エリート弁護士が30歳の女に振られた、想定外の理由とは
「あの頃の自分が思い描いていたオトナに、ちゃんとなれてる？」
高校卒業から12年。
これは様々な想いを抱えて上京してきた、男女の物語だ。
恋に仕事に、結婚に。
夢と現実の狭間でもがく30歳の彼らが、導き出した人生の答えとは？
◆これまでのあらすじ
千紘と高校時代の同級生であり、東京で生きるムラタク。エリート弁護士として“勝ち組生活”を送っているはずなのに、いつも虚しい気持ちを抱えて過ごしていた。
▶前回：薄暗いバーの店内で怪しげな男から、いきなり茶封筒を手渡された29歳女。中に入っていたのは…？
村林拓也、30歳。エリート弁護士の悲哀
「拓也くん、今日は楽しかった。ありがとう」
西麻布のバー『Bar 霞町 嵐』のソファ席で、ライチのカクテルを飲み干した葉子さんは、腕時計に目をやった。時刻は23時。そろそろ、だ。
ある商社で受付嬢として働いている彼女とは、今夜が3回目のデート。…僕は今日、葉子さんに告白するつもりでいる。
「ちょ、待って！」
身支度をする彼女を引き留めた僕は、グラスに刺さっていた真紅のバラを抜き取り、葉子さんの前に跪いた。
「葉子さん、俺と付き合ってくれませんか…？」
彼女は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに視線を落とす。
「…ごめんなさい。拓也くんとは付き合えない」
「えっ！？」
葉子さんとは友人主催の食事会で出会い、一目惚れしてしまった。だからなんとか連絡先を聞きだし、デートを重ねてきたのだ。
フレンチディナーから、ソファのある隠れ家バーへと誘い、この後は六本木の高級ホテルへ…。という予定だったのに。
「俺じゃ、ダメなのか？」
恐る恐る聞くと、彼女は大きく首を横に振った。
「ううん、そうじゃないの。…ごめんね」
そう言って彼女は店を出ると、タクシーに乗り込んでしまったのだ。それを呆然と見送り、仕方なく西麻布交差点に向かって歩きだした。…そのときだった。
「えっ、ムラタク！？」
背後から、僕を呼ぶ声が聞こえてきたのだ。
振り返ると、そこには1週間前に結婚式を挙げたばかりの浩二と亜美が立っていた。
「ウェーイ！浩二と亜美じゃん、何してんの？」
無理やりテンションを上げて話しかけると、目の前の亜美は僕を避けるようにうつむいた。…ツラいことがあった後でも、僕はいつもこうやって道化を演じてしまう。
「お前こそ、こんな時間に何してるんだよ」
「この時間の西麻布って、デートかラウンジしかないだろ！…っていうか俺、告白してフラれちゃいました〜」
すると亜美がすらりとした腕をあげ、タクシーを止めた。
「浩二。私、先帰ってるね。男同士の積もる話もあるだろうし」
僕たちは、西麻布交差点すぐ横の『SUSHI権八 西麻布』に入った。明日、浩二と亜美は東京を離れ、地元・愛媛での新生活をスタートさせるという。
「東京最後の夜に、乾杯！」
ビールで乾杯した瞬間、彼が吹き出した。
「えっ、何だよ？」
「さっきからずっと気になってたんだけど…。それ、私服？」
「ファ？俺の勝負服だけど」
浩二は、胸に“RICH MAN”と大きくプリントされている、僕の黒Ｔシャツを指さした。
「ハハハッ！ムラタク、ほんっとに全然変わらないんだな」
そう言って爆笑している彼を見つめながら、僕は12年前のことを思い出していた。
村林拓也、18歳。シティーボーイに憧れて
「卒業生代表答辞、村林拓也くん」
「はい！」
2011年3月、高校の卒業式。体育館のあちこちから、すすり泣く声が聞こえてくる。
毎年、学年成績トップの生徒が卒業生代表として答辞を読む。今年選ばれたのは、もちろん僕だった。登壇し、大きく息を吸い込んで答辞を読み始める。
最後の一文を読み終えた後、僕はいきなり学ランを脱ぎ捨てた。
「ウェーイ！鬱屈した高校生活と、やっとおさらばだぜ！」
学ランの下に着ていたTシャツには、デカデカと“CITY BOY”とプリントされている。それを見た生徒たちはクスクスと笑い始め、来賓席に座る父親の顔はみるみるうちに歪んでいった。
「俺、上京して弁護士になって、女子にモテまくるのが目標です！先生、今までありがとな！」
「ムラタク―！いいぞ！」と男子の歓声が上がったが、女子は全員ドン引きしている。…男子人気は昔から高かったが、女子支持率はずっと0だったのだ。
「ふざけるな！お世話になった先生方に、あんな失礼なこと…」
自宅に帰ると、父が鬼のような形相で玄関に立っていた。
PTA会長である父は、田舎町に唯一ある法律事務所の弁護士。人望は厚かったが、お金にならない仕事を引き受けてばかり。
おかげで母がパートに出て家計を支えるくらい、生活はラクではなかった。
そんななか、僕は父の事務所を継ぐことを嘱望されていたのだ。でも田舎町で、金にならない揉め事の仲裁をするのは絶対にイヤだった。
「俺は父さんみたいになりたくないんだよ！」
そう家族に言い捨てて、上京した。そして猛勉強の末、司法試験に一発合格。東京で弁護士になり、企業法務専門の事務所に就職した。
それから一度も、地元には戻っていない。
「卒業式のムラタク、めちゃくちゃ面白かったわ。親父に啖呵きって上京して、一流事務所の弁護士になったって。…やっぱりお前、すごいよ」
我に返ると、浩二がケラケラと笑っている。
「まあ上京デビューしても、女子人気は変わらなかったけどな」
「ああ、さっきフラれたんだっけ」
「うん。卒業式の話したら、ウケると思ったんだけどなあ…。あ、葉子さんさ。俺たちの母校のこと、なぜか知ってたんだよ」
「…その子、葉子っていうのか？」
そう尋ねてくる彼の表情は、なぜか引き攣っている。
「うん。葉っぱに、子どもの子。…そういえば、商社で受付嬢やってるって言ってたな。浩二、知り合い？」
「ごめん、ムラタク。お前がフラれた理由、俺のせいかもしれない」
「えっ？」
「葉子、俺の元カノだわ」
「ウェェ！」と叫ぶ僕を横目に、彼は葉子さんの“金遣いの荒さ”に悩まされて別れたと話してくれた。
「あの子、出世しそうな男を捕まえてATMにするって言われてたんだぜ。付き合ってた頃は、全然気づかなかったけどさ」
「ま、まじか…」
見る目のなさを痛感した僕は、呆然と天を仰いでしまった。
「…ムラタク。お前は東京で成功するよ」
そう言って浩二は酒をあおり、地元に戻ることへの複雑な思いを繰り返し語った。
◆
翌朝。浩二と亜美、それから千紘も入っている4人のグループLINEを開く。
「地元でまた飲もう」という浩二のメッセージに「えー！偶然会ったの？」と千紘が反応している。…亜美は無反応だ。
僕は、ある違和感を抱いた。
― 昨日の亜美は、明らかに僕を避けていた。
思い返すと、結婚式でもそうだった。
「大和の死を、千紘のせいにしてしまった」と謝罪する浩二の横で「大和が死んだのは誰のせいでもない」と、繰り返した亜美。
…なんだかおかしいと感じるのは、僕が弁護士だからだろうか。
僕はベッドから起き上がり、引き出しの奥にしまっていた高校時代のガラケーを引っ張り出した。
「…あった！これだ！」
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2010年9月13日 8:48
From : 亜美
Subject : 約束
あのことは、絶対に言わないでね。
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「そうだ、思い出した…！」
大和が死んだ日。僕は亜美が、誰かとともに港を歩いているところを目撃していたのだ。
それが誰だったのかは、わからない。なぜなら後で尋ねたときに、彼女が血走った目で「あのことは忘れて」と詰め寄ってきたからだ。
― 亜美は何かを隠している。おそらく、大和の死の真相に繋がる何かを。
そんな思いを抱えたまま事務所に向かい、仕事に取り掛かろうとしていたとき。母からの電話が鳴った。
「母さん、どうしたの？もう、ミカンはいらないって言ってるじゃん」
「違うの。…お父さんが倒れたのよ。すぐに帰ってきて」
それは18歳のときに絶縁した父が、危篤だという知らせだった。
▶前回：薄暗いバーの店内で怪しげな男から、いきなり茶封筒を手渡された29歳女。中に入っていたのは…？
▶1話目はこちら：交際2年目の彼氏がいる30歳女。プロポーズを期待していたのに…
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大和の死の真相に迫る、ムラタクと千紘だったが…。
