30代のバツイチ子持ち女は、付き合うには最高だった。でも、結婚するのはやっぱり…
◆これまでのあらすじ
再婚活を始めた、シングルマザー沙耶香(34)。高校時代の同級生・陽平にプロポーズされるが、彼の両親に反対される。説得しようと試みる沙耶香に、陽平は…。
▶前回:「仕事が忙しかったのは本当なんだけど…」突然3週間連絡が取れなくなった男。予想外のお願いとは
陽平の覚悟
「もう、俺の実家に行くのはやめよう」
いつの間にか肌寒さを感じるようになった土曜日。
沙耶香の家で一緒に夕飯を取り、美桜を寝かしつけた後、陽平が唐突に言った。
今日は朝から大宮にある陽平の実家を訪れたが、玄関の前で少し話をしただけで、やはり何の進展もなかった。
そのため、行き帰りの電車は美桜も一緒で、陽平はいつものように明るく振る舞っていた。
そんな彼を見て、沙耶香も諦めずに何度も彼の実家に足を運ぶつもりでいたのに、とショックを受ける。
「どうして…?私との結婚が嫌になった?」
最近の疲れた様子や、小さな喧嘩が増えていたことなどを考えると、気持ちが冷めてしまったのでは、と不安になる。
心配そうな眼差しを向ける沙耶香に、陽平が優しく言った。
「いや、そうじゃない。ただ、もうこれ以上みんなに迷惑をかけたくないんだ。沙耶香にも、悲しい思いをしてほしくない」
「私は、覚悟をしていたから大丈夫だけど…」
沙耶香は否定したものの、美桜も実家も巻き込んでしまっている後ろめたさを感じた。
些細な表情を読み取ったように、陽平が沙耶香を見つめる。
「ありがとう。でも、これ以上は俺が嫌なんだ。美桜にも沙耶香にも負担をかけたくない。だから…」
陽平はそう言うと、大きく息を吸った。
「沙耶香がもし別れたければ、残念だけど受け入れるよ。でももし、時間がかかっても待っていてくれるなら、絶対に俺が説得して、許しをもらうよ」
陽平には幸せになってもらいたい。だからこそ、両親に受け入れてほしかった。
別れた方が陽平のためではないか、と沙耶香は実家へ行く度に考えた。でも…
「別れない。陽平が諦めない限り、私も絶対諦めない。いつになっても大丈夫だから」
沙耶香の決意を聞き、陽平は安堵の表情を浮かべる。
そして沙耶香をぎゅっと抱きしめると、「ありがとう」と耳元で囁いた。
◆
2ヶ月後。
沙耶香が美桜を連れて、実家に泊まった帰り。
実家の最寄駅のホームで、美桜が前を見ずに走ってしまい、50代くらいの男性にぶつかった。
「ごめんなさい」
沙耶香と美桜が謝るものの、その男性はすごい剣幕で怒鳴ってきた。
「危ないだろう!」
そして美桜の腕をぐいっと引っ張る。沙耶香は咄嗟にその手を振りほどいた。
「何するんですか!」
「ぶつかってきたのはそっちだろ!」
普段ならなるべく関わりたくない相手だったが、今にも美桜に危害を加えそうで、沙耶香は必死にかばう。
すると今度は、矛先が沙耶香に向いた。
「お前の躾が悪いんじゃないのか?」
そういって、手をあげて平手打ちをするような真似をする。けれど沙耶香は動じず、美桜を守るように抱きしめながら、じっと彼を見据える。
その時、後ろから声がした。
「何をしているんですか!駅員を呼びますよ」
女性はそういうと、あたりを見回して駅員を探す。それを見た男性は「くそっ」と舌打ちをすると、そのまま去っていった。
「女性や子どもに手をあげるなんて、信じられないわ」
近づいてきた女性と目が合い、お互いに「あ」っと声を上げた。
「沙耶香さん…」
それは、陽平の母親だったのだ。
「ご無沙汰しています」
「お嬢ちゃんは大丈夫?念のため、診てもらったら?」
彼女が心配そうに聞くと、美桜は小さな声で「大丈夫です…」と答える。
先ほどの出来事にショックを受けているようだ。
すると陽平の母親は「おばちゃんがお菓子買ってあげるから、ここで待ってて」と、売店まで小走りでかけていく。
少しして戻ってくると「そこのベンチに座りましょう」と一緒に近くに座った。
「これどうぞ」
「ありがとう」
彼女は美桜にお菓子を手渡し、美桜も少し落ち着いたのか、笑顔を見せる。
「ありがとうございます」
「いいのよ。あなたも強いわね」
陽平の母親は、沙耶香を気遣うように背中に優しく触れた。
「でも、今度から気をつけて。世の中変な人っているから、本当に殴られていたかも。次からはすぐに逃げること」
「はい、美桜も私も本当に助かりました、ありがとうございます」
沙耶香に笑顔で答えると、今度は美桜の頭を撫でながら「美味しい?」と尋ねる。
「美桜ちゃんっていうのね。とてもいい子ね。陽平が2人と家族になりたいって言ったのが、なんとなくわかるわ」
沙耶香はどう答えていいのかわからず、ただ次の言葉を待っていた。
「陽平、何度も説得しに来てるの、昨日もね。でも母親って、子どものためなら危険も犯せるし、悪役にだってなれるのよね。陽平があなたたちを好きなのは伝わったけれど、やっぱり母親は、正しい道を選ばせないといけないから…」
陽平の母親は、そう言いながらもどこか寂しそうな顔をする。すると突然、美桜が口を挟んだ。
「おばちゃん、人の好きなものは変えられないよ。正しいかそうじゃないかは、自分で決めるんだよ。
お母さんがいつも言ってるもん。“自分で好きな方を選びなさい、それがその人にとって正しいものなんだよ。もし失敗しても、後悔しないでしょう”って」
想定外の言葉に、陽平の母親は驚いたように美桜を見つめると、少し黙った後に「そう…」とこぼした。
沙耶香たちの乗る電車がホームに近づき、「ありがとうございました」と挨拶をすると、彼女が最後に言った。
「あなたは、いい母親ね」
その一言が、沙耶香には、とても嬉しかった。
「おめでとうー!」
雲一つない爽やかに晴れ渡った空の下で、花嫁が嬉しそうに微笑んだ。
今日の主役である由梨は、これまで沙耶香が見てきた中で、一番輝いている。
「由梨ちゃん、おめでとう!」
「美桜ちゃん、ありがとう」
由梨は、当初、息子の和樹が彼氏に懐かず悩んでいた。しかし、由梨が和樹と2人の時間を大切にすることで、自然に彼氏にも心を開くようになった。
そしてやっと、正式に結婚することになったのだ。
「素敵だね。なんだか遊園地みたい」
「でしょう?私の友達、子持ちの人も多いから、子どもたちが遊べるようにしたの」
式場の広場には、巨大なバウンスハウスや子どもが遊べる遊具などが置かれている。
美桜も和樹と一緒に、早速遊び始めた。
「沙耶香は、あれから進展はないの?」
「そうだね…」
陽平の母親に会った後も、陽平は1人で何度か実家を訪れている。
少しは変化が見られたか、と思ったが、陽平の父親の方が反対しているらしく、結局何も進展はない。
忙しい中を縫って実家に帰っているため、最近の陽平からは疲れた様子が見られる。
「何も心配することはないよ」
彼は優しくそう言ってくれるが、陽平の瞳からは輝きが消え、こんな生活がいつまで続くのか、というような懸念が見てとれた。
― 私たち、どうしたらいいんだろう…。
幸せそうな由梨たちを目の前にすると、不安な気持ちが掻き立てられる。
◆
17時過ぎ。
披露宴が終わり、少し辺りが薄暗くなった中、沙耶香は美桜と帰路についた。
マンションのエントランス付近に着くと、少し痩せた陽平が立っているのが見えた。
嬉しそうに駆けていく美桜の後を追うように、沙耶香も一緒に陽平の方へと駆け寄る。
「陽平、急にどうしたの?」
「LINE送ったんだけど、見てない?」
沙耶香は慌ててスマホを確認する。
式の時に電源を切ったままにしていたことに、今気がついたのだ。
部屋へと向かいながら、沙耶香がスマホを起動して、メッセージを確認しようとする。
エレベーターの中は電波が悪く、なかなか更新されない。
部屋に着くと、待ちきれなかったように陽平は早速美桜と沙耶香をソファに座らせる。
そして2人に目線を合わせるようにしゃがみ込み、言った。
「あのさ、いいって」
「え、何?」
「結婚!うちの親が“いい”って言ってくれたんだ。とうとう、許してくれたよ」
うそ…と沙耶香は喜びで言葉を失くす。
どうやら陽平の母親が、父親を説得してくれたようだ。
陽平は美桜と沙耶香の手を取ると、片方の膝をついて座り直し、言った。
「待たせてごめん。俺は、沙耶香と美桜とずっと一緒にいたい。改めて、僕と家族になってください」
小さく震わせてそう告げた彼の瞳は、透明の膜が張ったように濡れていた。
沙耶香が美桜を見ると、美桜も嬉しそうに沙耶香に笑顔を向ける。
「ありがとう。私も、陽平と美桜と3人で、家族になりたい」
シングルの親にとって、再婚活は簡単ではないし、世間からよく思われないこともある。
失敗した経験から、幸せに対して臆病にもなった。
けれど、誰もが幸せになる権利があるんだと、沙耶香はそう、思えた。
Fin.
▶前回:「仕事が忙しかったのは本当なんだけど…」突然3週間連絡が取れなくなった男。予想外のお願いとは
▶1話目はこちら:ママが再婚するなら早いうち!子どもが大きくなってからでは遅いワケ