「お金しかない人生だわ」親に頼る年収2,600万円の女の日常に異変が…
年収“8ケタ”（1,000万円以上）を稼ぐ女性たち。
給与所得者に限っていえば、年収8ケタを超える女性の給与所得者は1％ほど。（「令和2年分 民間給与実態統計調査」より）
彼女たちは仕事で大きなプレッシャーと戦いながらも、超高年収を稼ぐために努力を欠かすことはない。
だが、彼女たちもまた“女性としての悩み”を抱えながら、日々の生活を送っているのだ。
稼ぐ強さを持つ女性ゆえの悩みを、紐解いていこう――。
File12. 佳代子、年収2,600万円。お金しかない人生、つまらなくて仕方ない
「あぁ、今日も疲れたな…。夜ご飯はどうしようかな。まぁ、スーパーのお総菜でいいか」
佳代子は今日も、いつもと同じように定時で仕事を終え、帰りに最寄りのスーパーでの買い物を済ませ、自宅マンションで1人食事の準備をしていた。
「お金には不自由していないし、それなりに友人付き合いもあるから、独身でも大丈夫」
佳代子はこう思っていた。
しかし気がつけば、今では同年代の友人たちは皆、結婚して子どもを出産した人ばかりになっていた。
そんな友人たちを、平日の夜に食事に誘うことなどもちろんできず、こうして1人で夕食を取ることがほとんどだ。
土日のランチであれば、結婚して子どもがいる友人たちを誘ってもいいかもしれない。
しかし、彼女たちの話題といえば、夫や子どものことばかりだろう。そんな会話に佳代子がついていけるわけもない…そう思うと、友人たちを食事に誘うことも億劫になってしまうのだった。
◆
夕食を終え、お風呂に入った後は、テレビを見たり本を読んだりして過ごすのが佳代子の日課だ。
コロナ禍もあり、ここ最近は仕事以外で誰かと交流することはほぼなくなっており、何の楽しみも持てないでいた。
「私には何の楽しみもない。お金はあるけれど、お金しかない人生だわ…」
ふとした瞬間に、佳代子はこう思っては自嘲気味に笑うのだった。
佳代子は、食料品の輸出入などを扱う専門商社に新卒入社して以来、財務経理部の事務職で働いている。
事務職を選んだのは、営業など前面に出るような仕事はどうにも性に合わないと考えたからだった。
専門商社の事務職なので、会社員としての年収は800万円程度だ。
ではなぜ、佳代子は「お金がある」と断言できるのか。
それは、佳代子に複数の不動産資産を親から引き継いでおり、会社員としての収入をはるかに上回る不動産収入があるからだ。
そして、3年前には不動産管理会社も設立している。
オーナーが直接賃貸収入を得る場合には利益に直接課税されるが、不動産会社を設立して「会社から給料をもらう」という形にすることで、給与所得控除を受けることで節税できる。
会社員としての収入に、この不動産収入を合わせると、佳代子の年収は2,600万円ほどになっていた。
しかし、佳代子はわかっていた。
潤沢な不動産資産とその収入はあくまで親の力によるもので、決して自分の力で築いたものではないことを。
そして、女性1人が生きていくには全く困らない程度のお金があるがために、「夫も子どももどちらもいなくても、自分は何とか生きていける」というモードになってしまっていることを…。
― お金はあるけれど、お金しかない人生だわ…。
こう自嘲することが、年々増えてきている。
夫もいない。子どももいない。結婚の予定もないし、恋愛もしばらくしていない。
仕事も「誰でもできる仕事」と「親から譲り受けた仕事」しかない。
― “ない”ことばっかり。私の人生って、一体何なのかしら…。
佳代子は、言いようのない虚しさばかりが募るようになっていた。
◆
そんな矢先、佳代子の元に実家の母親から1本の電話がかかってきた。
「佳代子、大事な話があるのだけれど、今時間大丈夫かしら？」
この年齢、しかも独身となると、母娘関係も一定の距離ができる。それに、母は元々滅多に連絡を寄こさない人だ。
そんな母が電話をかけてくる時点で、「何かあった」という察しはついた。
「あのね、お父さんのことなのだけど…。
お父さん、2ヶ月くらい前から体調がすぐれなくて、先週ようやく病院に行ったらすぐに精密検査することになって…。
今日その結果が出たのだけれど、大腸がんのステージ�靴世箸いΔ海箸如帖�今週末入院して手術することになったの。
ほら、お父さん、病院行くのが嫌いじゃない？お母さんがどれだけ言っても聞かなくて…でも無理やりにでも連れて行けばよかった…」
母からの連絡は、父ががんに侵されているという知らせだった。「病院に無理やりにでも連れて行けばよかった」と言いかけた母は涙声になっていた。
― お父さんが、がん…。年齢的には、おかしくないことだけれど…。
大事な連絡を受けておきながら、今ひとつ実感がわかない。
状況に気持ちがまったく追いつかないでいる佳代子だった。
父のがん告知を境に、変化のなかった佳代子の日々は、否が応でも一変することになった。
「佳代子は仕事があるでしょう。お父さんのことはお母さんがやるから、大丈夫よ」
こう言ってくれるものの、70歳を超えた母にすべて任せるわけにもいかない。
せめて土日くらいは、母に体を休めてほしい。
佳代子は週末の両日は、できる限り病院と実家に行くようになった。
父親の手術が終わって1週間後。佳代子と母は、主治医から手術結果の説明を受けた。
がんはリンパ節に転移しており、病理診断の結果で大腸がん自体も再発リスクが高い状況であること。そのため、薬物療法や、進行によっては放射線治療となること…。
― せめて私は、冷静でいなければ…。
主治医からの説明を聞いて、明らかに動揺する母を隣に、佳代子は努めて平静を装っていた。
◆
手術が終わり退院後、父は薬物療法を受けることになった。
しかし、病状が好転することはなく、少しずつ痩せていってしまっているのもわかった。
「奥様とお嬢様に、今後についてご説明させていただきます。
通常、放射線治療を行った後は、抗がん剤治療や薬物療法を試すことになります。ただ、ご主人の場合、すでにがんがリンパ節に転移しており、難しい状況と言わざるを得ません。
ご家族のご準備もあると思いますので、標準治療の範囲での予後のご説明を…」
主治医からは「予後について」という説明を受けた。しかし、「予後について」と曖昧に表現しているが、事実上の余命宣告だった。
佳代子も素人ながらネットで色々と検索して、おそらく完治が難しいことは理解していたが、主治医に言われるとさすがに堪えてしまう。
「お母さんと佳代子も、覚悟を決めないといけないわね…」
母と話し、父が残りの人生を穏やかに過ごせるように暮らしを整えつつ、実家の家財など財産の整理を進めることになった。
平日は仕事、土日は実家での父親の世話と諸々の整理で、佳代子の疲れもピークに達していた。
◆
実家の整理も進めることになり、両親の許可を得て荷物整理を行っていたところ、父親の書斎の本棚にノートに挟まる封書があった。
封書には「佳代子へ」とあった。
― 誰に宛てたものかわからなかったら読むのは憚られるけれど、私宛てだし、読んでもいいわよね…。
佳代子はその封書を開け、中に入っていた手紙を開いた。
手紙にはこう書かれていた。
『佳代子、君がいつこの手紙を読むかわからないが、お父さんの気持ちを伝えておきたい。
小さい頃から、佳代子は本当に手がかからない子だった。もっとわがままを言ってもいいのに、聞き分けが良くて怖いほどだった。
・・・・
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大人になって、自立して生きている様子には安どしている。
きっと悩んでいることも多いだろうが、今の時代には、幸せの形はたくさんある。
お父さんは、どんな形でもいいから、他の誰でもなく、佳代子が望む人生を歩んでほしい。
そして、他の人が決める幸せではなくて、佳代子自身が見つける幸せを大事にしてほしい。』
― お父さん、こんなことを思っていたんだ…。
親からの資産でぬくぬくと生きていながら、結婚もせず、両親に孫の顔も見せられずにいることに、佳代子はどこか後ろめたさを持っていた。
1人で生きている自分の人生は、どうにも平凡でつまらないと思っていた。そして時には、良縁に恵まれない平凡な人生を恨めしく思うこともあった。
しかし、佳代子は気がついたのだ。それらの考えはとても傲慢だったことに…。
定職があり、自立できているだけでなく、両親の残した財産で豊かな生活を送ることができている。
交流は少なくても、友人にも、会社の人間関係にも何の悩みもない。そして何より、自分のことをこんなにも思ってくれる両親がいる。
― 私、目の前のある幸せを当たり前と思って、ないものばかり追い求めていたのかな…。
気がつくと目には涙が溜まっていた。
こうして自分の感情というものが出てくるのも、久しくなかったような気がする。
しかし、手紙を手にしてひとしきり泣いた後は、なぜだかとても晴れやかな気持ちになっていた。
小さい頃から過ごしていた実家。その父の部屋から窓の外に目をやり、佳代子は思った。
「お父さんとの時間ももうわずかかもしれない。けれど、こんなにも私のことを思ってくれている人がいる。今、この目の前にいるお父さんとお母さんのために、私はできることをやっていこう」
窓を開けて吹き込んできた風は、今の佳代子の気持ちと同じようにとても清々しかった。
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