◆これまでのあらすじ

Instagramで繋がっていた男性・正志(28)と、偶然代官山で出会ったモモ。ディナーを共にした夜、半ば強引に自宅へ招かれるも、長居せずに帰宅しようとする。送りの車を呼んでくれた正志は、帰り際にモモを旅行に誘う。ふたりきりではなく友達を誘ってもいいと言われるが…。

▶前回:「この車、どこに向かってるの!?」初デートの男とタクシーに乗ったら、知らない場所に連れて行かれ…




エレベーターホールの静けさの中、しばらく正志と見つめ合う。

ベンチャー役員の正志とは、今日Instagramつながりで会ったばかりだ。旅行の誘いは突然だったけれど、私は抵抗を感じてはいなかった。

旅行ほど、人間の本性が浮き彫りになることはない。一緒にゴルフでコースを回ることなど比べ物にならないくらい、相性がはっきりと確認できるだろう。

おそらく正志は、2人で何度も不毛なデートを重ねるよりも、手っ取り早く私との相性を確かめたいのだ。

そういうある種のせっかちさは、タイムイズマネーの感覚が染みついた外資系企業勤務や経営者の男性にはよくある考え方だと思う。

そしてその考え方には、私も少なからず共感する部分があった。

しかし、どう返事をすればいいのか戸惑った。

「友達を誘ってもいい」と言われても、知らない人との旅行に付き合ってくれる女性なんて、簡単には思い当たらない。

30歳前後の女はそれぞれの事情で忙しく、優先順位というものがある。

「うーん。誘える友達いるかな…」

「それなら、旅行のメンバー探しとして、食事会しようよ。気の合いそうな人を探して一緒に行った方が、旅行も楽しめるだろうし」

「なるほど、面白いかも」

確かにこの方法なら、正志と私のどちらとも一緒に楽しめる人を探せるし、全くの見知らぬ人と旅行に行って、合わなかった…という失敗を防ぐことができる。

それに──正志と私はまだ、1対1でしか会話をしたことがない。食事会という場でどのように振る舞うのかを、どのような人脈の友人を連れてくるのかを観察することで、私自身も、正志のことをもっと知ることができそうだ。

「車、来てるね。今日はありがとう、気をつけて。また連絡する」

正志は待っていた運転手に挨拶をして、私を車に乗せると、エントランスの方へと消えていった。



それから、旅行メンバー探しと称した食事会の誘いが正志から度々あり、その度に私は女友達を紹介した。

美人な子、人当たりのよい子、知的な子、スタイルのいい子、礼儀正しい子…。

同世代のベンチャー社長との食事会と言えば、みんなそれなりに興味を示してくれた。

しかし、そこでの正志の態度に、私は困惑していた。


どんなに盛り上がっても、正志自身は一次会で帰宅するのだ。

「仕事があるから」と言って、2軒目はおろか、旅行の話を少しも切り出さないうちに帰ってしまう。

正志の側の友人はそんな彼を見てもイヤな顔ひとつせず、女性陣を楽しませようとエスコートしてくれるいい人たちばかりだったのが、唯一の救いだった。

― 可愛い子を連れて行っているつもりだけど…何が気に入らないんだろう。

始めは機嫌でも損ねたのかと思ったが、正志からの誘いは変わらずに来る。

その一方で、毎回正志がこの調子なので、旅行メンバーは一向に決まる気配がない。

考えあぐねた私は、ある人にメッセージを送ることにした。

『ちょっと相談があって…』




メッセージの相手は、貴重な年上の友人である玲美。

彼女なら人生経験も豊富そうだし、何かアドバイスをくれるかもしれないと思ったのだ。

私はことの経緯を玲美に話した。

『合コン好きな人は一定数いるけど…彼はそういうタイプでもないの?話に聞くだけだと、真意はわからないね』

『玲美さん、良かったら次回来ませんか?笑』

『いいよ!おもしろそうだし』



11月の上旬。ハロウィンが終わり、街の様子はすっかりクリスマスだ。

まだ早い気もするが、こうしてふた月近くクリスマスムードに晒されることで、新たな年を迎える心の準備ができるようにも思う。

私は食事会の前に、玲美と『カフェ・ジタン』で待ち合わせていた。

「玲美さん!お久しぶりです」

玲美とは自宅も近いためしょっちゅう一緒に飲んでいたが、会うのはしばらくぶりだった。

「銀座で文也くんたちと飲んで以来だね。実は私も息子の受験でバタバタしてて…」

「え?玲美さん…お子さんいるんですか?」

「うん。あまり人には言ってないけど、いるよ。12歳」

「12歳の息子さん!…玲美さんって全く生活感がないですよね」

玲美はアペロールスプリッツ、私はアールグレイ・ジントニックで乾杯をする。

「そう?まぁ私は私だし、既婚とか子持ちとか、そういう色眼鏡で見られたくない気持ちはあるかな。SNSにこういうことは一切あげないし、なんの仕事をしているかも、プライベートでは言わないようにしてる」

「そうなんですね…」

恋愛や結婚が怖いくせに、安定した関係への憧れを捨てきれない。周りの変化に流されて、子どもが欲しくなる。冷めたふりをしながら、既婚や子持ちのステータスにこだわっている、そんな私とは大違いだ。

― パートナーや子どもの存在は、確かに人生の一部になり得るけれど、私の一部になるわけじゃない。

玲美にそう気づかされて、一筋の光が見えたような気がした。

食前酒代わりのカクテルを飲み終えて、私たちは恵比寿駅の反対側にある『イル・ボッカローネ』へと向かった。




時間通りに始まった正志との会では、玲美はいつものように、高嶺の花的な美貌とは裏腹な「年上のお姉さん」キャラで気さくに振る舞ってくれた。

初対面だった正志と正志の友人もすぐに打ち解けて、玲美のことを気に入ったようだった。

しかし2時間足らずで食事を終えると、正志は悪びれる様子もなく、またしてもそそくさと私たちを置いてレストランを後にする。

残された彼の友人も「女同士水入らずのところ、邪魔するのも野暮だから」と言って、連絡先だけ交換して帰っていった。

美味しいイタリアンの余韻が残ったまま、私たちは中目黒方面へと歩く。

せっかくだからもう一軒、と女ふたりで『Bar Tram』に寄って行くことにした。


「玲美さん、今日はありがとうございました」

「こちらこそありがとう。チーズリゾットにワイン、美味しかったね」

「それで…彼のこと、どう思います?」

「うーん。時間を浪費するだけだから、あの人とは離れた方がいいと思う」

理由を聞くと、正志は仲間の男たちに女性を紹介したいだけで、経営者の男の世界ではよくある話ということだ。




その夜、私は正志からLINEを受け取った。

『旅行メンバーなかなか決まらないから、やっぱり二人で行かない?』

― え、今までの食事会ってなんだったの…?

お互いのことをもっとよく知るため。そう思って尽力していた私は、耳を疑った。

もしかして、正志はこれを狙っていたのだろうか?

仕事仲間との飲み相手として私に女友達を斡旋させ、「だれも適格者がいない」ということにして、旅行にはあわよくば二人きりで行きたい?

いや。そもそも私のことを本気でもっと知りたいとすら、思っていなかったのかもしれない。

そう思っているとしたら、こんな紹介業者のような扱いは受けないはずなのだから。

正志に対して、私は憤りを感じた。とはいえ、確認しないことには彼の気持ちはわからない。

『会って話したい』

どうにか気持ちを抑えつつ簡素なLINEを送り、私は正志との約束を取り付けた。



翌日曜日。

友人との打ち合わせで渋谷に来ているという正志と、夕方『CÉ LA VI TOKYO』で落ち合う。

「モモちゃん!お待たせ。明るいうちにに会うのは、はじめてだね」

「おつかれさま。『Anjin』で会った時も、一応日中だったけどね」

「ああ、そうか。でも久しぶりに二人で会うのもいいね」

上機嫌な正志。

事なかれ主義の私は、こういうシーンで怒りや悲しみの感情を露わにするのが苦手だ。

勢いづけに『渋谷サンセット』をグラス半分ほど飲み干し、切り出した。

「もう食事会をするのは、やめよう」

「ん?」

「これ以上、正志さんに女友達は紹介したくない…ってこと」

「ああ、そっか。大丈夫だよ、俺がモモちゃんの友達に興味を持ったこと、ないでしょ?俺はモモちゃんだけいてくれればいいよ。旅行も、二人で行こう」

「そうじゃなくて」

はじめは私のヤキモチかと勘違いしていた正志だが、様子がおかしいことに気づいたようだ。

「じゃあ、どういうこと」

「正志さんが連れてくるのはいつも仕事仲間で、毎回ひとりでさっさと帰って、その後のフォローも何もなかった。

女友達から、聞いたの。正志さんの友人からは後日しつこいくらいに誘いがある一方で、正志さんからはお礼メールへの返信ひとつないって」

「だって、興味ないし」

「正志さんにとってはその日一度限りかもしれないけど…私にとってはひとりひとりが大切な友達なの。友達にそんな態度とられると傷つくよ」

「いいじゃない、彼女たちも俺のおかげで経営者の男たちと繋がれたでしょ」

「それって…縁を大切にしてないよ。女性を社交の道具として、使い捨ててる」

ここまで言ったところで、正志は私に見限られたことを悟ったのだろう。

今まで柔和に微笑んでいた眼差しがスッと冷え、まるで道端の石ころでも見るかのような表情を浮かべる。

そして、私が正志を責め立てた言葉を、何倍にも、何倍にも、増幅させて…はね返してきたのだ。

「うーん。さっきから聞いてるとさ、納得いかないんだよね。だって、モモちゃんだって、同類じゃない?俺のこと、品定めしてたでしょ?他の男も何人か並べて、コンペしてるでしょ?

モモちゃんはさ、自尊心がすごく高くて、傷つきたくないからって遠くから観察するだけして、心を通わせて向き合おうとはしないよね。どうしたの?過去に男にめちゃくちゃに傷つけられたから、斜に構えるようになっちゃったの?そんなスタンスでどんな男遊びをしてるのかは知らないけどさ、それって男性を自己実現の道具として、使い捨ててるよね。

男を人間じゃなくモノとして見ている。俺たち同類かと思ってたけど、こうやって自分のことは棚に上げて説教してくるなんてさ、多分俺よりずっと、心が壊れてるよね」




「…ごめん、私…」

「もう行くね」の言葉を最後まで言い切れないまま、私はドリンク代を置いてエレベーターホールへと駆け込んだ。

自分でもびっくりするくらい、正志の言葉に動揺している。

いつでも冷静であることが私の長所だと思っていたけれど、心臓が信じられないぐらいバクバクと飛び跳ね、自分でも理由のわからない涙がこぼれてきた。

東京の秋の夜は、早い。

明るい夕日が燃えるのは一瞬で、みるみるうちに群青が空を覆い、平和な昼が終わり、葛藤の夜が始まる。

堪えきれない涙をごまかすために、渋谷の雑踏に紛れるが、行くあてもない。

一人で家に帰る気にもなれず、夜道を歩き回る。

― お願いだから、出て…。

気がつけば私は携帯をぎゅっと握りしめ、ある人物に電話をかけていた。

▶前回:「この車、どこに向かってるの!?」初デートの男とタクシーに乗ったら、知らない場所に連れて行かれ…

▶1話目はこちら:華やかな交友関係を持つ外コン女子が、特定の彼を作らない理由

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