領土問題（無人島）をめぐる日中韓の政治的緊張が高まる中で、いろいろな
ことを考えます。すみません、きょうはサッカーの話より、国際関係がテー
マです。

旧ユーゴスラビアの紛争を取材してきた経験からいえるのは、ナショナリズ
ムはとてもデリケートでやっかいなテーマだということ。うっかりすると、
本物の戦争にまでいたる（誰かが死なないと気がつかないことがある）危険
性がある劇薬です。思いつくままに特徴をあげると……

◇友人は選べるが、隣人は選べない。（国や民族は引っ越しができないから）

◇親同士のケンカを子どもの世代が相続する必要はない。

◇ナショナリズムは過激なほど「正しい」ように聞こえる。

◇友好関係、壊すのは一瞬。（築くのには数十年の努力が必要）

◇ナショナリズムの衝突は原則として、大きい方、強い方が譲るべき。

◇難問は後回しでもよい。満点は必要なし。できる問題から着手しよう。

日韓関係でいえば、いろいろあったけれど、2002年のワールドカップ共催
以降、関係が大きく改善しましたね。日本における韓流ブームや、韓国に
おけるJポップ解禁などなど、友人も増えたと思います。

尖閣（釣魚）、竹島（独島）ばかりでなく、韓国・中国間の「蘇岩礁」や、
日本・ロシアの「北方領土」、中国・ベトナム・フィリピンの間の南シナ海
の南沙諸島などの問題も、パッケージで国際研究会を開いてみたらどうだろう。

研究会にはアメリカの代表も参加オーケーですが、民主党・自民党、両党の
党首選挙で「日本の領土・国土が脅かされている。自分たちで守らねば」と
言っていた同じ人が「だから日米同盟が重要だ」というのは、オスプレイ？

＃＃

きょう（28日付）の朝日新聞1面に作家の村上春樹さんの記事が載って
いました。（村上さん、朝日堂だから朝日新聞だったの？）

あまり政治的発言をしないどころか、めったにインタビューにも応じない
ことで有名な村上さんですが、4年前のイスラエルでの「壁と卵」発言に
続く、勇気ある発言だと思います。

村上春樹さん寄稿　領土巡る熱狂「安酒の酔いに似てる」（朝日新聞）
http://www.asahi.com/culture/update/0928/TKY201209270753.html

村上さんの「エッセイ」全文を読むには朝日新聞デジタルに登録（有料）が
必要なので、一部を引用して紹介します。（千田）

……文化の交換は「我々はたとえ話す言葉が違っても、基本的には感情や
感動を共有しあえる人間同士なのだ」という認識をもたらすことをひとつの
重要な目的にしている。それはいわば、国境を越えて魂が行き来する道筋
なのだ。
　今回の尖閣諸島問題や、あるいは竹島問題が、そのような地道な達成を
大きく破壊してしまうことを、一人のアジアの作家として、また一人の日
本人として、僕は恐れる。
……領土問題が……「国民感情」の領域に踏み込んでくると、それは往々に
して出口のない、危険な状況を出現させることになる。それは安酒の酔いに
似ている。安酒はほんの数杯で人を酔っ払わせ、頭に血を上らせる。……し
かし賑（にぎ）やかに騒いだあと、夜が明けてみれば、あとに残るのはいや
な頭痛だけだ。
　そのような安酒を気前よく振る舞い、騒ぎを煽（あお）るタイプの政治家
や論客に対して、我々は注意深くならなくてはならない。……
……僕に今ここではっきり言えるのは、そのような中国側の行動に対して、
どうか報復的行動をとらないでいただきたいということだけだ。もしそんな
ことをすれば、それは我々の問題となって、我々自身に跳ね返ってくるだろ
う。……（引用終わり）

政治的発言はしないと思われていた村上さんは2008年春の「エルサレム賞」
授賞式のスピーチで、有名な「壁と卵」発言をして、パレスティナを抑圧す
るイスラエル政府のやり方を批判したことがありました（授賞式には当の
イスラエルの首相ら政治家も同席していたそうです）。

いってみれば、パレスティナ問題もイスラエルとの「領土問題」なのですが、
イスラエルが軍事的に圧倒しているため、時代遅れの「（鉄やコンクリート
の）壁」で占領地を区分したり、戦闘機で空爆したり、一方的な状況が生ま
れている。抑圧された側は、絶望的なたたかいを続けている。

当時、「壁と卵の比喩はあいまいだ」などと批判する意見も聞かれましたが、
今回の「文化交流は国境を越えて魂が行き来する道筋」「報復的行動は取る
な」という発言も、このタイミングでということを考えれば、村上さんにし
てはかなり政治的で、勇気ある（度胸満点）の警鐘だと思います。

＃＃

一方、中国の現地で活動している岡田武史元日本代表監督（杭州緑城）は、
反日デモが激化していた当時もトレーニングを続け、日本人と中国人が協力
してサッカーをすることが大事と話しています。

残念ながら、15日の試合（山東魯能戦）が延期されたほか、先週の試合も
日程と場所が変更され、無観客試合になったということです。岡田さんが
どういう政治的立場なのかは知りませんが、サッカーのため、またサッカー
を通じた日中友好のために歯を食いしばってがんばっているのには頭が下が
ります。（千田）

反日余波！岡ちゃん無観客試合／中国スーパーリーグ（日刊スポーツ）
http://www.nikkansports.com/soccer/world/news/p-sc-tp3-20120924-1022136.html

……尖閣問題による反日の機運が高まる中国情勢のあおりを受け……２２日に
アウェーの瀋陽で行われる予定だった遼寧宏運戦が急きょ１日延期され、２３
日に中立地の北京で行われたものの、完敗を喫した。……瀋陽では１８日に
８０００人規模の反日デモが発生。日本総領事館の窓ガラスが割られており、
安全面が懸念されていた。結局、試合はこの日、北京郊外の香河国家訓練基地
で、中国スーパーリーグ史上初の「無観客試合」で行われた。
……岡田監督は試合後の会見で毅然（きぜん）と言った。「私はできることを
やる。中国人も日本人も、サッカー界としてともに団結すべきだ。私はサッ
カーに集中しているから、政治的要因などの重圧は考えたことはない」……


岡田監督は「今、私ができることは、中国人と日本人が本当に力を合わせて
心を１つにして戦っている姿を見せることだと思っている」と話しているそう
です。

杭州の監督に就任した当時は、ベンチに必ず共産党員の「領隊」（政治委員
あるいは旧ソ連にもあったコミッサールという制度ですね）という役員が
入らなければならないのに驚いたり、東アジアの政治情勢が緊張するかもし
れないが、政府レベルで解決できない問題をサッカーなど草の根の活動で
解決の糸口を見つけたいと語っていました。

岡田監督の今年2月の日経新聞のインタビューは以下のサイトで。

「中国サッカーは改革元年」　岡田武史・前代表監督（日経新聞）
http://www.nikkei.com/article/DGXZZO39071530U2A220C1000000/

岡田監督「……日本と中国と朝鮮半島の情勢というのは、これから緊張を増
していくかもしれない。そうしたときに政府レベルでは解決できない問題の
糸口を、人と人のグラスルーツの小さな絆によって見つけられるのではない
か……。自分にできること、サッカーを通じて何かできるのかを考えたら、
自分の子どもたちに何を残してやれるかといえば、そういうものしかないと
いう思いもある……」

岡田監督、小野コーチ、通訳の方はじめ杭州の日本人スタッフのみなさん、
どうぞご無事で。くれぐれも気をつけて下さいね。（千田）