女を旅行に誘ったら断られた37歳男。しかし、ある物をプレゼントしたら、彼女の気が変わり…
モノが溢れているこの時代に、あえて“モノ”をプレゼントしなくてもいいんじゃない?と言う人もいるかもしれないけど…。
自分のために、あれこれ考えてくれた時間も含めて、やっぱり嬉しい。
プレゼントには、人と人の距離を縮める不思議な効果がある。
あなたは、大切な人に何をプレゼントしますか?
▶前回:30歳男が本気の女に贈るプレゼントとは。アクセサリーでもバッグでもなく…
健治(37歳)「父親として、頼ってほしい」
「おはよう、ゆかりちゃん。起きるの早いね」
「あ。健治さん、おはようございます」
― 健治さん、か…。
よそよそしい呼び方を少し寂しく感じ、熱いコーヒーが飲みたくなる。
けれど、ぐっと堪えてゆかりが弁当を作り終えるまで待つことにした。
妻の聡美は、寝室でまだ寝ている。
昨夜は会社の部下の送別会だったから、きっと遅くまで飲んでいたのだろう。
ゆかりは聡美の連れ子で、高校2年生だ。
つまり僕にとっては、娘は娘でも、義理の娘。
一緒に住むようになって丸2年が経ったが、ふたりだけで話すのはいまだに緊張する。
「ママはまだ起こさないで。私が小さい頃は全然飲みに行けなかっただろうから」
「うん。そのつもりだよ」
長いこと母子家庭で育ったからだろうか。ゆかりは驚くほど、しっかりしている。
「ゆかりちゃんも料理できるんだね。美味しそう」
僕が弁当箱を覗こうとすると、ゆかりはサッと蓋を閉めてしまった。
「作ったのは卵焼きだけで、あとは冷食だよ。行ってきます」
「あぁ。気をつけてね。いってらっしゃい」
― しまった、いきなり弁当箱を覗くのはデリカシーに欠けたか。
制服姿の彼女がリビングを出ていった後、僕はいつもの朝と同じように、今のゆかりとのやり取りを振り返って反省した。
◆
東京歯科大学を卒業し勤務医を経て、麹町にデンタルクリニックを開業して5年。
最初の1年こそ集客に苦労したが、現在のところ経営は安定している。
長野に住む父には、ずっと実家で歯医者をやれと言われていた。
東京は、日本でいちばん歯科診療所が多い街だ。田舎で開業したほうが稼げる可能性が高いことも知っている。
それでも僕は、東京にこだわった。
そして、今から3年前。そんな単純な気持ちを分かち合える人に巡り合った。
「私美容師なんですけど、田舎ではやりたくないし、やっぱり青山・表参道で勝負したくて」
治療中にそんな話で盛り上がった患者が、聡美だったのだ。
「え…。僕も全く同じです」
「でもこれ、あんまり他人に話せないですよね」
「ですね。バカにされるか、生意気だと思われるか…」
「そうそう」
今思えば、この日の会話が結婚を考えるキッカケになったのかもしれない。
運良く、出会った当時の彼女の歯には虫歯が4つもあったから、聡美を口説く時間はたっぷりあった。
ゆかりという娘がいることを初めて聞かされたのは、交際を申し込んだ時のことだったと思う。
子どもの年齢が想像よりも上だったので多少は驚いたが、シングルマザーだということは恋の妨げにはならなかった。
「ただいま〜!」
「おかえり。お疲れさま」
仕事が終わり帰宅すると、聡美とゆかりがキッチンで夕食を作ってくれていた。
「あっ!カハラホテルのマカダミアだ。どうしたの?これ」
僕がテーブルに置いたボックスに、聡美が気づく。
「あぁ、スタッフの子のハワイ土産だよ。みんなで食べよう」
「そうなんだぁ。ハワイか、いいないいなぁ〜」
聡美はお玉を持ちながら、体をくねらせた。その様子を見てゆかりが笑っている。
聡美とゆかりは、全く性格がちがうので面白い。
「ゆかりちゃんは、ハワイに行ったことある?」
聡美が作ってくれたカレーを食べながら、僕はゆかりに尋ねた。
「ううん。ていうか、海外にはどこにも行ったことないよ」
― それなら!
「じゃあ、3人で行こうか。僕は5日くらいなら休めるよ」
「私も平気!行こう、行こう〜!」
聡美の顔がパッと明るくなった。
― 結婚式も新婚旅行もしていないし、この機会に向こうでするのもありだな…。
そう胸が躍ったが、ふと見ると、ゆかりは顔を曇らせている。
「……私は、クラスの友達と行きたい」
― あ…。だよな。
「ちょっとゆかり、なんでそんなこと言うの。健治がみんなで行こうって言っているのに」
「いいよいいよ!友達と行った方が楽しいもんね」
「でも、健治…」
僕は、ゆかりに対して申し訳なく思った。
母親からいきなり知らない男を「結婚相手だ」と紹介され、一緒に住むことになったのだ。
多感な女子高校生にとっては、受け入れ難い出来事だろう。
「ゆかりちゃん、ちょっといい?見てほしいものがあるんだけど」
22時。
MacBookを片手に、ゆかりの部屋をノックした。
僕がゆかりの部屋を訪ねるなんて、初めてのことだ。
「はい」
「ゆかりちゃん、ちょっといいかな?」
「どうぞ」
すこし怪訝な顔をしながらも部屋に入れてくれたゆかりに、僕はPCを広げ、画面を見せた。
「友達とハワイに行くのは、受験が終わった来年の3月くらいだよね。それなら高校卒業のプレゼントとして、これ買ってあげたいんだけど…どうかな」
話しながら、グローブ・トロッターのサイトを開く。
ゆかりの初めての海外旅行に、キャリーケースをプレゼントしようと思いついたのだ。
少々値の張るグローブ・トロッターは、高校生に贈るには高価すぎるかもしれない。
もしかしたら、露骨なご機嫌とりだ、なんて引かれてしまうかも…。と心配していたが、ゆかりの表情を見た瞬間、そんな不安は吹き飛んだ。
「…かわいい」
「でしょ!ほら、好きな色にカスタマイズできるみたいで。サイズは…海外ならこのくらいがいいかな」
僕は、グローブ・トロッター ミディアムチェックインをゆかりに勧める。
「このカスタマイズ、やってみてもいい?」
「もちろん。きっと何年も使えるだろうし、使えば使うほど味が出て愛着も湧くと思うよ。PCの方が見やすいと思うから、他のキャリーケースも色々見てみて」
長居するのも悪いと思い、僕はMacBookを置いて部屋を出た。
◆
翌朝。
「おはよう」
「おはようございます」
今日も部活の朝練があるのだろうか。キッチンでゆかりが弁当を作っていた。
昨日貸したMacBookは、ダイニングテーブルの上に置いてある。
― コーヒーは外で買うか。
そう思いながらウォーターサーバーから水をグラスに注いでいると、ゆかりが僕に話しかけてきた。
「パソコンありがとう。それと…昨日はごめんなさい」
「えっ?」
「本当は、ママと健治さんとハワイに行きたい。でも、私がいない方がふたりは楽しめるだろうなぁって」
ー ゆかりちゃん…。
思わず涙腺が緩む。
きっと僕らは、お互いに気を使いすぎていたのだと思う。
「そんなことないよ。もちろん聡美とふたりでも楽しいけど、でも、ゆかりちゃんがいてくれたら、もっと楽しい。家族みんなで行こうよ」
「うん。ハワイでピンクのパンケーキ食べたい」
「うんうん。食べよう!これからは、僕のこともっと頼ってくれていいし、雑に扱ってくれていいから」
「雑に、って」
ゆかりが笑った。
その笑顔は聡美にそっくりで、太陽のようにキラキラと眩しい。
僕は、この子の父親になれた嬉しさを、改めて噛み締めた。
「健治さんって呼び方は、すぐには変えられないかもしれないけど…。お父さんだと思ってるし、ママと結婚してくれたこと感謝してます」
「ゆかりちゃん…」
「それと、ママも欲しいって。グローブ・トロッター」
「あはは。もちろん買うつもりだったよ。せっかくだから、休みの日に店舗に見に行こうか」
「うん!」
僕が仕事に行こうとすると、ゆかりは僕に紙袋を差し出した。
「僕に?」
昼休みに開けた弁当の中身は、卵焼き以外のおかずはすべて冷凍食品だった。
思わず笑ってしまったけれど、こんなに心が温かくなった弁当は久しぶりだった。
▶前回:30歳男が本気の女に贈るプレゼントとは。アクセサリーでもバッグでもなく…
▶Next:10月7日 土曜更新予定
彼とのデートに、昔の恋人からのプレゼントを身につけて行ってしまった女は…