくてごめんなさい。お兄ちゃんね、お医者さんなの」
「ああ、そうだったんですか…」
「そう。だから詳しいの。お兄ちゃん、この近くの大学病院で外科医をしていて…」
里帆のこの発言から、亮平の口数が一気に減ってしまう。
車内ではしばらく、兄妹だけの会話が続いた。
◆
10分もしないうちに、マンションの前に到着した。
車を降りて邦和に礼を述べ、亮平と2人でエレベーターを上がって部屋に入る。
「亮平さん、ごめんなさい。兄はお喋りで、つい私たちだけで話し過ぎてしまって…」
口数が少ないままの亮平を気にかけ、里帆は詫びを入れる。
「いえ…」
亮平が、ボソッと呟くように言う。
「さすがお医者さんです。僕の知識なんて、足元にも及びません」
「ええ、そんなこと…」
「どうせ僕なんて、広く浅い知識しか持っていませんから…」
― あれ?もしかして、亮平さん、すねてる…?
亮平が機嫌を損ねている理由が、里帆にはまだ測りかねた。
「さっきは、すみません。あんな態度をとってしまって…」
里帆が紅茶を入れて差し出すと、ひと息ついたところで亮平が口を開いた。
「いえ。私のほうこそ、急に兄を呼んでしまったりして…」
亮平が首を横に振る。
「僕は、嫉妬したんだと思います。医師として、広い見識を持つお兄さんに」
「嫉妬…ですか?」
「はい。僕はたくさんの資格を取得していますが、それがしっかり自分の身になっているかといえば、そうとは言い切れません。その点、お兄さんは医師としての資格を持ち、習得した技術や知識を発揮して世のなかに貢献しています。
これから僕がいくつ資格を取得したとしても、お兄さんには到底及ばないでしょう」
― 要するに、資格の価値が違うって言いたいのね…。
亮平は、邦和が医師であると告げられ、比較されたように感じてしまったようだ。知識量の差を見せつけられたことで、自分を卑下してしまったに違いなかった。
「でも、資格を取得するのには、それぞれに目的があるだろうから…」
里帆の言葉に、亮平が今度は深く頷く。
「僕は、資格を集めるのが好きで…。何かを目指しているとか、特定の資格が欲しいとかではなく、取得するのが好きなんです。試験に合格することで得られる達成感を求めているんです」
「たくさんの資格を取得することで、そのぶん多くの達成感を味わっているということですね?」
「はい。もちろん、医師や弁護士などの難しい試験に合格すれば、もっと大きな達成感が味わえると思いますが、僕にとっては小さな達成感を積み重ねていくほうが性に合ってるというか…」
「だから、運転免許も取らなかったんですね?」
「そうなんです。教習所に2〜3ヶ月通って免許を取るよりも、もっとほかの短期間で取れる資格の勉強に取り組んだほうが、効率がいい気がして…」
「わかります。亮平さんの気持ち」
「本当ですか…?」
「私も、ひとつ大きな幸せを得るよりも、小さな幸せをたくさん感じていきたいです」
亮平は、笑顔になる。自分の正直な気持ちを吐露し、受け入れられたことが嬉しかったのだ。
里帆も、亮平に本音を語ってもらい、素顔を垣間見ることができ、距離が縮まったように感じた。
2人は自然に抱き合い、交際がスタートした。
◆
1ヶ月後。
里帆が部屋で過ごしていると、恭子から電話があった。
『ええっ!亮平君ともう別れちゃったの!?』
初めて部屋に亮平を呼んだあの日から交際が始まったものの、1ヶ月足らずで別れてしまい、その報告をしたのだった。
恭子も最初こそ驚きの声をあげたが、すぐに平静に戻る。
『なに…。もう飽きちゃったの…?』
実は、男性との交際期間が短いのは里帆の性分であり、今回に始まったことではなかった。
里帆は、「うん、まあ…」と返事を濁すと、そこで亮平の「小さな達成感」という言葉が頭をよぎる。
「達成感…をもう十分に味わったというか…」
里帆は、男性と交際するにあたり、結婚などを見越しているわけではなく、先に何かを求めているわけではなかった。
出会った男が、自分に思いを寄せていく過程を楽しみ、自分のものになることに幸福をおぼえていた。
ただ、振り向かせるのが困難だと思われるような男は標的とはしない。
口説き落とせる可能性の感じられる、ほどよいレベルの男を選んだ。
亮平もそのひとりであり、標的として定め、見事に手中におさめたのだった。
だから、亮平の言っていた、「小さな達成感を積み重ねていくほうが性に合ってる」という言葉は非常に共感できた。
亮平に対しては、今までの男にはないシンパシーを感じる部分があっただけに、手放すのは惜しい気もした。
だが、一緒に居てもこれ以上の幸福感を得られないと感じたのだから仕方がない…。
『まったく…。あんた、そうやって今まで何人の男を落としてきたのよ』
恭子に尋ねられ、里帆は電話を持っていないほうの手の指を折る。
「50人以上…かな…」
― あ、亮平さんの資格の数と同じくらいかも…。
里帆の頭に亮平の顔がふと思い浮かぶものの、すでにもうその顔すらおぼろげであった。
▶前回:大手メーカー勤務の29歳男とキャンプへ。帰り道に起こった意外すぎるトラブルとは?
▶1話目はこちら:彼女のパソコンで見つけた大量の写真に、男が震え上がった理由
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