「あんなに優しかったのに、一体どうして?」

交際4年目の彼氏に突然浮気された、高野瀬 柚(28)。

失意の底に沈んだ彼女には、ある切り札があった。

彼女の親友は、誰もが振り向くようなイケメンなのだ。

「お願い。あなたの魅力で、あの女を落としてきてくれない?」

“どうしても彼氏を取り戻したい”柚の願いは、叶うのか――。

●前回までのあらすじ●
柚は、同棲中の彼氏・賢也について悩んでいた。ここのところ週に何回も、0時すぎまで帰ってこない日があるのだ。浮気を疑い始めた柚は、賢也の手帳を盗み見ることにした。

▶前回:「あの女を、誘惑して…」彼氏の浮気現場を目的した女が、男友達にしたありえない依頼




柚は、電気もつけずに賢也の部屋へ入り、彼の手帳を開いた。

賢也らしい丁寧な文字で、仕事とプライベートの予定がぎっしりと書き込まれている。

― 女性の名前、あるかな。

根拠もなく頭に浮かんだ賢也の浮気疑惑で、柚の頭はいっぱいだった。しかし女性の名前を探してみても、どこにも見当たらない。

― やっぱり、浮気なんて気のせいだよね。

安堵のため息をついたそのとき、柚は違和感を放つ文字に気づいた。

『会う』。

そう書かれている日が、週に2、3回あるのだ。そしてその日は、これまで賢也の帰りが遅くなった日とピッタリ一致している。

「…『会う』って?」

相手の名前も書かずに「会う」とだけ書くなんて、完全に怪しい。きっと何か後ろめたいことがあるに違いない。そう確信したものの、賢也の手帳からはそれ以上のことはわからなかった。

― …じゃあ、スマホを見てみようかな。

スマホを見てもいいことがないのはよくわかっている。しかし、このまま疑い続けて、あることないことで気を揉むのはどうしても嫌だった。

― なにかあるなら、一刻も早く知りたいの。

そこで柚は、布団に入って賢也を待つ。そして賢也が来て眠ってしまうのを確認してから、指紋認証を使って彼のスマホのロックを解除したのだ。

― え。なによ、これ…。

LINEを開いたその途端。

目に入ったのは、「槙野 穂乃果」という女とのトークと、真っ赤なハートマークだった。


賢也のLINEに現れたハートマークの正体とは


「槙野 穂乃果」とのトークをそっとタップすると、画面にハートマークがたくさん出現した。

「今日も最高だった〜♡賢也、ありがとうね♡」

「こちらこそ♡次は今週土曜ね!銀座シックスの前に19時45分でいいかな?」

「了解。楽しみにしてる♡」

― なんなの…!

衝撃で心臓がどくどくと脈打ち、指先がこわばる。

賢也は、柚にはもう随分前からハートマークなど使わない。それなのに他の女性にはハートマークを使って甘いメッセージを送っている。そのことが柚の心臓をギュッと押しつぶす。

一体、どういう関係なのか。

震える手でトークをさかのぼって見てみると、賢也と穂乃果は毎日必ず連絡をとっていることがわかった。

そして、定期的にデートをしている。先週はなんと、テーマパークに2人で遊びに行っていた。

― この日は、休日出勤って言って出かけていった日だ…。毎日労っていた私が馬鹿みたい!

遅くなる理由は、仕事なんかではなかったのだ。

深呼吸をし、こういうときはどうすればいいんだっけ、と柚は考える。

泣きながら叩き起こすべきか。それとも、しばらく泳がせて証拠を集めるべきか。

いろいろと考えるものの、思うように頭が回らない。

結局、ぼうっとしたままスマホを元の位置に戻した。そして何もせずに身体を横たえ、しばらく賢也の安らいだ寝顔を見ていた。




そして、ようやく訪れた土曜日。柚は朝からぼーっとしてしまう。

【次は今週土曜ね】【銀座シックスの前に19時45分】

賢也が穂乃果という女に送っていたデートの約束が、頭から離れないのだ。

ソワソワする柚の気持ちを知らない賢也は、昼過ぎになると真顔でネクタイを締め、こう言った。

「ごめん。トラブルで緊急出勤になったわ」

慌ただしさを装っている賢也の演技は、驚くほど上手だった。

「そう…。遅くなりそう?」

賢也は「うん」と顔をしかめながら頷き、洗面所でヘアワックスをつけてから玄関に立った。

「賢也、何時に帰れそう?」

「いやあ…最悪帰れないかもしれない」

柚は一瞬真顔になったが、無理矢理口元に微笑みを浮かべて言った。

「そう。大変なのね。頑張って」

笑顔で見送り、ドアが閉まってから柚は思うのだ。

― 賢也の嘘つき!

もしドアが閉まる前に何か言っていたら、賢也を行かせないで済んだだろうか。

怒って泣きわめいたら、浮気をやめてくれただろうか。しかし柚には、自然に送り出すことしかできなかった。

それだけ、賢也を失うことが怖かったのだ。

しんとした一人の部屋で寂しさに襲われながら、賢也と出会った頃のことを思い出す。

あれは、お互いが24歳だった頃。

場所は、表参道のジムだ。


賢也は、ジムにいた柚に一目惚れし…


その日、柚はいつものようにストレッチスペースで体をほぐしていた。そして、タオルを置き忘れて立ってしまった。

そのとき「タオル忘れてますよ」と声をかけてくれたのが、賢也だったのだ。

「あ、うっかり。教えてくれてありがとうございます」

「…い、いえ」

一礼をした柚の顔を見て、タンクトップ姿の賢也はわかりやすく固まった。

「どうしました?」と問いかけたときに賢也がこう言ってくれたのを今でも覚えている。

「…すみません、綺麗な方だったから。…よかったら、LINE交換しませんか?」

ゆったりとした控えめな口調で言った賢也は、一般的なイケメンとは少し違った。しかし、全身から自信とひたむきさが滲み出ていて、生命力に溢れている印象を受けた。

そんな賢也の雰囲気を、柚は「素敵」と思ったのだ。

連絡先を交換したことをきっかけに数回ディナーをして、トントン拍子に交際を開始。賢也は、柚にいつも尽くしてくれる、最高の彼氏になってくれた。

仕事がどんなに忙しくても、たくさんデートに連れて行ってくれる。いつも笑わせてくれる。毎日しつこいくらいに愛情表現をしてくれて、まっすぐに自分を想ってくれる。

同い年カップルということもあって、共通の友達もたくさんできた。

あっという間に交際丸3年を迎え、表参道のマンションで同棲を開始。

一緒に暮らしてからも、賢也のまっすぐな態度は変わらなかった。




― いい彼氏だったのに…。

嘘をついてネクタイを結び、出かけていった賢也のことを思う。

2ヶ月前からは、部屋で一緒に過ごしているときもいつもスマホをいじるようになり、ちょっとした会話を覚えてくれていないことが格段に増えていた。

「まさか浮気する人だとは思わなかったけど…あからさまに態度が変わったもんなあ」

込み上げる涙を拭きながら、柚は思った。

― でも、別れたくない。絶対に取り戻したい。

柚は学生時代から言っていた。「浮気する男は絶対ナシ。もしされたら問答無用で別れる」。

賢也に対してもずっとそう思っていたはずなのに、いざ現実になると、問答無用で別れることなど到底できそうもなかった。

失望して座りこんだとき、LINEが鳴る。

「なんだろう…?」

LINEは、高校時代からの親友・東山創からだった。

『柚、今日暇だったりしない?デートの予定だったんだけど、女の子にドタキャンされて、暇でさ』

柚は、すぐに返事を打つ。

『会えるよ〜』

創に会えると思うと、心が少し明るくなった。

しかし柚はこのとき知らなかったのだ。

想像以上に最悪な夜が、待っているということを──。

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創と浮気現場に乗り込んだ柚。彼女が想像以上に傷ついたワケ