◆これまでのあらすじ

再婚活することにした沙耶香(34)。高校時代の同級生・陽平と再会し、付き合うことに。順調にいっているはずだったが、ある日陽平は不満を吐露し、連絡が途絶える。

▶前回:彼氏を初めて家に泊めるタイミング。付き合ってからどのくらいがいい?




最後の難関


陽平とは、定期的に連絡を取り合っていたのに、ある日を境に突然連絡が来なくなった。

心配した沙耶香はLINEをしたが、仕事が忙しいので少し待ってほしい、と言われていた。

3週間ほどして、ようやく彼から連絡がきた。

『Yohei:今週末、どこかで会えないかな?2人で』

週末の土曜日は、梅雨に入る直前のからりと晴れた日だった。

沙耶香は不安を抱きながら、美桜をバレエに送っていったあと、待ち合わせ場所のカフェへと向かう。

久しぶり、と笑顔を見せる陽平は、心なしかよそよそしく見える。

沙耶香も緊張した面持ちで座り、注文を終えると、陽平があのさ…と口を開いた。

「ずっと連絡しなくてごめん。仕事が忙しかったのは本当なんだけど、少し考えたかったんだ」

沙耶香は、黙って陽平の目を見つめる。

「あの日、沙耶香が倒れた日。自分の気持ちを押し付けて悪かった。中途半端な状態で俺を家族のように扱ってほしいなんて、子どもじみていたよ。ただ、頼ってもらえないのが、寂しかったんだ」

陽平は沙耶香の方にしっかりと顔を向けた。

「本当は、1年経ってから言うつもりだったんだけど…」

陽平は少し姿勢を正し、深呼吸をして言った。

「僕と、結婚してください」

別れを切り出されるかもしれない、と思っていた沙耶香は、驚きで固まる。

「…ごめん、びっくりしてしまって…」

「急かすつもりはない。ただ、沙耶香と美桜と、もっと近い存在になりたいと思ったんだ。安心して頼ってもらえるような。だから家族として、2人とこの先もずっと関わっていけたらって」

「私はすごく嬉しいけれど…でも、陽平は本当にそれでいいの?」

沙耶香は付き合っていてもどこか、不安だった。好きになればなるほど、陽平にはもっとふさわしい人がいるのではないか、と考えてしまうのだ。

すると、陽平が困ったように笑う。


「“それでいい“じゃないよ、沙耶香と美桜だからいいんだ。俺は沙耶香の強さや相手を思いやれる優しさに惹かれた。沙耶香が大事にしている美桜のことも、家族として大切にしたいと思ってる」

沙耶香はこれまで婚活をしてきて、子どもがいることで、恋愛対象から外される経験をしてきた。

子どもがいるのに離婚をした自分が、欠陥品のように思える時もあった。

けれど、すべてを知って好きになってくれたことで、今まで否定してきた自分を丸ごと受け入れられた気がした。

「ありがとう。こちらこそ、よろしくお願いします。美桜もきっと喜ぶと思う」

陽平は柔らかく微笑んだ。




1ヶ月後。

美桜も結婚に大賛成で、お互いの両親に電話で報告した後、直接挨拶に行くことになった。

沙耶香と美桜、そして陽平の3人は、地元の大宮を訪れた。

「娘と美桜をよろしくお願いします」

初めに沙耶香の実家を訪れると、両親は陽平を一目で気に入り歓迎した。

沙耶香と美桜を、誰よりも心配していた両親は、陽平が現れたことが嬉しく、感謝の気持ちを示した。

2人はその足で陽平の家に挨拶に行く予定だ。

「じゃあ、後で美桜をまた迎えに来るから」

陽平の家へ挨拶に行くのは、最初は子どもなしがいいだろうと、美桜を実家に預ける。

緊張するなか、電車を乗り継いで向かった先には、屋敷のような大きな家が見える。

「陽平って、お金持ちだったの…?」

「金持ちってほどでもないけど、不動産やってるから」

なんてことないように陽平は平然とした顔を見せる。沙耶香はさらに緊張で胸が張り裂けそうになった。

呼び鈴を鳴らすと、陽平の両親が迎え入れた。

「あら、お帰り。もう、この子ったら全然連絡すらよこさなかったくせに、いきなり“結婚する”だなんて」

会った途端に、陽平の母親は早口で捲し立てた。嫌味の中にも、陽平への愛情が感じられる。

リビングに通され、持ってきた『秋色庵大坂家』の秋色最中を渡すと、お茶と一緒に出してくれた。

少し沙耶香の緊張が解けてきた時、陽平の母親が申し訳なさそうに言った。




「悪いんだけどね、2人の結婚には賛成できないわ」

「え、ちょっと待ってよ。電話で話した時はわかったって…」

慌てた陽平が反論するも、彼女の心はもう決まっているようだ。

「わかった、とは言ったけど、賛成とは言ってないでしょう?あれから色々と考えたんだけどね、やっぱり結婚は違うと思うのよ」

陽平の父親も同じ意見のようで、横で黙って頷く。

その様子に、2人は落胆した。


「沙耶香さん、ごめんなさいね。でも、あなたが嫌とかじゃないのよ。初めはお金目当てかな、と思ったんだけど、そうではなさそうで安心した。ただやっぱり、離婚して子どもまでいる人は信用できないというか…」

「待ってよ。叔母さんだって、シングルマザーで頑張ってただろう?母さんにはそんな偏見はないと思ってたけど」

「別にシングルマザーが悪いって言うんじゃないのよ。でも将来、2人の子どもを授かったとき、ちゃんと平等に愛せるのかしら?色々考えると、息子の結婚相手としては、やっぱり親として認められないわ」

これが世間一般の現実的な意見なのだろう、と沙耶香は痛感した。

親として子どもの幸せを考えたとき、少しでも苦労のない道をいかせてあげたいと思うのは、ごく自然なことだ。




どうしようかと考えていると、隣で陽平が熱くなった。

「そんなの、平等に愛せるに決まってるよ。もしその自信がなかったら、俺たちには美桜だけでいい」

「まぁ。自分の子どもを持たない選択をするなんて…」

珍しく陽平が感情的な姿を見せる。

大事な人が自分のせいで家族と揉めていると思うと、沙耶香は胸が締め付けられた。

「私は、陽平さんを本当に愛しています。結婚するなら彼だけだって思っています。結婚したからといって、陽平さんに私と娘のことで、何か責任を負わせるつもりはありません。ただ、一緒になりたいんです」

「そうは言ってもね…。やっぱり陽平には、複雑じゃない家庭を持ってほしいの」

それからも沙耶香と陽平は、お互いの想いを訴えたが、両親の気持ちは変わらない。

沙耶香はこれ以上説得しても今は余計にこじれるだけだ、と一旦引くことに決めた。

不服そうな顔をする陽平を連れて帰り支度をすると、最後にドアを出る前に、振り返る。そして真っすぐに目を見て、言った。

「今日はありがとうございました。あの…また来ます」

両親に深く一礼をすると、沙耶香は陽平と共に実家を後にした。

駅に向かう途中で入った小洒落たカフェが妙に心地よく、束の間2人に安心感を与える。

頼んだアイスラテが運ばれ、沙耶香が一口飲んだところで、陽平が頭を深く下げた。

「沙耶香、本当にごめん。両親が反対するとは思ってなくて。電話でも話したし、叔母さんも沙耶香と同じ立場だったから、てっきり理解してくれてると思っていたんだ」

「仕方ないよ。ご両親の気持ちもわからなくはないの。簡単には行かないって予想してたから。でも、これからどうしようか…」




ストローで氷をかき混ぜながら沙耶香は途方にくれる。すると、陽平が言った。

「沙耶香が構わないなら、先に籍だけ入れよう。親の承諾が必要な年齢でもないし、入れてしまえば、いつか両親の気持ちも変わるだろう」

「それはダメよ。やっぱり陽平には、ご両親にきちんと祝福されて、結婚してほしい。認めてもらうまで、私も一緒に何度でも挨拶に行くから」

「ありがとう。俺も電話でも話してみるよ」



それから幾度も陽平は電話をかけたが、出てもらえず、LINEは無視された。

週末に2人で実家を訪問しても、話すら聞いてもらえずに帰される日々が続く。

一人息子である陽平への期待が高かったせいか、彼らの心の反動は、2人が想像していた以上に強固で、だんだんと陽平も沙耶香も疲れていった。

仲良く過ごしていても、ふとした時に「このまま永遠に認めてもらえなかったらどうしようか」と考え、暗い影を落とす。

お互いに仕事や子育てで忙しい中、精神的にも疲弊し、徐々に喧嘩も多くなっていた。

そうして3ヶ月が過ぎ、5回目に実家を訪問した帰りに、陽平が言った。

「もう、俺の実家に行くのはやめよう」

小さく揺れる陽平の瞳は、不安や悲しみの色を帯びていた。

▶前回:彼氏を初めて家に泊めるタイミング。付き合ってからどのくらいがいい?

▶1話目はこちら:ママが再婚するなら早いうち!子どもが大きくなってからでは遅いワケ

▶︎NEXT:11月13日 月曜更新予定
次回、最終回。結婚を認めてもらえず、疲れた2人の仲は徐々に悪化していき…。