愛とは、与えるもの。

でも、与えすぎる愛は時に、相手を押しつぶしてしまうことがある。

愛情豊かなお嬢様・薫子(26)は、そんな“重すぎる愛”の持ち主。

「適度な愛の重さ」の正解とは……?

その問いに答えを見いだすべく、改めて恋愛と向き合った女の、奮闘物語である。

▶前回:「他の男性に目移りすることってない?」交際10年の恋人がいながらそう語る、女の真意






<嫉妬深くて独占欲が強い>
女友達と遊ぶことを許さなかったり、飲み会の場に女性がいるのかを聞いてくるといった行為は、男性に「重い」という印象を抱かせてしまいがち。昔の彼女の話を根掘り葉掘り聞くなどはやめましょう!

<詮索や束縛がはげしい>
自分以外の女の子と遊ばないでほしいと伝えたり、休日はいつも自分に時間を割いてほしいと思うのもNG。彼のスマホをこっそりチェックするなんて行為は問題外です。

<愛情表現が強く、感情的すぎる>
過剰な愛情表現は、与えるのも求めるのも「重い」と感じてしまう男性が多数。ちょっとしたケンカのときにすぐに泣いてしまうなど、感情的な女性を負担に思ってしまう男性はとても多いので気をつけましょう。

<結婚や子どもなど、将来の話ばかりする>
女性は男性に比べて、早い時期から結婚を意識するもの。でもだからといって、いつも「結婚したら…」のような将来の話ばかりをするのは、男性にとってはとんでもない負担です……


「うん、うん…。『男性に合わせてばかりで、尽くしすぎるのもダメ』と…。OK、大丈夫…」

土曜日の朝。

部屋の姿見の前で、ブラックのシャツワンピースを体に合わせながら、薫子は食い入るようにスマホを見ていた。

隅から隅まで読み込んでいるのは、女性誌のWebマガジンの特集記事、『“重い女”と言われてしまう特徴10選』。

前回のデートで“経験豊富ないい女”を演じることを決めたため、薫子は必死で予習復習に励んでいるのだ。


ネットを熟読して「脱・重い女」を図る薫子。はたしてその成果は…


「それから…?『毎日電話やLINE即返信もダメ』…。はい、それは大丈夫!気をつけてる!」

そうつぶやいた薫子は、内容を噛み締めるように何度も頷くと、記事をしまってLINEを立ち上げる。

『薫子ちゃん。明日は17時に六本木ヒルズで大丈夫?そのあと、夕飯も一緒にできそうかな?』

先日交換した純一郎とのLINEは、純一郎側のメッセージで止まっていた。

受信時刻は昨晩の21時。ひと晩も待ったのだから、そろそろ返信をしても大丈夫だろう。

『連絡が遅くなってごめんなさい。はい、17時に映画館でお願いします』
『その後も時間は大丈夫そうです。楽しみにしてます』

何気ないフリを装って、やっとメッセージを送った薫子だが、内心は長時間のおあずけ状態からやっと解き放たれた安堵感でヘトヘトだ。

― ほんとは嬉しすぎてすぐに返信したかったけど…即返信は重い女だもんね。

今までの薫子であれば、好きな人からのLINEには何をおいても即返信がお決まり。

けれど、純一郎に「重い」と思われたくないという想いが、どうにか自制心を働かせているのだった。




約束の17時。

訪れた六本木ヒルズの映画館で、薫子はチケットを純一郎に差し出す。作品は、魔法使いが主人公のシリーズ映画の最新作だ。

― この映画館、ひでくんとも何度も来たっけ。

なじみ深い映画館だが、ここで見た映画の内容はほとんど覚えていない。

薫子が思い出すのは、興奮して話し続ける秀明と、それを微笑ましく見守る自分の姿だった。

映画デートではいつも、「何見たい?ひでくんの見たいものを見よう!」と、薫子は秀明に合わせていた。

そのため、さほど興味のない激しいカーアクションや、アメコミのダークヒーローものに付き合ってばかり。

自分が興味のある映画を見たいときは、Netflixなどで配信が始まってから、ひとりで見ることが多かったのだ。

しかし、今の薫子は違う。

『男性に合わせてばかりで、尽くしすぎるのもダメ』

そんな記事を読んだばかりの薫子は、ハラハラしながらも少しワガママに、「見たい映画がある」と純一郎を誘っていたのだ。

「純一郎さん。映画に付き合ってもらっちゃって、大丈夫でした?」

ソワソワしながらそう問いかける薫子に、純一郎はニコッと微笑みを浮かべる。

「このシリーズいままで全部見てるから、最新作もちょうど見たいと思ってたんだ。一人じゃ行きづらかったし、薫子ちゃんと一緒に見られて嬉しいよ」

「そうですか、よかった」

シアターへと続くエスカレーターを何気ない顔で上りながら、薫子は心の中だけで思う。

― 映画の趣味も一緒だなんて。やっぱり、純一郎さんこそが私の運命の人なのかも…?


ますます想いを強めていく薫子。しかし、そんな彼女を待ち受けていた現実とは…


思い込みが強くロマンチストすぎる薫子だが、その日のデートは、確信を持ってもおかしくないほど順調に事が進んだ。

映画の内容はとても面白く、薫子は食い入るように没頭していた。そして、ほとんど無意識に肘掛けに手を置いた時…。

たまたま同じタイミングでみじろぎをした純一郎と、手と手が触れ合ったのだ。

ハッとした薫子は、胸を高ならせながら横目で、純一郎の顔を確認する。

平静を装っているような純一郎の横顔が見え、薫子は彼に溺れそうなほどときめき、胸を締め付けられた。

触れ合った手と手はしっかりと握られることはなかったものの、エンドロールが終わって劇場が明るくなるまで、そのままお互いの体温を伝え合う。

そして、映画が終わり次のレストランへと向かう道では、純一郎がしっかりと薫子の手を握ってくれていた。

― もしかして今日、もう付き合うことになっちゃう?純一郎さんも私のこと好きになってくれてる?…このまま今夜、部屋に誘われたりしたらどうしよう…!?

薫子は脳内の妄想が止まらない。

ドキドキしながら到着した『すぎ乃 麻布十番』でも、薫子と純一郎の会話は途切れることなく続く。

「映画は出してもらっちゃったから、ここは僕がごちそうするよ」

「そんな。前回のお礼のご飯も結局、純一郎さんが出してくださったから、映画はそのお礼ですよ」

「じゃあ、今日おごるお礼に、次また映画のチケットよろしく」

「あはは。純一郎さんとのこのやりとり、ずーっと続きそうですね」

美味しい食事と和やかな会話ですっかり気が緩んだ薫子は、少しの日本酒で火照ってしまった頬を抑えながら、言葉を続ける。

「そういえば、今日の映画の今までのシリーズって、全部劇場で見てます?」

「いや、去年くらいに家で一気見したんだよ。このシリーズが大好きな人がいて、まだ見てないなんて人生損してる!って言われてさ」

「そうなんですね!お友達ですか?」

そう言ってしまってから、薫子は小さく息を呑んだ。

― あっ…。今のって、詮索になるかな?




薫子の頭を、今朝読んだwebマガジンの文言がかすめる。

― 詮索や束縛がはげしいのは重い女…。

でも、そんな薫子の心配をよそに、純一郎は穏やかな口調で答えた。

「うーん、友達…ではないかな。男の35歳ともなると、友達と映画の話する感じでもなくなるしね」

薫子の心は、途端にざわつき始める。

いい大人なのだから、過去の恋愛経験など当たり前のこと。自分だってほんの少しだけ秀明のことを思い出したのだから、そんなことは当然理解している。

それなのに、さっきまで純一郎とつないでいた右手が、なぜだか少し冷たくなったような気がした。

しかし、せっかくいい雰囲気の夜なのだ。つまらないことでテンションが下がってしまっては、もったいない。

そう考えて話題を変えようとした薫子だったが、ちょうどいい相槌が見つからずに、飲み終えた日本酒のお猪口をじっと見つめた。

途切れることなく続いていた二人の会話は今、奇妙な沈黙に置き換わっている。

そして、その沈黙をはじめに打ち破ったのは、純一郎の方だった。

「あのさ。こういうことは、ちゃんと伝えておかなきゃいけないと思うから、言うね」

純一郎の意味深な言葉に、薫子はゆっくりと視線を上げる。

その目をじっと見つめながら、純一郎は続けた。

「奥さん」

言葉の意味が、分からない。薫子は思わず、小さな声で聞き返した。

「え…?」

純一郎は困ったような表情を浮かべながら、同じ言葉を繰り返す。

「映画を勧めてきたの、当時の奥さんなんだ」

▶前回:「他の男性に目移りすることってない?」交際10年の恋人がいながらそう語る、女の真意

▶1話目はこちら:記念日に突然フラれた女。泣きながら綴った、元彼へのLINEメッセージ

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意中の相手・純一郎がバツイチだったという事実に薫子は…