「お見合いって意外といいかも!?」32歳女が、親の勧めで“士業”の男と会ってみたら…
「好きになった人と結婚して家族になる」
それが幸せの形だと思っていた。
でも、好きになった相手に結婚願望がなかったら…。
「今が楽しいから」という理由でとりあえず付き合うか、それとも将来を見据えて断るか…。
恋愛のゴールは、結婚だけですか?
そんな問いを持ちながら恋愛に奮闘する、末永結子・32歳の物語。
◆これまでのあらすじ
実家に連れて行って両親に日向を紹介した結子。「結婚するつもりはあるの?」という両親からの問いに、日向は口籠もってしまう。そして、母は「結婚する気のない人と付き合ってないでお見合いしたら?」と助言するが…。
Vol.12 お見合いしたおかげで
― あーあ、なんであの時、何も言えずに黙ってしまったんだろう…。
結子の両親に挨拶に行った後から、なんとなく彼女との間に距離ができてしまった。
結子と会っているときは、今まで通りだ。
週末になればドライブに行ったり、会社帰りに食事に行ったりもする。でも2人の間には、明らかに以前とは違う空気が流れている。
その気まずい空気を払拭するために、お互い今まで通りに振る舞っている、とも言える。
― 結子さんの父親に「結婚」について聞かれた時、うまく返答していれば…。
かといって、今同じ状況に戻ったとしても、「結婚するつもりです」と即答することはできない、と日向は思う。
その場しのぎでも、嘘をつくことはできない。
いつだったか「相手が誰であっても結婚は考えない」と大学の友人に打ち明けたことがあった。
「結婚なんてどちらかの籍に戸籍を移すだけのこと。重く考えすぎなんだよ」
その時友人が言った言葉を思い出しながら、ぼんやりと考える。
― といっても、いざ家庭を築くってなると話は別だよな…。
かつて結婚と離婚を繰り返してきた日向の父は、妻と別れるたびに、息子に言い訳めいた報告をした。
「結婚するとお互いに甘えが出るんだよ、家族という甘え。特に子どもができるとな。母親なんだから当たり前、父親なんだからこのくらいやって当然的な」
結局父親は、経済的な協力は惜しまないが、自身の好きなことを諦めずに自由に生きる道を選んだ。
母とも、その後に再婚した女性とも、離婚することになった。
温かい幸せな家庭を経験していない自分に、それを築く能力などあるはずがないと日向は思う。
◆
― 最近のお見合いって、当人同士で会う感じなのね…びっくり。
土曜日の正午。
結子は、叔母に指定された渋谷のセルリアンタワー東急ホテルにやってきた。ここは叔母の家の従兄弟が結婚式を挙げたホテル。
一応、両親や親戚に恥をかかせてはいけないと、BOSSで購入した水色のシルクのワンピースに、ネイビーのショート丈のジャケットを羽織った。
さっきエントランスの自動扉に映った自分は、エレガントに見えた。
待ち合わせの『坐忘』に着くと、すでに見合い相手である谷口は着席していた。結子を見つけると、席を立ち、軽く会釈をした。
― へぇ…。もらってた写真より実物の方がいいかも。
「お休みの日にお時間をいただきありがとうございます」
谷口から促されるまま、結子は席についた。
「ランチもいいですが、もしよかったらアフタヌーンティーはいかがですか?」
「ええ、ぜひ」
結子は快諾する。
初めて会う人とランチを共にするより、軽食やスイーツをつまむ方が気楽だ。
それをわかっていて言っているなら、彼は意外と気が利く人なのかもしれない、と結子は安堵した。
「僕はロイヤルミルクティーですが、結子さん、シャンパンなんかもあるので気にせず飲んでくださいね」
「車でいらっしゃったんですか?」
結子が尋ねると、「実は、お酒があまり得意じゃないんです」と谷口は笑った。
聞けば、酒類は一切口にせず、趣味といえばスイーツを食べることと、ジムで体を鍛えることくらいだという。
しばらくすると、2人の前に小さなオードブルやスイーツが美しく盛られたスタンドが現れた。
スタンドの一番上には、海老とアボカドのピンチョスや、キッシュ、タルタルといったワインに合いそうなつまみが上品に鎮座している。2段目には焼きたてのスコーン、3段目には美しいプティフール…。
下段から手を伸ばし、「はは、美味いな」と嬉しそうにスイーツを口にする谷口。
「ピンチョスがとても美味しそうだし、せっかくだからシャンパン、いただきますね!」
結子は気にせずシャンパンをオーダーすることにした。
事前情報では、谷口の年齢は40歳で仕事は税理士。「堅実なお仕事だからあまり出会いがなかったらしいの」と叔母は言っていた。
しかし、実際谷口は、最大手の外資系税理士法人勤務で、ルックス的にも性格的にも女性から縁がないようには見えない。
「あの…谷口さんは、なぜ今回お見合いしてみようと思ったんですか?」
「いや、別に1人でも十分楽しいんですけど、あまりにも親がうるさいもんで…。きっと結子さんもそうですよね?」
彼の返答を聞いて、結子は納得した。
「で、前向きに結婚を考えるようになりました。お互い自立して、それぞれ趣味を楽しめるような方なら、あまり今の生活のペースを崩さなくてもいいかなと」
「そ、そうですよね」
要するに、今の生活に十分満足しているし、自分のペースに合わせて自立して生活できる人なら、結婚もあり、ということらしい。
― 結婚する意味ある?
両親に言われて来たというところまでは結子も同じだ。
日向の結婚への消極的な姿勢が変わらない以上、別のご縁があるのなら前向きに考えるのも一つの道だ、と自分に言い聞かせてこの場所にやってきた。
しかし、話を聞けば聞くほど、目の前の男性への興味は失せ、日向のことが頭に浮かぶ。
― やっぱり私、日向くんが好き…。適当なところで帰ろう…。
結子は相手の様子を気にしながら、ハンカチを取り出そうとバッグを手に取る。すると、バッグに接する指の腹から、スマホの振動が伝わってきた。
― 着信?
結子は、相手の話に適当な相槌を打ちながら、スマホを探り、画面を見た。
― え、日向くん!?
この場で電話をとるわけにもいかず、そのままバッグにスマホをしまう。
今日は、美容院とネイルサロンをハシゴするから会えないかもと日向には伝えているのに、なぜ?と結子は首をかしげる。
だが、結子は、何事もなかったかのようにまたシャンパングラスを手に取り、谷口に向き合う。
結子が小さなため息をつくと、今度は、チンとLINEの通知を知らせる音。きっと日向からだろう。
アフタヌーティーのスタンドは、ほぼ食べ尽くしていた。結子はグラスに残ったシャンパンを飲み干した。
「お代わりは?」
「ええ、もう十分です。今日は、お会いできて楽しかったです」
結子はチャンスとばかりに、お礼を言って締めくくった。
谷口と別れ、正面玄関からタクシーに乗り込むと、すぐにスマホを取り出した。
LINEにはやはり日向からのメッセージがあった。
「美容院とネイルに行くって聞いてたけど、なんとなく会いたくなっちゃって…」
その一文を読んだだけで、彼の声が聞こえてくるようだった。結子は思わず通話ボタンを押し、日向に電話をかけた。
◆
日向は自宅にいた。結子と連絡がついたら会えるかもと微かな期待とともに。
「何してたの?」
「ネトフリで映画見ていただけ」
やることのない休日の模範解答のようだと結子は吹き出した。
2人ほとんど同じタイミングで「会える?」と問いかけた時、ますます笑いが込み上げてくると同時に、結子の中ですとんと腑に落ちる感覚があった。
― 別にいいのよね。結婚とか形にこだわらなくても、一緒にいたいと思う人を大事にしよう。
中目黒でビールでも飲もう。そう約束して、落ち合う場所を決めると、もう今までのような迷いは一切なくなっていた。
タクシーを降りると、横断歩道の向こうからこちらに向かってくる彼が見えた。
「日向くん、うちの実家で、この間はごめんね。あの時私が言えばよかった。まだ結婚は考えていないって」
「いや、僕がちゃんと言うべきだった。来るべきタイミングが来たら、真面目に考えますって」
お互いに謝り合っているうちにおかしくなって、2人で大笑いする。そして、日向はふと我にかえり、結子をまじまじと見た。
「サロン帰りだけあって、今日の結子さん綺麗だね。その服、最近買ったの?」
「うん。私ね、そろそろ結婚しなきゃって思いすぎて、自分が何を一番大事にすべきか見失ってた。お見合いなんてしちゃって…。
でも、やっぱり私は日向くんが好き。だから、今は2人でいる時間を大切にしようって思っているよ。
結婚っていう形をとらなくても、ずっと一緒にいれればいいなって」
「ありがとう。結婚については、今はなんとも言えないけど、一緒にいたいっていう気持ちは僕も同じだから…」
人目も憚ることなく、日向がそっと結子を抱き寄せた。
「じゃ、早速行こうか」
「どこに行くの?」
結子が見上げると、日向はニヤッと笑って言った。
「不動産屋さん。急いで住む場所決めないと、またお見合いされちゃいそうだし。
僕、住むなら中目か三茶がいいんだよね」
「えー?私、代官山か代々木上原がいいー」
「じゃ、一通り見てまわろ」
2人は手を取ると、中目黒の雑踏をゆっくりと歩き始めた。
Fin
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