1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
阪神 0 0 0 0 0 0 1 1 0 2
横浜 0 1 1 0 0 0 0 0 1 3

勝利投手 [ 横浜 ] 山口（1勝0敗6S）
敗戦投手 [ 阪神 ] 久保田（1勝2敗0S）
セーブ
本塁打
[ 阪神 ]
[ 横浜 ] 吉村 3号(9回裏ソロ)

「監督、高崎は尻上がりに調子を上げてきましたね。球数もまだ９０球ほどですから余裕の完投ペースです。これでまたリリーフを休ませることができそうですね」
上気した顔で話しかけた吉田に対し、目を瞑り腕組みをしていた尾花は、前を向いたままボソリとつぶやいた。
「このまま投げきったらヒーローは誰だ」
「もちろんチーム初完投の高崎でしょうね」
吉田は質問の意味が解らぬというような怪訝な表情で答えた。
「残り２回を継投で逃げ切ったとしたらどうだ」
「どうだといいますと？」
「誰がヒーローなんだ」
「誰がヒーロー？…とりあえず打つ方ではこれといって活躍した選手がいませんから、難しくはなりますね」
それを聞いた尾花はニヤリと笑い、そして言った。
「高崎は危ないな」
「えっ！…お、お言葉ですが今日の高崎は球威十分ですから大丈夫かと」
「絶対か」
「絶対？もちろん絶対とはいえませんが…」
「責任を取れるのか」
「責任といわれても…」
「じゃあ高崎は危ないんだな」
「…」
「代打！藤田！」
「監督ぅ……」

こんなやり取りを疑ってしまうほど、”功名心”丸出しの醜い采配だった。
自分の采配で勝ちたい。
監督の采配で勝ったと思われたい。
若いバッテリーの手柄を監督が横取りしようとするなど、尾花は鬼畜そのものである。腹立ちのあまりテレビに向かって生卵をぶつけそうになった。

今日も細山田は高崎をよくリードした。
細山田といえば”弱肩”で走られ放題というのが大方の見方だが、実は横浜捕手陣の中で最も優れた盗塁阻止能力を持っている。
肩の強さだけなら鉄砲肩の武山に及ばないが、モーションの速さはピカイチで、盗塁の半分くらいは平気で刺せるだけの力を持っている。
じゃあなぜ盗塁を刺せないのかと思うだろうが、刺せないのではなく刺さないのである。

普通、盗塁を阻止するために捕手は執拗な牽制球を投手に要求し、ストレート系を外角に集める配球をするのだが、それが元で四球を与えたりストレートを狙い打たれたりと、二次被害につながるケースも多い。
細山田は投手の負担となるその手の警戒をほとんどしない。

この日盗塁を企画したのは五回表の俊介と七回表の浅井。
送りバントを試みたスタンリッジを除けば、マートン・平野(五回)、マートン(七回)と三人の打者が打席に立っていたが、その間、高崎は１球たりとも牽制球を投げていないし、細山田が要求したのはすべて変化球だった。唯一のストレートは浅井を刺した最後の球だが、これは高崎が細山田のサインに首を振って投げたもので、ワンバウンドでもアウトにできるほど余裕のある送球だった。
細山田のイメージでは、１点獲られたら終わりというような場面ならともかく、それ以外なら、ストレート待ちの打者を変化球で追い込み、後続を断つほうがメリットが大きいという考え方なのだろう。

天才とは往々にして凡人には理解しがたいものだ。
ファンはもちろんのこと、味方の首脳陣までも欺いた細山田は天才捕手である。
この才能は横浜に多くの利益をもたらすだろうし、現役引退後は間違いなく名監督になる素材である。これからも細山田から目が離せない。