◆これまでのあらすじ

複数回の食事会を共にした男性・正志(28)と、食事会での態度をめぐっての言い合いの末「男性を人間じゃなくモノとして見ている、心が壊れている」と指摘されたモモ。核心を突かれて動揺したモモは、渋谷の雑踏に紛れながらもある人物に電話をかける。

▶前回:港区界隈では常識!?アラサー女子が付き合っていない男と“旅行”に行く理由




『CÉ LA VI TOKYO』を飛び出した私は、逃げ込むように渋谷の繁華街の人混みに紛れた。

― お願いだから、出て…。

正志に罵倒された動揺を抑えきれず、思わず電話をかける。

湧き出る焦燥を発散するかのように早足で歩きながら、呼び出し音に耳を澄ませる。

「はい、もしもし」

電話に出たのは、雄一だった。

「突然電話して、ごめん…。今、渋谷にいるんだけど近くにいたりする?」

「家にいるよ。どしたの」

私の様子がいつもと違うことを声色から察した雄一が、電話の向こうで姿勢を正したのが分かった。

「あのね、雄一。今、渋谷の南口近くにいて…」

「わかった。セルリアンタワーの『ベロビスト』に行ってて。10分で向かう」



私は言われるままにセルリアンタワーの40階まで上がり、エレベーターを降りた。

窓際の席に案内され、明るい東京の夜空をぼんやりと眺めていると、雄一がやってくる。

「お待たせ。モモから連絡してくるなんてめずらしいな。初めてじゃない?」

「雄一…お休みなのにごめんね、来てくれてありがとう」

雄一に会うのは、何ヶ月ぶりになるだろう。

気にはかけていたものの、雄一のガールフレンド・美樹との件もあり、会うのを遠慮するようになってから長い時間が過ぎていた。

ランチや飲みに誘おうとも思ったが、社内チャットの雄一のステータスは毎晩遅くまで『取り込み中』の赤いランプが点り、スケジュールも埋まっているようだった。

しかし、やってきた雄一は疲れを見せる様子もなく、柔らかなクルーネックニットを着こなし、いつもの穏やかな笑顔を見せる。


「あのね、ここ最近で多くの男性に出会った話を前回したと思うんだけど…」

私は雄一に、その経緯について一から話した。

婚約破棄を経験してから、恋愛不審になっていたこと。

異性と恋人同士としての関係を持つことに自信がなく、一歩踏み出すことで、傷つくのが怖かったこと。

だから、「落とされない」と決めたこと。

冷静に色々な人と向き合ってみたいという稚拙な思惑から、多数の男性とデートを重ねたこと──。

雄一に話しながら、私は自分自身のこれまでを振り返っていた。

― 私が求める幸せって何なんだろう。 私自身も、納得できる答えを出したい。

そう願って過ごしたこの数ヶ月。

心のどこかでは本当は、ただ平穏に恋人関係を持つことに憧れていたのだ。

それでも結局、相手を信頼した途端に傷つけられるかもしれない…という恐れから、誰とも関係を深められることはなかった。

そして、さまざまな男性を遍歴する中で、今日。ついに正志に「男性をモノ扱いしている」と指摘された。

…図星だった。

「自分の都合ばかり考えて、相手の気持ちに配慮ができなかった。結局、誰とも向き合えていないって気がついて…自分に失望したの」

雄一は、時折相槌を打ちながら、静かに私の話を聞いていた。




見慣れた雄一の微笑みに見守られながら、ひとつひとつ自分の葛藤を言葉にすることで、私は徐々に落ち着きを取り戻していった。

出会って7年。異性でありながら変わらぬ距離感で仲良くしてくれる雄一は、私にとってかけがえのない親友だ。

互いに言い寄ることはない。すなわち、この関係が壊れることはない。

それを確信できることで、どれだけ安心できるか。

― 雄一って、鏡みたい。

雄一は、仕事も人間関係も、良くも悪くも全力で「今」を謳歌している。

志は違うかもしれないが、同様に異性を遍歴してきた雄一に対して、私は自身を投影していた。

異性版の自分のような雄一は、味方であり同志である、唯一無二の存在に違いなかった。

「話、聞いてくれてありがとう。…落ち着いた」

「よし!じゃあ美味いもの食べに行こう」

ひとりでここに辿り着いた時の、静かに溺れるような焦燥感は、いつのまにか消えていた。

私は安らいだ気持ちで、キラキラと輝きの増した東京の夜景を後にした。



私と雄一を乗せたタクシーは、目黒川のほとりで停まった。

セルリアンタワーを出るタイミングで雄一が手配してくれていたのは、『Onda Tokyo』。

喧騒から離れ、目黒川沿いの落ち着く空間で、美しく優しい料理をふたりでいただく。




「東京って、変わっているけど興味をそそられる、魅力的な人で溢れているよね。前向きに出会いを求めてみたら、思いもよらない出来事もたくさん押し寄せてきたなぁ」

「それは、モモが自ら望んで引き寄せたんじゃないの」

「そうだね。でももう…満足した」

男性を遍歴したところで、「私の求める幸せ」は見つからない。

なぜならそれは、誰かがポンと差し出してくれるような、他力本願で手に入るものではないからだ。

「幸せ」とは、見つけるのではなく、作り上げるものなんだと思う。

そのために必要なのはたくさんの男性に出会うことではない。傷つくことを恐れずに、ひとりの人と向き合っていくことだ。

問題は…それが到底私にはできるとは思えない、至難の業であるということだけだった。

「この歳になっても、自分の未熟さと向き合う場面ってあるよな。いい経験したね」

食事が終盤に差し掛かり、運ばれてきたデザート。

そこには…私の誕生日祝いのメッセージが書かれていた。

「え、これって…」

「モモ、誕生日おめでとう。少し早いけど」

「いつの間に?ありがとう…!そっか。私、来月誕生日だ」

私は来月、自分が30歳の誕生日を迎えることを思い出す。

「雄一、本当にありがとう。出会って7年、私たちも30か…」

「20代、お互い駆け抜けたね」

「なんだかんだ、楽しかった。これからもよろしくね」

すっかり自分の悩みを吐露し尽くして、もはや抜け殻のようになっていた私だったけれど、次の瞬間。私はさらに大きく感情を揺さぶられることになった。

「もちろん!あ、そうだ。俺、結婚することになった」

「え?」


雄一の口から出た、さらりとした結婚報告。

私は驚きのあまり、思わず間抜けな声をあげてしまった。

「え?結婚…?雄一が?」

「冗談だと思ってる?ほんとだよ。来月入籍する」

「本当に…?おめでとう!」

いつもどおりの、自然で幸せそうな雄一の顔。彼はこんな笑顔で冗談を言う人ではない。

私はこの瞬間、同志を失ったことを理解した。

「相手はもしかして…」

「そう。美樹と結婚する。モモのおかげだよ」

あれから雄一は美樹と一緒にいる中で、雄一の女遊びに勘付いていながらも純粋さを失わず側にいてくれる美樹に、素直に惹かれていったという。

美樹以外の女性と遊びたいという欲求が自然となくなり、結婚したいと言う美樹の希望を叶えてあげたくなった、という話だった。

「うん。よかった」

そう言いながら、私に湧き上がってきた感情は…喜びと希望だった。




雄一の幸せな報告は、素直に嬉しい。

まるで自分のことのように、喜びで心が晴れ渡っていくのを感じる。

なぜなら、私は雄一に自分を重ねていたから。

― 雄一が卒業できるなら、きっと私も卒業できる。

特定の恋人を作らずに混沌とした人間関係を楽しむ旅は、楽しく刺激的だった。

しかし、どこかに自分に人を愛せるときは来るのか?という不安を抱えていた。

雄一は愛する人を見つけ、一緒になる覚悟をした。

自分に瓜二つだと感じていた雄一が、未来への扉を開いたという報告。

私は彼の幸せを祝福するとともに、雄一に自分を重ねることで自分の未来への可能性を感じ、心からの笑顔を浮かべた。

「あらためて、おめでとう。美樹さんと幸せになってね」



翌日の朝。

早起きをした私は、誰もいない始業前のオフィスで年内の予定を確認していた。

― 散らかっていた自分のプライベート。もういい大人なのだから、ここで一区切りつけよう。

今年も残すところ、1ヶ月。

幸か不幸か、手帳には仕事以外の予定はほとんど入っていない。

結局どの男性とも、互いに真剣に向き合うことはできず、縁遠くなってしまっていた。

…唯一、毎週金曜日の夜。

約束しているわけではないが、予定のない金曜日は健太郎とディナーに行く関係を細々と続けていた。

出会った時の発言や態度は衝撃的だったが、健太郎はいつでも悪気なく本音をぶつけてきた。

そして「モモちゃんはどうしたいの。どうあったら満足できるの?」と、私の意見を聞こうと前向きな姿勢でこちらを向いていた。

互いに良い部分も悪い部分も少しずつ見せ合いながら、半年の時を重ねてきた。

今の健太郎は、心強い仕事仲間であることはもちろん、プライベートを彩ってくれる存在だ。




私は、健太郎に好意を抱いている。

きっとそれは、彼が自分の幸せを実現するために自己開示をし、私と向き合う準備をしてくれているからだと思う。

まだ何も進めていない健太郎との関係。

彼は、私のことを今どのように思っているのだろうか。

未だに、「結婚せずに子どもだけ欲しい」と願っているのだろうか。

― 私は、愛する人と信頼関係を築いて、ずっと一緒にいられる関係を作りたい。

私がこれからも健太郎と一緒にいたいと思うのなら、雄一が美樹にしてあげたように、健太郎の希望を叶えるという選択肢もありなのかもしれない。

もしくは、私の希望に健太郎が寄り添ってくれるかもしれない。

― いずれにしても、話をしてみよう。

話し合いの末に、互いに納得できる落とし所が見つからなければ、中途半端な関係は終わりにする。

ひとりになったっていい。仕事や友人、私には向き合うべき大切なものがたくさんある。

『健太郎、話があるの。今週の金曜日会える?』

― あとは自分の気持ちをぶつけて、前に進むだけ。

メッセージを送り、窓から忙しそうに人々が行き交う丸の内の街を眺める。

すると、すぐに健太郎からの返事がきた。

『会えるよ。話そう。また、金曜日に』

30歳の誕生日を前に勝負の日を決めた私は、清々しい気分で自分のデスクへと向かった。

自分をさらけ出すのは、怖い。

誰かと真正面から向き合うのは、怖い。

大きな仕事で取り返しのつかないミスをすることなんて、比べ物にならないくらい。

だけど私は今、本気で思っている。

誰かと本気でぶつかり合って───好きになりたいって。落とされてみたい、って。

それが健太郎だったら、すごく、嬉しいんだけどな。

Fin.

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